輝きの中に
頭部を失ったデゼスの体が、纏っていた鎧ごと灰となって消えていく。
残された頭にはまだ意識が残っているのか、デゼスは首だけとなった姿で俺を見上げて言った。
「死ぬ、か……このデゼスが。クク、強いな貴様……全く嫌になる、上には上が、いるものだ……」
「……そうだよ、上には上がいる。絶望したならもう二度と生き返ってくんな」
「くッ……フフ、フフフフ……そうだな、心配せずとも俺はもう蘇らぬ。だがな……ただそれだけだ」
生気を失いかけた目に強い光が灯り、デゼスは血に塗れた唇をニヤリと歪める。
「俺が滅びようとも、近い内に必ず次の絶望が現れる! 必ずだ! しかもソイツはこの俺以上の悪ッ!! 上には上がいるのだ、それも今この場に。……ティリスッ!! 貴様がそうだ!!」
血を吐きながら言葉を紡ぐデゼスに突然名指しされ、ビクリと大きく震えるティリス。デゼスは構わず続ける。
「貴様らは勘違いをしているようだから教えてやるが、俺はその女の意識を根元から乗っ取っていた訳じゃない。俺が表層に出ようとした時に、その女の持つ“破壊衝動”を理性から解いてやっていたに過ぎぬのだ。つまり……村を滅ぼしたのも、旅の男を殺したのも、あの夜貴様を殺そうとしたのも全てはその女の内に秘められた本能──そいつの意思によるモノなのだ! そいつには俺に成り代われるだけの素質がある! クハハハハハッ!! 実に恐ろしきは人間よ! 俺達魔族以上の負をその身に孕んでいるくせに口では綺麗事ばかり並べるゴミ共よ!! 俺はここで滅ぶが、いずれ貴様らもその負によってグランスフィア諸共滅ぶのだ!! クククククク……フハハハハハ、ハァーーッハッハッハッハッッ!!」
断末魔の代わりに心底満足気な笑い声を響かせ、デゼスの頭は灰となって世界から消滅した。
でも……デゼスが最期に残していった言葉に、ティリスは……。
「っ……私……私、が……みんなを? みんなを……」
「ティリス、よせ。あんな奴の言った事なんか真に受けるなよ」
「止めて下さいッ!! デゼスに取り憑かれていたから仕方がなかったと、そうやって綺麗事を並べるつもりですか!? 全部……デゼスの言う通りじゃないですか! どんな理由があったにせよ……私が村のみんなやあの人を殺めてしまったのは事実なんです!! もうっ……取り返しがつかない事なんですよ……!!」
首を振りながら泣き叫ぶティリス。俺のフォローの言葉なんて焼け石に水で、ティリスは力無く崩れ落ちてがっくりと項垂れる。
「……私が今まで生きてきたのは……みんなを殺した犯人を見つけるだとか、仇を討つだとか、そんな殊勝なものではないんです。ただ……私は自分の満足する答えを探していただけ。ずっと以前からそうじゃないかって……村のみんなを殺したのは実は私自身じゃないかって、薄々は気付いていたんです。でもそれを認めたくなくて……否定できる何かを求めて足掻いていたに過ぎない。ふふ……でも結局は無駄な足掻きでした。ただカエデさん達を危険な目に遭わせてしまっただけ。もう……もう……私は……」
「ティリス……頼むからそんなに自分を責めないでくれよ。責めたって、何も変わらない。それに……お前はもう充分に傷付いてきたじゃないか。もう……充分すぎるくらいにさ」
「“充分”……? それって一体何ですか。私の罪の償いが、必要なだけ満たされるなんて永遠にないんです! 私が傷付けばそれで全てが許されるとでも!? そんな訳ない! そんなに軽いものじゃないっ! 私が犯してしまった罪は、たとえ死んでも償いきれない代物なんですよっ!!」
俺の言葉はティリスの耳にも心にも届かず、ただ感情を逆撫でる結果にしかならなかった。駄目だ……内罰的になりすぎてる。今のティリスは、優しい言葉じゃ救えない。だったら……。
「はぁ~~……あっそ。何かさぁ、ケイネルの村の人達ってずいぶんと嫌な奴らだったんだな~」
深い溜め息と共に言う俺の言葉を受けた瞬間、ティリスは予想通りの反応を見せる。今まで感情を捨て去っていた彼女が、初めて激しい怒気を俺にぶつけてきた。
「!! 村のみんなを……愚弄するつもりですかッ!? そんな事、いくらカエデさんでも許しませんよ!?」
「許さないだと……? ざけんな! 村のみんなを愚弄してんのはお前の方だティリスッ!!」
「……えっ……? そ、それはどういう……」
「だってそうだろ!? ティリスは何の罪も無いのにデゼスなんかに取り憑かれて、沢山の大切なものを失い……そしてお前自身も傷付いてきた。なのにお前の村の人達は『そうか、お前が殺ったのか!』って、そう言ってお前を恨むのか!?」
「……そ……それ、は……」
ティリスの怒気を上回る勢いで言う俺に、ティリスは俯いて口を閉ざした。その様子を見て、俺は少し語気を和らげて続ける。
「俺にはさ……聞こえるぜ? 一度も会った事ないけど……ティリスの村の人達の声が。『デゼスの魂から解放されて良かったな』って、ティリスを祝福する声がさ」
そんな俺の言葉を聞き、ティリスは静かに目を閉じて耳を澄ませる。すると……。
「……あぁ……! 聞こえる……私にも聞こえる……! みんなの声が……私を祝福してくれる、優しい、懐かしい声が……う、うぅっ……みんな……」
その白い頬を、涙が伝う。その時、同じく耳を澄ましていたリースが震える声で言った。
「あわわわわわっ、ヤダッ、私にも聞こえちゃいましたよぅ! こここれって幽霊なンですか~~っ!?」
その声を皮切りに、他のみんなも口々に聞こえたと言って騒ぎ出す。にわかに騒然となる中、一人落ち着いた様子のテミスがポツリと呟いた。
「ん~……まぁここってホラ、リスィーの川の近くじゃん? デゼスに殺された人達の魂が集う場所って曰くもあるくらいだし、そーゆー事があっても別におかしくないっしょ」
なるほど……そういう風に言われると、何だか妙に納得できる。話を締めくくるつもりで言っただけで、祝福の声が実際に聞こえるなんて思ってなかった俺としてもこれは嬉しい誤算だ。
それからしばらくの間、ティリスは村の人達の声に耳を傾けていた。祝福の言葉を一つ掛けられる度に、ティリスの心に感情が取り戻されていく──そう思えるほどに、ティリスが浮かべる表情は穏やかだった。
「あぁ……みなさん……ありがとう……本当にありがとう、ございました……!」
「ううん! いいんだよティリスさん! デゼスも倒して村のみんなともお話できて、ほんとに良かったよ!」
村人達の声が消え、ティリスが俺達に礼を述べると今度はセイラが祝福の言葉を投げ掛ける。他のみんなもそれに続き、ティリスを順番に抱きしめて彼女を祝福していった。
うう……女の子ってこういう場面に弱い子が多いイメージがあるけど、実は俺も強くない。けど男の俺が泣いてしまうのもアレなので、俺は気を紛らわす事にした。標的は……やっぱりルナかな。
「ん? 何だ何だ、ルナも泣いてるのか?」
「な、何よ? あったりまえじゃない! やっと、やっとティリスさんがデゼスの魂から解放されたんだよ? やっと普通の女の子に戻れたんだよ? そりゃ涙ぐらい出るわよ」
「へぇ~……鬼の目にも涙、か」
「なッ!! なぁんですってぇぇぇッ!?」
「うお!? 本物の鬼になった~~!」
そんな他愛の無いやりとり。だがその時、ティリスが笑った。翳り一つない最高の笑顔で、はっきりと声を上げて……ティリスは笑っていた。
「あっ……こ、こらカエデ! ティリスさんに笑われちゃったじゃないの!」
と、ルナは怒ったが、今の俺はその相手をしてやる気になれなかった。
ティリスが見せた心からの笑顔──その表情はとても晴れやかで、可愛くて……俺は一瞬言葉を失う。
そうだ……ティリスには、まだ償うべき事があるじゃないか。
「なぁティリス。村のみんなはお前の事を許してくれたけど、お前には償わなきゃならない事がある」
「えっ? な、何ですか? それは」
「それはな……」
真剣な眼差しで俺を見つめてくるティリス。俺は一旦言葉を区切った後、強い声で告げる。
「笑顔を忘れない事だ。そして……生きる事。お前は死んでいった村のみんなの分まで楽しく、強く、幸せに生きていかなきゃならない。出来るな?」
「!! ……はいっ……! 私、生きます。笑っています。それが償いになるなら、私……忘れ掛けていた笑顔、もう……二度と…………!」
そう答えたティリスの頬に、再び熱い雫が流れ落ちた。でもそれは、決して泣き顔なんかじゃない。そこにあるのはこの世界で一番の──笑顔だった。
──暗い闇の中に佇んでいた、一人の少女。その少女は光を得て、忘れていたもの……置き去りにしていたものを取り戻し、今再び歩き出した。
ずっと支えにしてきた絶望は、もう要らない。背負うべき罪も罰も無い。足枷だと切り捨てた心こそ、これからの彼女の力になるんだ。
長い苦しみと悲しみの果てに彼女が手に入れたのは、誰にも負けない不屈の心。明けない夜なんてない。だって彼女は今……日が沈んでも決して消えない、輝きの中にいるのだから────。
第十章、完。ティリスの一件はこれで落着ですが、次の章も冥界編が続きます。冥界に新たな冥王が誕生する!? ……そんなお話です。よろしくどうぞ~。




