絶望に終止符を ~カエデ VS 冥王デゼス~
「っ! だ、駄目カエデ! ロストスペル使おうと考えてるでしょ、それは絶対駄目! カエデにそれを使われるくらいなら……私が!」
気取られないようこっそりエクルオスを高めていた俺は目敏いルナに咎められ、溜めていた力を霧散させる。だが、その代わりとでも言うようにルナが膨大なエクルオスを自身の左手に収束し始めた。
「な、何するつもりだルナ!」
「……ゴメン。お父さんから受け継いだ力……『地聖封印』を今から解印する。でも安心して。多少の代償はついてくるけど、これから使う力はロストスペルと違って死んだりする危険はないから」
安心してとか言っておいて、強気な笑顔を浮かべるルナに見え隠れする緊張の色。このバカ野郎……俺に安心して欲しいならそんな顔すんな! そもそも一言目に“ゴメン”なんて謝ってきた時点で、安心なんてできねぇよ!
「やめろルナ! 代償がちょっとでもあるならそんな力には頼れねぇ! ここは俺がどうにかするから!」
「えへへ……大丈夫だって。いいからたまには私にもカッコつけさせてよ。さぁ行くわよ──地聖ッ! 解い」
「ちょぉ~~っと待ったあ! ソレを使うにはまだ早いよルナお姉ちゃんっ!!」
が、その時。叫ぶばかりで何も出来なかった俺と違って一人の少女が前に出る。地聖封印とかいう謎の力を発動させかけたルナの左手を取り、場にそぐわないほど晴れやかな笑みを浮かべたのは──コロナだった。
「大丈夫だよルナお姉ちゃん、それにカエデちゃん。あのおっきいのは私がノーリスクで何とかしちゃうから……見ててっ!」
俺とルナに笑顔で親指を立て、超然と立つコロナはさらに一歩前へ進む。絶望の色を微塵も見せない彼女の姿をデゼスが睨みつけるが、コロナは全く動じなかった。
「サモンアガムまで使うなんて、さすがは冥王だね! だけど……“それ”はあなたの専売特許じゃないよっ!!」
手の平を広げた右腕を頭上に掲げ、コロナは精神を研ぎ澄ます。その瞬間、いつかの闇の中でメイガスが見せたような真紅のエクルオスがコロナを中心に嵐となって吹き荒れる。
「! コ、コロナちゃん、まさか……やっぱり“あれ”持ってきてたの!?」
「うん、そうだよルナお姉ちゃん! 取って置きの切り札だし、置きっ放しじゃ勿体無いもんね。……来てっ! ルーラント家の最終兵器! 降魔剣……ラグナロクッ!!」
頭上にかざしていた手で空を切るように線を描くコロナ。するとそのエクルオスの軌道上に一振りの剣が現れた。
重々しい漆黒を湛えた幅広の刀身に、精巧な細工が為された金の鍔。その中心で妖しく光る真紅の宝玉が特徴的なその剣は、俺達が捜し求めるアポカリプスと同じ降魔剣の名を冠していた。
こいつは驚いたな、ルーラント家に伝わる降魔剣は一つじゃなかったのか!
コロナは剣を手に取ってバトンのように器用に回転、正眼に構えると左手を刃に添えて詠唱を開始する。
「『劫末の叙事を時に刻みし滅びの眷族、泡沫なる終焉の化身。歪曲する混沌を咎め、其を契りし彼の地へ誘わん! 幽遠なる宵闇黄昏る終末の霊柩!!』」
詠唱が完成すると同時にコロナの前方に白い光の線が走り、巨大な六芒星を描き出す。
「サモン! 幻獣っ!! ……ラグナロ~~~~クッッ!!」
目の前に浮かぶ六芒星に向かって勢い良く剣を突き刺し、叫ぶコロナ。瞬間、六芒星から目映い閃光が迸り、閃光と六芒星を噛み砕きながら巨大な怪物が姿を現した。
ギラギラと輝く真紅の瞳。ヌメりを帯びた漆黒の鱗。頭と胸元には黄金の鎧兜を纏い、背に開かれる一対の巨翼。そう──金の鎧兜で身を包む黒き竜──こいつこそが……幻獣ラグナロクだ。
召喚主の意思を汲み取っているのか、それとも破壊の本能がそうさせるのか。呼び出された二頭の幻獣は天を落とすような咆哮を響かせながら激突する。
くぅ、痺れるぜ! もうあそこだけ完全に怪獣映画の世界だな。
とにかくこれでデゼスのサモンアガムは封じたも同然、戦いの流れは再び俺達の側に移った。しかしそう思ったのも束の間、カッコ良く大技を使ってのけたコロナが力無くくずおれてしまう。
「お、おいおいコロナ!? 大丈夫か!? ノーリスクじゃなかったのかよ!」
「うぅぅ、だいじょびだいじょび。ただちょっとルオス使いすぎちゃって、疲れただけだから。あーでも……ちょっと休ませてぇ……あとは……頑張って、ねぇ……ガクリ」
そう言い残して気を失うコロナを、ルナが優しく抱きとめる。こんな時でも「ガクリ」なんてジョークで締めるあたり、コロナはどこまでいってもコロナだったな。
オーケー……後の事は任されたぜ。頑張るともさ、言われなくたってな!
「さぁデゼス! これでお前の最後の切り札も封じさせてもらったぜ! 今度こそ覚悟しろ!!」
「バ……バカな……サモンアガムだと? 下劣で矮小な人間如きが? そしてこの俺をこれ程まで追い詰めたのもまた、人間だというのか……っ、有り得ぬ……認めぬ! 絶対に認めぬッ!!」
「そうやって人間を……自分以外の存在を否定する事しか出来ないからっ! 俺が認めさせてやる、これまでお前が積み重ねてきた罪の重さを……そして叩き込んでやる、ティリス自身が受けてきた痛みをなっ!!」
やり場のない激情によって湧き上がる黒きエクルオスが、捌け口を求めて両手の剣に絡みつく。世界は無音に。全ては無色に。収束し加速する思考はただ敵を打倒するためだけの機能となり、俺の体を衝き動かした。
「グガァッ!? はっ、速い……そして重い! 何故だ、違うぞ! 先程までのコイツとは強さがまるで違うっ!!」
祭祀剣と征魔剣、残像を描いて走る二刀の乱舞が冥王の鎌を軋ませる。その表情には余裕など微塵も無く、ただ焦りと驚きの色が満ちていた。もはや見る影も無くなった最強の存在を前に、俺は切り結んだ剣越しに言い放つ。
「悪いな。俺がまだ使いこなせてなかっただけで、本来この“混沌”には強さの上限なんて無いんだ。相手の強さに俺より優れた部分があるなら、俺はその都度それを模倣し最強を更新する。たとえ何が相手だろうと互角以上の力で渡り合える能力。対峙した時点で引き分け以上の結果が約束される不敗の運命。それが……『混沌を映す瞳』だ!!」
模倣なんて所詮は贋作の域を出ないイミテーション。でもそれは決して劣じゃない。俺が元々備えていた力とのプラスアルファによって総合力は必ず俺が上回る。だから伯仲は有り得ない、拮抗は許さない。戦いの中、“混沌”の神髄に覚醒した今の俺にとって冥王デゼスはすでに……敗北者だ。
「ぐぅッ、う……!! 何故、だ……信じられぬ。この俺が、またしても人間如きに敗れるというのか? くっ、黒い……エクルオスの人間、に……っ!!」
剣の威力を受け止め切れず、剣の速度に追い付けないデゼスは見る間に切り刻まれていく。かつて冥界を震撼させた絶望の申し子は今や、この世界の誰よりも絶望を体感していた。
「お前が世界に撒き散らした絶望は、全部お前に返してやる! デゼスッ……これで終わりだああぁぁーーーーッッ!!」
ドンッ!!
「カハッッ!?」
寸分の狂いも無く、デゼスの心臓にネレイダーが突き刺さる。魔を征する力が真紅の揺らめきとなって刃に宿り、デゼスの体から活力を奪い去っていく。ここまではメイガスと同じ。最後に、もう一押し……!
「魂を──」
頭の中の混沌に思い描く。イメージするのは悪しき魂。今こそ……邪悪の王に滅びの鉄槌を!
「──斬るっ!!」
剣光が閃く。横薙ぎに振り抜いたソーマヴェセルがデゼスの首を刎ね飛ばしたその瞬間、俺はデゼスの魂の緒を斬った手応えを確かに感じた。
そして悟った。ティリスを苦しめ続けた深い因縁と、死力を尽くした激闘の決着を……。




