これからの事
「──というわけで、俺はこの屋敷の庭に倒れていたところをリピオに襲われて逃げ回っていたんですよ」
「……なるほど。大体の事情は分かった。にわかには信じられんが……しかし否定するような要素もない。私は信じよう」
口髭をさすりながら話に耳を傾けていたガナッシュさんだったが、しばらく思案した後に強く頷いてそう言った。初めから俺を疑っていなかったレイアさんは終始笑顔だったものの、ルナさんだけは眉間にしわを寄せ、黙って俺を睨みつけていた。
「……。ホントに……グランスフィア以外の……異世界の人間なの?」
「うん。多分、だけど」
頷きながら俺が答えると、ルナさんはゆっくりと俺に近づいてきて、そして……加減なしに俺の頬をつねってきた。
「ッぃででででッ!? コラ! いきなり何すんだ!」
「や~、だってそんな話ありえないじゃない? 夢でもみてるんじゃないかと思って」
「なら自分のをつねってくれ! っていうかさっきも思いっきりぶっ飛ばしたくせに今更確認する事ないだろ!!」
「む! 過ぎた事をほじくり返さないでよ! それにあれは自業自得でしょ!」
ぐぐ……おのれ、痛いところを……。でも、そうはいっても俺自身、納得はしてないんだよな……。
「ちぇ。どうせ罪の重さが変わらないんならもっと堪能しとけば良かったなぁ」
「……もしそうだったらあなたの顔、今頃原形とどめてないわよ?」
俺の嘆きにルナさんがドスの利いた声で呟く。鬼さえ逃げ出しそうなその形相は美少女の原形をとどめておらず、俺は思わずゾッとした。この子がこういう事言うと冗談に聞こえなくて困る……。
「フハハッ、何の話かは知らんが、仲がいいな二人共」
「なぁっ!? おとーさんッ! 何で今の会話でそういう発想になるのッ!?」
ガナッシュさんの言葉に素早くルナさんが反応する。俺もこればかりはルナさんと同意見で、ガナッシュさんに反論しようと目を向け──だが、そこで俺は絶句した。
冗談なようなセリフとは裏腹に、その表情は真剣そのものだったから……。
「いや……本当にそう思うのだよ。ルナのそういう……感情に満ちた表情は久しく目にしていなかったのでね」
それきり沈黙が続く。え? 何この空気? 家庭の問題ですか?
何となく沈黙が気まずく思えて、俺は取り繕うように自分から話題を振った。
「あ、あの。俺の話はもう済んだんで……良ければ今度は俺が話を聞きたいんですが……」
「……あぁ、そうだな、すまない。まずは謝っておこうか。君を盗賊と勘違いして酷い目に遭わせてしまったからな」
「い、いえ……。あの、聞いていいか分からないけど、何で俺を盗賊とか、そんな風に思ったんですか? いや、自分でも胡散臭い奴とは思うけど」
俺を盗賊と勘違いしたのには、それなりの理由があるはずだ。でなきゃ、普通は俺を盗賊と思う前に別の考えを持つはずだから。
何せ、服装からして盗賊らしくない。今の俺は長袖Tシャツの上にパーカー、ジーンズにスニーカーという、まさに“私服”なカジュアルルックなんだから。ガナッシュさん達グランスフィアの人間にどう見えるのかは別として。
「うむ……実はな、情けない事に最近我が屋敷に盗賊の類が入ったようなのだ。そしてその者に、大切な家宝の一つが盗み出されてしまったのだよ」
苦渋の表情を浮かべてガナッシュさんが告げる。なるほど、そういう事だったのか……。
俺はそれでやっと納得した。確かに、もし仮に俺の部屋に置いていた物が失くなった次の日に、見知らぬ人間が部屋に居た……なんて事があったら、俺だってそいつを疑うだろう。
一人で俺が頷いていると、ガナッシュさんはソファーから身を乗り出して両手の指を組み、テーブルに肘を突いて話を続けた。
「何を隠そう我がルーラント家は、グランスフィア──取り分け『人間界』においては知らぬ者がいないほどに名の知れた名家なのだよ。グランスフィアの歴史の中でも最も偉大な魔術師と謳われた、魔術王『メイガス』の血筋でね……当然というか、ここにはその遺産が数多く保管されている。盗み出されたのはその遺産の中で最も“危険”とされる魔導器、『降魔剣アポカリプス』という物なんだ」
この屋敷、やたらと大きく豪華な造りだと思ったら、どうやらとんでもない所だったようだ。この世界の事はまだ良く分からないけど、歴史上最も偉大な人物になるのは、どこの世界だろうと決して簡単な事じゃないはずだ。ここは、そんな人物の子孫が住む屋敷。
その遺産だって、きっとどれもすごい価値のある物に違いない。そのアポカリプスとやらがどう危険なのかはピンと来ないが、それが盗まれてしまったというのだから大変な事態であるという事は容易に想像できた。
──でも……なぜ俺はその大変な時に、この世界のこの場所に来てしまったんだろうか?
そこに、意味はあるのか? 地球に帰る事はできるのか? 考えてどうにかなる事じゃないのは分かってる。考えて答えを見出せるような立派な頭でない事も分かってる。
けど……どうしようもなく俺は不安だった。
退屈な日々に妄想した、剣と魔法……冒険のある幻想の世界。ずっと思いを馳せていたそんな世界に、未だに信じられないけど俺は居る。
でも、実際はどうだ? 心は不安でいっぱいじゃないか。変わって欲しいと願い、変わってしまった目の前の日常に、本当は後悔してるんじゃないのか……?
暗い思考の泥沼にハマってしまった俺に、ガナッシュさんが指を組みなおして言う。
「……この屋敷の敷地にはな、そんな特別な屋敷だからこその強力な結界が張り巡らされている。わずかな邪気をも絶対に通さない、非常に強力なものだ。だが、君は次元を超えてなお、その中に入ってきた」
「でも……それは自分の意思じゃないですから……」
「では、君の意思は?」
「俺の……意思……?」
それは正直、まだ分からない。帰りたい……けど、それで絶対に後悔しないと胸を張って言い切る事もできない。後悔しないための選択肢は──まだ見つからない。……そんな俺に、ガナッシュさんが静かに語りかける。
「今後君が何を思い、何を考え……どう決断しようとも、避けては通れない道というものがある。すまないが、少し場所を変えようか。その方が……話しやすいのでね」