解き放たれる最強 ~カエデ VS 冥王デゼス~
その後、俺達はその日の正午にはデゼスの眠る場所に辿り着いた。
直径にして数キロメートルはありそうな大規模なクレーターの中心地──そこで、古の冥王は眠っていた。
その身長は……ざっと見ても二メートル以上。頭には羊のアモン角を思わせる渦巻状の角が生えており、ガッシリとした体躯には見るからに頑丈そうな鎧を纏っている。そしてその鎧を貫いて、胸に深々と突き刺さる黒い刀身の剣──。
一見すると何の変哲もない片手剣だが、700年もの間ここで野ざらしになっていながら錆びていないなんて普通じゃない。俺のソーマヴェセルと同じ不壊の特性を持っている、という事だろうか。
デゼスの全身は纏った鎧ともども今は石化しているが、見開かれたその瞳は光を失いつつも驚愕と怒りの感情が焼き付いており、今にも襲い掛かってきそうな迫力があった。
「みんな……準備はいいか?」
俺は自分の体に震えが無い事をもう一度確認してからみんなに尋ねる。みんなは互いに顔を見合わせると、やや緊張の色が見て取れるものの力強い頷きを返してきた。
「あ、テミスはさ……案内だけでもいいんだぞ? 元々そういう話だったんだし」
「ガクーッ! ちょっとカエデくん、ここまできてそんな水臭い事言わないでくれない? あたしだって戦うよ。カエデくんらが負けちゃったらどのみち冥界も終わりだし」
「そうか。テミスには会った時から世話になりっぱなしだな。……ありがとう」
「うっえぇっ!? あぁ、もぅ……て、照れちゃうじゃない、よしてよ」
赤面して顔の前で手を振るテミス。最初の印象からテミスは気が強い子なのかと思ってたけど、あれは他の魔族に弱さを見せないようにしていただけで本当はもっと女の子らしい性格なのかもしれないな。
さぁ……いよいよだ。
相手は“特別”でも“天才”でもなく……“最強”。出し惜しみの余地なんてない。俺も……最初から最強の力で迎え撃つ!
(想像しろ……全ての光を食らう闇を)
俺の中のルオスが高まり、周囲のレティアと融合する。練り上げられたエクルオスはまだ黄金の輝きを湛えたままだ。
(投影しろ……全ての色を飲み込む黒を)
視界にノイズが走り出す。エクルオスに影が混ざり、音が耳から遠ざかる。
(違う……まだ足りない、こんなチンケな闇じゃない。もっと昏く……もっと深く! 思い出せ、あの日見たままを模倣しろ。この眼に映し出せ──混沌をっ!)
その刹那、暗紫色の波が視界に揺蕩い、魂が反転する。力のスイッチが切り替わるような感覚を合図に、神経が研ぎ澄まされ意識が冴え渡った。
「『混沌を映す瞳』──発動」
体の内から際限なく湧き上がる漆黒のエクルオスが、俺に最強を証明する。
この世の全てを掌握したとさえ思えるほどにクリアな思考の前では、何が相手だろうと引けを取らない確信があった。
「よし……じゃ、抜くぞ!!」
俺は叫ぶと同時にデゼスの胸から勢いよく剣を引き抜いた。その瞬間、剣からゆらゆらと赤い光が流れ出してその刀身を包み込む。長い間眠っていた魔剣の力が解放されたようだ。
まるで……目の前の強大な“魔”に共鳴しているかのようにも思えた。
「!? ウッ……うぐっ、あぁ、ア……ッ!!」
その時、前触れもなくティリスが胸を押さえて苦しみだした。そして蹲るその体から、以前見た紫色のオーラが立ち昇りデゼスの本体へとアーチ状に伸びていく。
デゼス……思った通り本来の体に戻るか……!
オーラが全てデゼスの方へと流れ込むと、ティリスは苦しそうに喘ぎながらもフラフラと立ち上がった。直後、石化していたデゼスの体が遠雷のような地鳴りと共にひび割れていき、石の中から生身の肌が露になる。
鍛え抜かれた筋肉を閉じ込める肌は血が凍っているのではないかと思うほどに青ざめ、鮮血で染め上げたような深紅の髪は自らの放つ闘気によってゆらゆらと揺れている。
見開かれたその瞳に獰猛な光が灯った瞬間、おぞましいまでの咆哮が空を割り、大地を砕く。全身から迸る邪悪な光が右手に収束されたかと思うと、その手にはティリスの内にあったはずの骨鎌が握られていた。
「ククッ、ククククク……ハァーッハッハッハッ!! 待ち侘びたぞ……この700年!! 俺はついに復活したっ! この地に……いや、この世界全ての生きとし生ける者を絶望に染める為に……俺は再び蘇ったぞ!!」
歓喜の雄叫びを上げるデゼス。まるで俺達の事など目に入っていないかのようなデゼスだったが、デゼスは不意にこちらへ鎌を向けて叫んだ。
「これも全て貴様らのお陰という訳か! ククッ、この上なく愚かな連中よ、貴様らのようなクズがこの俺に敵うと思っているのか? ククク、面白い……最高に面白いぞッ!! 貴様らを俺の最初の贄にしてやる、光栄に思え! クハハハハハハッッ!!」
「デゼス……お前だけは絶対に許すわけにはいかねぇ。俺がここでお前を倒す! かつてメイガスがそうしたようにな!!」
「ほざくなよ人間ッ! 確かカエデと言ったな……まずは貴様に絶望を与えてやる!! 来いッ!!」
口元に邪悪な笑みを張り付けたまま、目に冷たさを宿して俺を見据えるデゼス。俺は征魔剣ネレイダーを低く構え、頭の中を埋め尽くす混沌に雷の嵐をイメージしながら軸足を地に噛ませた。
「おおぉぉぉおおおッッ!!」
イメージを世界に解き放ったその瞬間、大気と大地を薙ぎ払いながら万雷がデゼスを襲う。荒れ狂う雷撃の一つ一つが必殺の威力、リフレクトアガムで防ごうものならエレメントの相殺など物ともせずに蹴散らすだろう。
だが……アガムの威力を即座に看破してみせたデゼスはリフレクトアガムには頼らず、障壁法陣による絶対防御を展開する。でもな、それくらいはこっちだって織り込み済みだ。俺は予め踏ん張っておいた足で地を蹴り瞬時に間合いを殺す。
うねる万雷を剣に集め、渾身の一刀をデゼスの脳天に向けて振り下ろした!
ガギィィンッ!!
ダイナマイトでも爆発したかのような閃光と衝撃を伴い、火花を散らす白い鎌と黒い剣。強烈な落雷を引き起こす俺の剣を受け止めたデゼスは、衝撃を殺し切れずにその両足を地にめり込ませたものの表情には余裕が浮かんでいた。
「ククッ、俺もまだ寝惚けているなぁ。初撃は受けずに躱すつもりでいたが……」
「寝足りねぇならもう一眠りさせてやるよ……っ!」
切り結んでいた剣を引き、着地と同時にさらにギアを上げて地を駆ける。
蹴り砕かれて巻き上がる砂塵すら止まって見えるほどの高速移動。俺は漆黒のエクルオスを撒き散らしながら不可視のステップを刻み、反応出来ていないデゼスの背に必殺の隙を見た。
「行ける……!」
「そうか。では遠慮せず逝くがいい」
「なっ!? ぐああああっ!!」
甲高い金属音が戦場を彩ったかと思うと、背後からの衝撃を受けて景色が加速する。痛みがピークを過ぎた時、俺は自分の身に何が起こったのかを悟った。
──デゼスはわざと俺に隙を見せ、単純に……速度で俺を追い抜いた。
メイガスをもってして最強と言わしめた混沌の力。俺自身、発動さえすれば負け無しだった無敵の力。その速度に……デゼスは喰らい付いてきたんだ。
ただ幸いな事に、速度で上を行かれたわけじゃない。だからこそ俺は反応して咄嗟にソーマヴェセルで攻撃を防ぐ事ができたけど……恐らく混沌の力があってもデゼスと俺の速さは全くの互角……!
「ほお、よく凌いだな。胴から切り離されるのは嫌か、ならば次は首から切り落とすっ!」
最初に俺がしたように、瞬く間に彼我の距離をゼロにしたデゼスが大上段から骨鎌を振り下ろす。断頭台の刃のような一撃、俺はソーマヴェセルを盾代わりにどうにか鎌を受け止めたものの、押し返す事もできない。
力も互角……? いや……狂気と執念に後押しされたデゼスの方が……俺よりも……!
「耐えるなよ……ゴミがぁっ!!」
容易く押し切れない事に業を煮やしたのか、デゼスは急に鎌を振り上げ今度は横薙ぎに振り払ってくる。咄嗟というよりほぼ無意識に剣を構えて何とか直撃は免れたが、俺の体は風に吹かれる木の葉のようにその場から吹き飛ばされた。
地面に叩き付けられる──そう覚悟した次の瞬間、俺の体がぶつかったのは硬い地面ではなく柔らかな人の感触だった。
「にゃ~~、間一髪~!」
頭上から降り掛かる安堵の声に、俺は閉じていた瞼を開く。そこには腕の痛みに顔をしかめたミリーの姿があった。




