日食少女
「さて。じゃあ冥界には結局みんなで行くって事に決まったわけだけど……ここで重大な問題が二つある」
話がまとまったところで、俺は肝心にして切実な問題点を提起する。
「誰か、冥界にいく方法を知らないか? あと、冥界ってどんなとこ? 空気ある?」
俺の言葉にズルっとずっこける一同。
そう……俺は冥界の事なんて全く分からないのだ。だって仕方ないじゃないか。突然決まった話でまだよく調べてない上、そもそも俺は地球人だし……。
「根本的なトコが分かってないんじゃない、もう……でも、それなら大丈夫。私、知ってるから」
「おおっ! 知ってんの!? さっすがルナ、相変わらず博識だな~! ルナみたいな人の事を才色兼備って言うんだぞ」
「さっ、才色……!? そ、そこまで言ってもらうほどの事じゃないよ、冥界の事なんてこの世界の人間なら知ってて当然だし。えっとね、まず冥界についてなんだけど、そこには“魔族”が住んでるの」
「ふむふむ。……ん? え、それだけ?」
「う、うん、だってそれ以上の事は誰も知らないんだもん。ただ、人間が問題なく生きていけるだけの環境があるのは間違いないと思う。だってメイガスが冥界に行って一度デゼスを倒してるんだし」
「あ、そう言えばそうだよな。で、ちなみに魔族ってのはどんな奴ら? やっぱ悪い奴らなのか?」
「う~ん……実際に会った事ないから何とも言えないけど、文献によるとかなり野蛮で好戦的な種族らしいよ。少なくとも善良なイメージはない、かな」
ふむ……まぁそんなもんだよな。俺が納得したような素振りを見せると、ルナは話を続ける。
「で、次に冥界の行き方なんだけど、正確には“私が知ってる”じゃなくて、“知ってる人を知ってる”、が正しいかなぁ……何かゴメン。私全然役に立ってないよね」
「いや、そんな事ないって。知ってる人を知ってるだけでもすごい事だよ。で、誰なの? その人」
「ゼラン・ルーラント。お父さんの弟、つまり私の叔父さんね…………あッッ!」
急に大声を上げるルナに、俺は恐る恐る尋ねる。
「ど……どした?」
「あ、いや……その……ちょっとそこに、苦手な子がいるから……」
落ち着かない様子で呟くルナ。ずいぶん動揺してるけど、ルナにそこまで苦手意識を持たれるってどんな子だ?
「苦手な子って?」
「い……従姉……なんだけど」
「いとこ? ……それだけ? 何だ、仲悪いのか?」
「え? 悪いというか、いや、むしろ……いいというか、何と言うか……」
何だか歯切れの悪い言い方だなぁ……と思いつつ、俺はさらに尋ねてみる。
「その子、何歳?」
「私と同い年」
「名前は?」
「コロナ・ルーラント」
「ルナにコロナ? 月と太陽ってか。……もしかしてその子、可愛い?」
「えっ……さ、さぁ、可愛いんじゃないの?」
「スリーサイズは?」
「んな事私が知るかぁっ!! まったくぅ、すぐ変な事言うんだから……」
「はは……ま、冗談はこれくらいにして、その叔父さんちはどこにあるの?」
「ラグオス大陸だよ。エルドラントの近くに屋敷を構えてるの」
ん、ラグオス大陸……それって今俺達が丁度行こうとしてたところじゃないか。つまり今いるディゴンド大陸の隣……こいつはツイてる。
「じゃあ近いな。よしっ、準備してさっそく出発しようぜ、みんな!」
──朝にハイダルの町を出て、その日の夜。俺達は北端の港町アピールに無事到着する事ができた。アピールでの情報収集はまたの機会という事にして、俺達はすぐさま船に乗り、ラグオス大陸を目指す。ディゴンドからラグオスの船旅はとても短く、一晩眠っている間にラグオスの港町ラインに入港していた。
それから三日後には首都であるエルドラントに辿り着いていたが、今は何より冥界に行く事が先決だ。なので情報収集は諦め、水と食料を少量買い足しただけですぐにその場を後にした。
そして、それから半日ほど東に馬車を走らせたところに、目指す屋敷はあった。街道から少し逸れ、続く並木道の先に見える大きな屋敷はルナの屋敷を彷彿させる。
「そうそう、こんな感じのデカイ門があって……」
門に張られている結界にルナが触れて、結界を一時的に解除する。ルナに続いて俺達全員が敷地内に入ると、すぐに結界が再展開された。
門を潜ってすぐのところに厩舎があり、馬車とミューはそこで休憩してもらう。前庭はかなり広いため、屋敷まではまだ結構な距離があった。
はぁ~……グランスフィアに転移してきたばかりの頃を思い出すなぁ……すっごい懐かしい。そうそう、あの時も丁度こんな感じの怪物に追いかけられて……。
「ってオイ……な、何でリピオがもう一匹いるんだ!?」
思い出に浸っていた俺の前に現れた、リピオの色違い。こいつは一体……リピオの2Pカラーか何かか?
「カエデ、この子はリピオじゃないよ。あははっ、久し振り~~“プリムちゃん”!」
ルナはそう言うとその怪物に駆け寄って頭を撫でた。プリムという名前らしい。青いタテガミ、銀の体毛……それ以外の形状は本当にリピオとそっくりだ。きっとこの子もアガムキメラ──シャローシュカノンの守護獣なんだろう。
リピオもプリムとは久し振りに会ったらしく、二匹ともとてもはしゃいだ様子でじゃれ合っていた。
「ああっ、二匹ともあんまり騒がないで~……あの子に見つかっちゃうよ~……」
狼狽して二匹にお願いするルナだったが、その時、屋敷の中から一人の女の子が顔を出した。その女の子はこっちを見るなり、いきなり指差して大声を上げた。
「ああ~~~~っ!! ルナお姉ちゃんだ! 何で何で? 何で来たの!? うわあぁ、久し振り~~~~!!」
ものすごい勢いで駆けてきたのは、淡い金色の長髪をビビッドな赤いリボンで横ポニテにした、明るく活発そうな女の子だった。
「おお、こりゃまた……ルナの2Pカラーか?」
第一印象を思わず口に出してしまう俺。ルナはその言葉に首を傾げた後、2Pカラー少女をたしなめるように言う。
「あのねコロナちゃん……私の事お姉ちゃんって呼ばないでって前に言ったでしょ? それにその髪型も……」
するとコロナと呼ばれた女の子は頬を膨らませて拗ねたように反論する。
「ええ~~っ、だってルナお姉ちゃんの方がお姉ちゃんっぽいし、この髪型にしてるとルナお姉ちゃんになったみたいでいいんだも~~ん」
「でもねコロナちゃん。髪型は別にいいとして、“お姉ちゃん”はやめてよ。同い年なんだよ? しかもコロナちゃんの方が誕生日早いじゃない。それに……」
ルナはスッと掌を頭の高さまで上げて、
「な、何でもない……」
と、慌てて手を引っ込めた。
なるほど……。俺は今取ったルナの行動でピンと来た。どうしてルナはコロナが苦手なのかが。
……よし、少しからかってみようかな。
「確かに同い年で誕生日が早いなら、ルナよりコロナの方がお姉さんだよな」
「そうでしょ? うん、そうだよ。そうそう」
ルナが俺の言葉に素早く賛同して頷いた。
「第一、コロナの方がルナより少し背が高いしねぇ?」
にやりと笑って放った俺の一言に、ギクッと震えるルナ。
「なっ……な、何言ってるのよカエデ。わ、私別にそんなの、きっ、気にしてなんか……」
「いや、分かる分かる。分かるよ、ルナの気持ち。でもそんなの気にする事ないって、なぁコロナ?」
「うん、そうだよ! 妹より背の低いお姉ちゃんなんて世の中いっぱいいるよ!」
“背の低い”というストレートなコロナの言葉に、ルナはどんよりとした表情になってうなだれた。その姿があまりにもかわいい、じゃなくてかわいそうだったので、さすがにフォローを入れておく事にした。
「でも、本当にひがむ事ないよ。せっかくちっちゃくてかわいいんだからさ。小動物的な感じで」
だとしたらとんでもなく獰猛な小動物だけどな、と心の中で付け加えておく。一応フォローは効果があったようで、ルナも少しは立ち直ってくれた。
すると、まるで今気付いたかのようにコロナが俺を指差して言う。
「ルナお姉ちゃん。この人、お姉ちゃんの彼氏?」
「っ!? ちょ、違っ、違うわよ! どうしてそうなるのよ!?」
「えへへ~、分かってるよぉ、ルナお姉ちゃんが素直じゃない事くらい。お似合いだよ~? あはは!」
……何だか話が横道に逸れそうな予感。俺としてはもう少し黙って展開を見守りたい気もしたが、早めに用件は伝えておかないとな。そう思った俺はコロナにパーティーメンバーを順番に紹介して、ここを訪れた目的を掻い摘んで話した。するとコロナは少し表情を引き締め、こめかみに人差し指を当てて呟いた。
「冥王デゼス……? それって、あのデゼスだよね? それならメイガスが倒したはずだけど……」
「あぁ、それは奴自身も言ってた。メイガスに不覚を取ったって。だけど、そいつが生きてたんだ。魂だけの存在になって……」
「そっかぁ……あのメイガスでも完全に倒し切れてなかったんだね。言い伝えによるとアポカリプスの次に強敵だったって話だし、あり得なくはないかも。……うん! その話、信じるよ!」
「ありがとう。……で、早速で悪いんだけど冥界への行き方について教えて欲しいんだ。今お父さんはいる?」
「お父さん? あぁ、お父さんは今出掛けてていないけど、“スフィア・シフト”の方法だったらエレミヤの書に載ってたはずだから私でも教えてあげられるよ。ちょっと取ってくるから待ってて~……あ、客間に行っててほしいな。じゃ、そっちで合流ね~~!」
そう言い残してコロナは一足先に屋敷の中へと消えて行った。
それにしても、エレミヤの書……か。メイガスが遺したもう一つの魔導書だ。エゼキエルもかなり役立ってるし、エレミヤにも俺達の助けになるアガムが記されている可能性は高い。ちょっと読んでみたいなと思いつつ、俺達は屋敷の中にお邪魔するのだった──。




