黒を点す西風
──ディゴンド大陸南端の町、『港町リール』に上陸した俺達は、ラグオス大陸に渡るために北端の町『港町アピール』を目指して大陸縦断の旅を続け、その途中にある『ハイダル』という町で一旦足を止めた。
ガルツァークやザーグガルドを見れば分かるように、グランスフィアでは一つの大陸を一つの国が治め、その国の首都が大陸の中心にあるのが一般的だ。だが、ディゴンド大陸には他と違って首都と呼べる都市がない。それはベイラム大陸も同様で、ベイラム・ディゴンド・ラグオスの三大陸を、エルドラントという一つの大国が統治しているためだ。そしてエルドラントの首都、その名もずばり『エルドラント』はラグオス大陸の中央にあり、俺達はそこを目指してるってわけだ。
「ハイダルって言ったっけ? この町、首都じゃなくても結構大きいな」
町の散策を開始してすぐに俺がそんな感想を漏らすと、リースが答える。
「それはそうですよ~~。ディゴンド大陸の中じゃ、ここが主要な都市である事に変わりないンですから」
そこへ、セイラが急に割って入ってきて言った。
「ねぇねぇお兄ちゃん、ボク疲れちゃったよぉ。もう夕方だし今日は休も~よ~……お腹もすいたし」
切なそうに腹をさするセイラ。確かにそろそろ今夜の宿泊先を探し始めてもいい頃だ。
「よし! じゃあ宿を探すか」
「わぁ~い! ボクもうお腹すき過ぎて、ぐうの音も出なかったんだぁ」
「ふっ!? そ、それは……ふふ……使い方が少し、違うような……」
セイラの間違いにツッコミを入れたのはティリスだった。よほどツボに嵌ったのか、笑いをこらえて涙目になっている。か、可愛い……。
そんなティリスの反応を見て首を傾げるセイラに、俺も自然と笑顔がこぼれるのだった。
そして次の日。
俺達は改めてハイダルを歩き情報を探したが、アポカリプスの行方、セイラの兄・アレスの足取り、骨鎌の持ち主に関する情報は一切入手できなかった。いい加減、別の方法を模索しないと駄目なんじゃ……そんな事を思いつつ、俺は街を行き交う人々をぼんやりと眺めていた。その人波の中に、俺はとんでもないものを見つけた。
「!? ……み……ミリー!」
思わずそう叫ぶと、ルナ達も一斉に俺の見ている方向に顔を向けた。
「にゃん? ……ひえっ、またあんた達なのっ!?」
ミリーも俺達に気付いたらしく、驚いた後に嫌そうな顔になって言った。人波が止まってできた空間に歩み出て、俺はミリーに問う。
「今度は何を盗むつもりだ?」
「今度はどうやって邪魔してくれるつもりよ?」
ミリーも負けじと問い返してくる。けど、俺だってここで引くわけにはいかない。
「お前がどこで何を盗もうとしたって、必ず俺が阻止してやる。二度も蹴り上げてくれた恨みと屈辱、忘れはしないぜ」
キッと睨みつけて言うと、しばらくミリーとの睨み合いが続いた。
やがてミリーは諦めたように視線を逸らすと、溜め息を吐き出して肩をすくめる。
「はぁ~~……分かったわよもう。やめるわよ。やめてやるわよ盗賊団なんて」
「……え?」
予期せぬミリーの言葉に、俺は間抜けな声を上げて聞き返した。
「ゼピュロスを解散するって言ってんの。いい加減、そろそろ飽きてきたし。ただ~しっ! それには条件が、あぁ~る!」
盗賊団を解散する条件だって!? そ、それは一体……。
「カエデ君! ウチと本気で勝負して! もしあんたが勝ったら盗賊団は解散……ウチが勝ったら~、うん、その時は……その子、横ポニテの女の子を私がもらうって事で、どう?」
「よしッ! いいだろう!」
「いいわけないでしょッ、アホ~~~っ!!」
ミリーの出した条件に頷いた瞬間、頬に激痛が走った。横ポニテの女の子──ルナが俺をぶん殴ったのだ。
「イテテ……大丈夫だよルナ、俺が勝つに決まってんだろぉぉ~~……」
俺が頬をさすりながら非難の目を向けると、ルナはブンブンと腕を振り回して叫んだ。
「そんなの信じられるかぁー! 大体、私を“もらう”ってどういう事なのっ、ミリー!」
その質問に、ミリーは平然と言い放つ。
「そりゃ、ウチの言う事なら何でも聞く奴隷になってもらうのよ。たっのしみ~! ……でも本当の理由は……あんたがカエデ君の“一番のお気に入り”みたいだから、かな」
ミリーの言葉にルナは目を見開くと、真っ赤な顔で俺の方に目を向ける。俺と目が合うとすぐに視線を逸らして下を向き、そして……、
「……し、……信じてる、から……」
ぎゅっとスカートの裾を握り締めて、恥ずかしそうにそう言った。
「ああ……任せてくれ!」
俺はゆっくり大きく頷いて、金色のエクルオスを纏いながらソーマヴェセルを抜き放つ。今回だけは絶対に負けられない……ルナの信頼に応えるためにも。
前回、前々回と違って剣を捨てない俺を見て、ミリーはフンと鼻で笑った。
「やっぱりその子がお気に入りなんだ。こう言えば本気を出してくれるって思ったけど、その通りだったってわけね。でも、嬉しいなぁ……今日はウチも、ようやく本気が出せる。前にも話した“特別な日”が、都合良く来てるのよねッ!!」
そう言い放つと同時に、ミリーの周囲に今まで感じた事もない強力なエクルオスが集まり出した。白銀に輝くエクルオス……その凄まじさは、いつか戦った赤宝眼の竜以上だ。
ミリーは言っていた。稀に、すごく調子がいい時があると。それが、よりによって今なんて……。
──勝てない。その言葉が頭をよぎった途端、俺はどうしようもない恐怖に包まれ、剣を握る手が震え出した。……くそっ、情けない……俺は必死に闘志を奮い立たせようとするが、取り巻く恐怖心に打ち勝つ事はできなかった。
「あぁん、いいねぇその顔。カエデ君の事、ますます好きになっちゃうじゃない。気付いちゃったんでしょ? 今日のウチには誰も勝てないって。そりゃーそうだよね、だって今のウチは“メイガス”と同じくらい強いんだから」
瞳を閉じて、うんうんと頷くミリー。その言葉にルナが素早く反応した。
「メイガスと……それ、どういう意味?」
「ふふん、ウチも倒したからよ。一人で……黄宝眼の竜をねっ!!」
そう叫ぶと同時に、ミリーは閉じていた瞼をカッと開いた!
「えっ、嘘!? な、何なの、その目……!」
驚いたのは、ルナだけじゃない。俺も同じだ。ミリーがオッドアイなのは前から知ってたけど、ミリーの黒い右目が、緑の左目とは明らかに違う輝きを放っていたからだ。
ドス黒い光を纏った右目。それはまるで……そう、まるで宝石眼のようだった。
「はにゃ? 目? え、ウチの目がどうかした?」
驚愕に言葉を失う俺達をよそに、のほほんと尋ねてくるミリー。どうやらミリーは知らないらしい。絶好調の日に、自分の目が黒い光を点している事を。
「その目……黒宝眼? あ、あり得ない……! ミリーはフェヌアスじゃなくて、宝石眼族なの……?」
ぶつぶつと自問自答するルナ。確かに、あれはどう見ても宝石眼だろう。俺にはそれ以上の事は詳しく分からないけど、きっとあれがミリーの秘密。アガムを使えないはずのフェヌアスが、調子のいい時だけアガムを使えるようになる理由だと思う。
「ちょっと、何なのよ! ウチの目がどうしたって? 確かにウチはオッドアイだけど、理由なんて知らないよ。だってウチ、もともと孤児だし」
「って事は、あなたがフェヌアスである証拠はないって事よね? じゃあやっぱり宝石眼族なのかも……でも、それだと片目だけっていうのは絶対にあり得ない。普通は両目とも宝石眼になるはずだもん。じゃあミリーはフェヌアスと宝石眼族の混血……って説が一番しっくりくるけど、でも宿してる目が黒宝眼なんて、それこそあり得ないし……」
「こらこらこらぁぁーー! これからせっかく面白い戦いになるところなのに、眠くなる事言わないでよねっ! さぁカエデ君、準備はいい?」
痺れを切らすミリーの問いに、俺は剣を構え直して応答して見せる。悔しいけど、声が出ない。戦いの準備なんて、できるわけがない。なぜなら、俺にはハッキリと分かるから。
絶望的なまでの、力の差って奴が──。




