デゼスが眠る場所へ
「──今から千年以上も前の話だ。善も悪もなく、罪も罰もない晦冥の世界……そこに初めて“冥王”として君臨し、冥界全土を一つに束ねた男がいた。その男の名は『スローム』。あたしの夫さ。魔族のクセに誠実で、文武に長けたいい男でねぇ……ゴホン、惚気話はいいとして……あたしらはある時一人の子を授かった。それがデゼスさ。だが、幸せの絶頂だったあたしらは夢にも思わなかった。あの子が……あの悪魔があたしらから全てを奪っていく事なんてね」
遠くを見ていたお婆さんの瞳がふいにティリスの方に向く。無感情な瞳で見つめ返すティリスにお婆さんは言った。
「お嬢ちゃん、骨鎌を持ってるんだってねぇ。良ければあたしに見せてくれないかい?」
「……どうぞ」
体の中に収納していた骨鎌を呼び出し、ティリスはお婆さんの節くれ立った手にそっと手渡す。
「あぁ……うん……本当に懐かしいねぇ。こいつは元々スロームの鎌だった。“エレボスの骨鎌”といってね、闇の幻獣エレボスが封じられた禁忌の鎌なのさ」
「幻獣が? じゃあ、それも魔導器なんですか?」
「いや、厳密には定義が違う。何せ古い時代の魔導器だからね……そうさな、いわば試作魔導器ってところか。しかし妙だね、この鎌はメイガスがデゼスを討った後、そのまま人間界にある“魔の森”って場所の地中深くに封印されたはずなんだが……」
「ッ! 魔の森の……地中だって……!?」
お婆さんが何気なく口にした一言に、俺は頭に電撃が駆け巡ったような衝撃を覚えた。
「ど、どうかしたのかい? お前さん」
「い、いえ……俺達、最近偶然にも魔の森の奥地に立ち寄った事があるんですけど……その時そこで大きめの落とし穴みたいなのを見つけたんです。ひょっとしたら、それが骨鎌の封印だったのかも……」
俺は魔の森に住み着いていたハーピー達を思い出す。奴らは俺達からエゼキエルを盗んでいったけど……それは単なる偶然じゃなくて、魔力を帯びた特殊なアイテムに惹かれるような習性を持つためだったとしたら……骨鎌を掘り起こしてしまう事も考えられる。
いや、分かってるさ。そんなのはあまりにも出来の悪い憶測だ。けど──そうやって偶然掘り起こされた骨鎌が、偶然魔の森から持ち出されてケイネルの村に落とされ、偶然ティリスの手に渡りデゼスに取り憑かれた。全てが偶然。それこそ奇跡でも起こらなければ有り得ない。でもそれはつまり……奇跡的に不幸が重なり合いさえすれば、有り得てしまうという事でもあるんだ。だとすると……。
「ホンット~にツイてないよなぁ、ティリスは~」
「??」
思わずティリスの頭をワシャワシャと撫でる。意味が分からずきょとんとした顔で首を傾げるティリスを見て、俺はさらに目頭が熱くなった。
ティリス同様その場の全員が首を傾げていたが、お婆さんだけは話の流れから何となく察しがついたのか、憐れむような優しい瞳でティリスを見遣る。
「良く分からんが、デゼスのせいで随分と大変な目に遭ったんだろうねぇお嬢ちゃんは。……さて話を戻そうか。スロームは、息子であると同時に時期冥王でもあるデゼスに己の技の全てを叩き込んだ。ついでにあたしも習ったりしたもんだが……いつだったか、それまでいい子だったあの子はある日突然残忍な本性を露にした。知を究め、技を極め、スロームから得るものがもう無くなったと悟った瞬間、アイツはスロームを手にかけ骨鎌を奪い去った。当然あたしゃデゼスに挑んだんだがね……あたしの鎌じゃ太刀打ちなんてできゃしなかったよ。その場は何とか逃げおおせたが、新たに冥王となったデゼスは冥界をボロボロにしていったんだ。沢山の魔族が殺され、沢山の集落が潰された。そんな中で偶然見つけた孤児……それがテミス、あんたさ。デゼスに挑んで以来左腕の自由が利かなくなったあたしにゃ子育てはちぃと無理があったがね、ま、何とかこうして育ってくれたわけよ」
昔を思い出すようにゆっくりと語ったお婆さんは、ここで話に区切りを付けると一つ息をついた。
まさかデゼスがこのお婆さんの息子だったなんてな……。それにしてもデゼスってのはつくづく最悪な野郎だな。父親を殺して、あげく母親にまで深手を負わせるなんて……。
デゼスの所業に俺が憤りを感じていると、お婆さんはキッと厳しい目つきになりさらに続けた。
「メイガスは……魂を殺り損ねたのか……? いや、アイツの妄執が死をも超越したと言うべきか。……お前さん、デゼスを倒すんだろう? 今更言うまでもないとは思うが、デゼスの強さは半端じゃないよ。殺る自信は……あるのかい?」
問われた俺は真っ直ぐにお婆さんの目を見つめ返すと、迷わずに答えた。
「あります。俺には、どんな相手にも絶対に負けない必殺技がありますから」
「ほう……そういえばメイガスも同じ事を言ってたっけね」
お婆さんが腕を組み直す。そこに生まれた一瞬の静寂の中で、おずおずとしたルナの声が部屋に響いた。
「ね、ねぇ。もしかしてその必殺技って……それって……!!」
自分で言っていて確信が強まったのか、声の音量を上げるルナ。ありゃ、余計な発言だったかな。俺は少し後悔したが、もうそれも後の祭りだ。
「み、みんなっ! カエデにシャローシュカノン渡しちゃ駄目だよっ!!」
ルナが有無を言わせぬ剣幕で叫ぶ。俺に必殺技もといロストスペルを使わせないつもりらしい。
「う……まぁ別にいいよ。この前使ったスペルならもう暗記しちゃったし」
「え……? ……う……そぉ……?」
ちょっとした抵抗のつもりで言ったセリフだった。なのに、ルナの瞳にみるみる涙が溜まったかと思うと、それは堰を切ったように零れ落ちた。
「えっ!? あれっ、ちょ、ルナ?」
「えぐっ……や、だ……今度こそし、死ん、じゃう……ひっく、カ、カエデがぁ……は……うっく、カエデ、う、うぅ……っ」
人目も憚らずに泣きじゃくるルナ。
女の子を泣かせてしまったこの状況でこんな事思うのは最低かもしれないけど……俺は涙するルナの姿を見て嬉しいと思ってしまった。
だってルナは、俺がデゼスとの戦いの果てに死んでしまうかもしれないと想像しただけで、こんなにも悲しみ、涙を流してくれたから。
「ごめんルナ……俺、ロストスペルは使わないよ。絶対に使わない、誓うよ」
もしこの場にいるのが俺とルナの二人だけだったなら、俺はルナを抱きしめていたかもしれない。俺はルナの頭を優しく撫でるだけに留め、約束する。するとルナはまだ泣きながらもこちらを見上げてくる。「本当?」と、涙に塗れた瞳が訴えていた。
「本当だよ。俺、今まで散々冗談言ってきたけど、嘘はついてないだろ? ましてやこの状況で冗談なんて言わない。な、ルナ、だからもう泣かないでくれよ」
俺がそう言い終えると、やっとルナは泣きやんで涙を拭った。途端にルナは顔を真っ赤に染めると頭に置いてあった俺の手を払いのけ、恥ずかしそうに俯いたのだった。
事の行方を黙って見守っていたみんなだったが、その中でお婆さんがゆっくりと話を切り出す。
「ふ、そうさね。自分の死を悼んでくれる人がいるってのはいい事だ。その子の事、大切にしてやらなきゃいけないよ?」
そう俺に言い聞かせ、お婆さんは優しく微笑んだ。お婆さんが初めて見せたその柔らかな笑みは、長い人生を歩んできた者だけが持てる温かさに溢れていた。
「──ここは冥界の東端、“カラリエ”の領域だ。デゼスはここから西、リスィーの川を越えた先、“リュオネウス”の領域と“ソミエド”の領域が重なる場所に眠っている。奴を復活させるには、奴の胸に突き立てられた征魔剣“ネレイダー”を抜いてお嬢ちゃんを近づければいいだろう。ただし……ただ倒すだけでは何も変わらん。いいかい、“魂”を斬るんだ。言われて出来れば苦労はないだろうが、それが出来なければ奴は再び蘇る。後は……あんた達次第だ」
デゼスの居場所、復活の方法、そして滅し方のアドバイスまでしてくれたお婆さん。俺達がデゼスを蘇らせ、もしも敗北してしまったなら、冥界は再びデゼスによって蹂躙される事になる。それほどのリスクを承知していながら俺達に情報をくれたお婆さんに、俺は精一杯の気合と誠意を込めて言い放つ。
「はい! 任せて下さい! デゼスの魂に渦巻く邪念……俺達が必ず断ち切ってみせます!!」
「……いい返事だ! よし、あんたの言葉、信じるよ。テミス、この子らをデゼスのところまで案内できるね?」
「もち! 任せてよ! ついでに冥界の歩き方も教えちゃうから!」
元気のいいテミスの声が部屋を満たす。新たな旅の仲間を加え、気合も充分。俺達はすぐさまデゼスの器を目指して町を発つのだった。




