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俺式異世界冒険譚!  作者: 明智 烏兎
第一章 ~俺式異世界召喚~
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ここは異世界グランスフィア

「まぁ、座りたまえ」


 部屋の中央に置かれたソファーに腰掛けながら、自分の対面の席を示して男が言う。俺は言われるままにおずおずと腰を下ろした。

 案内された先は、広々として豪奢な造りの応接間。部屋だけでなく、そこに置かれた数々の調度品も、部屋の絢爛さに見劣りしない高級そうな品ばかりだった。キョロキョロと部屋を見回しながら、俺は心の中で感嘆の息を漏らす。


 男が懐から葉巻のようなものを一本取り出し、火をつける(やはりというか、魔法で)。肺いっぱいに吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出しながら、男は言った。


「どうだい、君も一つ」

「い、いえ、俺は……僕は結構です」

「そうか。それと、別に“俺”で構わんよ」


 あ~……だよな、そろそろ指摘される頃だと思った。どうにも、俺は敬語や丁寧語がとっさに口から出てこなくて。普段から口が悪いって訳じゃないけど、もっとちゃんとしなきゃなぁ。

 と、その時部屋の扉が開き、初めて見る女性が一人、入ってきた。俺がパイタッチ……た、体当たりしてしまった女の子に良く似てるけど、その子とは違ってどこかおっとりとした雰囲気を漂わせている。多分、あの子のお姉さんだろう。


「どうぞ。お紅茶です。お口に合うと良いのですが……」


 トレイに載せたカップを俺の前のテーブルに置き、女性がにこやかに言う。母性に満ち溢れたその柔らかな笑顔に、俺は少なからず胸を高鳴らせて遠慮がちに会釈する。


「あ、ど、どうも……」


 言いながら、せっかくなので一口飲んでみる。普段紅茶なんか飲まないから上手く表現できないけど、何と言うか心が安らぐ味だ。


「そのお紅茶には心を落ち着かせる効能があるんですよ」

「~~ッお母さんっ! その人はまだお客様と決まったわけじゃないのよ! ……もぉ、ほんとマイペースなんだから」

「ブッ!? お、お母さん!? お姉さんじゃなくて?」


 女の子の放った何気ない言葉に、俺は思わず飲み物を吹き出してしまいそうになった。いや……どう見てもそうは見えないぞ。


「あらあら……フフフ、お上手なんですね」


 頬に手を添え微笑を浮かべて女性が言う。が、逆に少女の方は今まで以上に目つきが怖くなった。え、何で?


「さて、少し落ち着いたところでそろそろ話を聞かせてもらっていいかな?」


 と、男が場をとりなすように話を本題へと持っていく。その一言で、場の全員の気持ちが自然と切り替わった。


「まずは……そうだな、自己紹介をしようか。私の名は、ガナッシュ・ルーラント。言うまでもないとは思うが、この屋敷の主だ」


 葉巻を灰皿に押し付けながら、男──ガナッシュさんが言う。名前を知り、また紅茶を飲んで心が落ち着いたからか、俺はようやく相手の容姿に目がいくようになる。……まぁ、元々俺は人の顔をジロジロ見る方じゃないんだけど。

 ガナッシュさんは、肩に届くかといった金髪をオールバックにして後ろで一つに束ね、口髭を少々蓄えた見るからに紳士的な風貌の持ち主だ。瞳の色は青。


 年齢はイマイチ分からないが、娘であるはずの女の子や奥さんであるはずの女性の外観年齢から推測できる年齢──四十歳前後──よりは、幾分顔のしわが目立つ。だがその一方で、生気活気に満ち溢れていて、若々しくも見えた。


 服装はガナッシュさんに限らず、現代日本のそれとは根本から違うようだった。何と言うか……ちょっと雑な表現になるけど、一言で言って“ファンタジーな服装”。柔らかくてスベスベした布を何枚も重ね着しているような、全体的にヒラヒラとした民族衣装……というかコスプレ衣装?


「私はレイア・ルーラントです。ガナッシュの妻で、ルナの母です。フフ、さすがに姉じゃありませんよ?」

「次は私ね。今お母さんが言った通り、私の名前はルナ。ルナ・ルーラントよ。で、こっちがリピオ。私の友達」


 少女──ルナさんの紹介を受け、リピオが一つ吠える。さっき投げ飛ばしちゃったけど、体はもう平気なのかな……?

 女性陣二人は、なるほど良く似ている。どうやらルナさんは母親に似たんだろう。共に薄桃色の長髪、水色の大きな瞳、白く透明な肌。って、薄桃色の髪!? もちろん地毛なんだろうけど、う~む……やっぱここは異世界って事なのかなぁ。


 改めて見ると、二人は息を呑むほどの美人・美少女だった。

 唯一の違いとして、レイアさんは髪を下ろしているがルナさんは頭の左で一つにまとめている、いわゆるサイドポニーという髪型。それにしても似てる……姉妹と間違えてしまうのも無理はない。


「ガナッシュさんに、レイアさんに、ルナさんとリピオですね。一応覚えました。えと、俺の名前は……」


 と、ここで考える。この人達の名前は英語圏の形式っぽいから、俺もそれに合わせるべきなんだろうか? と。


「俺はその……葉月楓……いや、カエデ・ハズキがいいのかな? こことは名乗る時の名前の形式が少し違うんです。ファーストネームとラストネームの順番とか」


「ふむ……するともしや倭京わきょうの国のような感じか? しかし、君のその服装は倭京の物とは少し違うようだが……」


 倭京の国? また知らない単語が出てきたな。もう俺の中じゃ、『ここは完全に地球じゃない説』がかなり有力になってきてる。そろそろその辺をハッキリさせたいな。


「あの~……この世界に『日本』って国はありませんかね……?」


 この質問が決定打になるとは思ってないけど、一応気になるので訊いてみる事にする。


「ニホン? 何それ」

「あ、いや、知らないなら別に……」


 そうか、やっぱ知らないか。あとはそうだなぁ……一体どんな質問をすれば、ここが異世界である事の証明になるのか……というか俺自身が納得できるのか。

 だって異世界だぞ? そんなのジュブナイルの出来事じゃないか、現実にある訳がない。でも実際に俺は良く分からん場所に瞬間移動して、あり得ない怪物に追い回されて、数メートルジャンプしたり魔法を使ったりして、目の前にはピンク髪の美少女が立ってる訳で。

 ん? そうやって考えると、もうすでに“ここは異世界”で結論が出てる気がするぞ。


「ちょっと失礼」

「え、何……って、いたたたっ! 痛いってば!」

「やっぱヅラじゃないか」

「ヅラ!? 女の子の髪引っ張っておいてその台詞、ホントに失礼ね!」


 激怒するルナさんを押し退けて、ふいにガナッシュさんが会話に割って入ってきた。


「ちょっと待ってくれ。“この世界”とはどういう事だ? 君は一体何者なんだ?」


 それは良い質問だけど、正直難しい質問でもある……何せ俺自身だってまだ今の状況をよく理解できてるわけじゃないんだから。ここがどこなのかが分からない以上、俺は俺の分かる範囲で語る以外にない。


「あの……地球……って知ってます? 俺、そこの日本って国からここに来たんだと思うんです」

「チキュウ? ……むぅ、聞いたこともない地名だ」

「そう、ですか。なら……信じられない、けど……やっぱりここは地球じゃないのか? あの、変な事聞くようですけど、ここは一体どこなんですか?」

「どこって……ウチの屋敷じゃない。今更何言ってるの?」

「いや、そうじゃなくて。この星の名前は? って事だよ。あるでしょ、そういうの」

「星の名前って……【グランスフィア】でしょ? ここは【グランスフィア】の『人間界』にあるザーグガルド大陸の北東よ」

「え? ちょっと待って──」


 何だか分からない単語が続いたけど……グランスフィア? やっぱりというか、どうやらここは地球じゃないらしい。でも、だったらなんで俺はこんな所に? 俺はただ、友達の家から自分の家に帰ろうとしただけなのに、一体何が起こったっていうんだ? こんな事が現実にあるものなのか? 夢でも見てるんじゃ……?


 混乱して取り乱しそうになった俺は、目の前の紅茶を一口飲む。……ああ、少しは落ち着いたみたいだ。


「……分かりました。あの……初めに言っておきますけど、俺は別に記憶が無いわけでもキチ○イでもないですよ? 今までの話で分かった事から推測するとですね……どうやら俺はこの世界以外の、“異世界からやってきた人間”って事になります。その……自分でも、まだ信じられないですけど」


 そう、信じられない。けど、それ以外に考えられないのもまた、事実だった。やはりと言うか何と言うか、レイアさんを除くその場の全員が目を丸くして俺を見つめていた。

 どうすれば信じてもらえるかな……あっ、そうだ! 俺の持ち物を見せれば、きっと……。


 俺は自分の持ち物全てをテーブルに並べていく。財布、携帯、ポケットティッシュ。そして自転車の鍵。改めて見るとロクなものがないが、地球がどんな所なのかを説明するには充分だった。持ち物一つ一つの名称、使用方法をできるだけ細かく説明し、同時に地球とグランスフィアとの違い──例えば魔法の存在の有無や頭髪の色の違いなどを述べる。


 初めのうちは疑いの色を浮かべていたみんな(レイアさんを除く)だったが、話の筋が通っている事や、何より俺の真剣な態度が伝わり次第にその色はなくなっていった。

 ……っていうかレイアさんの適応力すご過ぎ。最初から他人の事を全く疑ってないよこの人。旦那さんと娘さんが慎重になるのも頷ける危うさがあるなと、他人事ながらそう思った。

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