白馬の王子と天才弓士?
「たのも~~~~っ!!」
「道場破りでもしにきたんかいっ! はぁ……もう元気になったみたいで何よりだわ」
久し振りにルナの突っ込みをもらった気がするぞ。気力を振り絞って冗談を言った甲斐があった。な~んてくだらない事を思っていると、たくさんの門下生の中から優しそうな顔のおじいさんが一人、前に出てきた。
「……おや? どなたかと思えば、旅の方と見受ける。我が道場に何用かな?」
俺達の姿を認めるなりそんな事を言う老人。我が道場というからには、この人がレザイアさんで間違いないだろう。
「あなたがレザイアさんですか? あの、俺達……ちょっとレザイアさんにお話しがありまして……」
その言葉に、レザイアさんはそれまで恵比寿のように細めていた目を少しだけ開き、俺の顔を見る。その目には、いかなる者のいかなる動きさえ見逃さない眼力が備わっているように感じた。全てを見透かし、見抜き、見破る……それはまさに──鷹の目だ。凄腕の弓士と謳われるだけの事はある。
「ほほぉ、この老骨に話とは珍しい。せっかくの客人に立ち話では申し訳ない。どうぞこちらへ」
そう言って案内されたのは、道場の隣にあるレザイアさんの自宅だった。通された部屋で円卓を囲むように座り、まず互いに自己紹介を交わす。そして俺は用件をなるべく手短に、分かり易く話した。俺の話にレザイアさんは「ふむ」と頷いてからおもむろに席を立ち、お茶を入れ始める。今は一分一秒だって惜しい状況だ、のんびりとしたレザイアさんの行動に、俺はつい苛立ちを覚えてしまう。
「急いては事を仕損じる。時間がないのは分かるが、まぁ少し落ち着きなさい」
胸元まで伸びた真っ白なアゴヒゲをさすりながら、レザイアさんが俺に言う。俺が苛立った事を、レザイアさんは当然のように見抜いていた。やはりこの人……侮れない。
「さて……大体の事情は分かった。しかし、ワシにはそれを引き受ける事はできん。見ての通り、今のワシはただの老いぼれ……体も弓の腕もとうに衰え、空を舞うハーピーを射るなど不可能。足手まといにしかなるまいよ」
「そ……そんな……」
俺達四人は揃って肩を落とす。……くそ、こんなところまで来て無駄足なのか?
「これこれ、同じ事を二度も言わせる気か? 最近の若者は気が短くていかんのぅ。よいか? ワシはそなたらの力にはなれん。じゃがな……そなたらの力になれるかもしれん人物を、紹介する事はできる」
「ほ、本当ですか!?」
レザイアさんの言葉に、パッと表情を輝かせて言うルナ。レザイアさんはうんうんと頷いてさらに続ける。
「そなたらの話を聞いて分かったわい。今のそなたらに必要なのはワシではなく……単に腕の立つ弓士じゃ。だとすれば適任者を一人知っておる……という話じゃよ。そなたらがそれで構わんというのであれば紹介するが……?」
レザイアさんの指摘と提案は、まさに的を射ている。俺達は是非にとお願いした。しかし、レザイアさんの話ではその人物、今は買い出しに出てしまっているらしい。なるほどなぁ、確かにそれじゃあ“急ぐ意味がない”。レザイアさんののんびりした言動にはそういう裏があったって事か。
「これから紹介して下さる弓士って、どんな人なんですか?」
もうじき買い出しから戻るだろうというレザイアさんだが、それをただ待っているのは少しもどかしい。なので俺はレザイアさんにそんな質問をしてみた。
「う~~~む……その人物というのは、実はワシの門下生のうちの一人でな。間違いなく天賦の才を持っているのじゃが……ちと性格に難があるというか……」
「た、ただいま戻りましたぁ~~。ううう~~、しはぁ~~ん、今日はやけに量が多くないですかぁ~~?」
話の途中でいきなり扉が開き、一人の女の子が大量の荷物を抱えて入ってきた。
「……おぉ……!」
俺はその子の姿を見て思わずそんな声を上げてしまった。
銀に輝く長い髪。それを首の後ろで三つ編みにしている髪型は、見る者に清楚でしとやかそうな印象を与える。背も高く、目測にして160センチくらいはありそうか。黒いミニスカートから伸びる脚もすらりと長くて、色白で、モデルかと思うほどのプロポーション。桜の花びらを連想させる淡い桃色の瞳に見つめられ、俺はとっさに視線を外す。するとそこには、黒い半袖のシャツを突き上げて隆起する、女性の象徴があった。その胸の膨らみを、両肩に掛けられた緑色の帯が胸元で交差するようして覆っている。帯はそのまま腰の後ろに回して結ばれ、それが蝶の羽のように広がって何とも言えない幻想的な雰囲気を作り上げていた。
「う、美しい……ハッ!」
その少女の美しさに心を奪われそうになった俺は、すぐ我に返る事となる。なぜなら、俺の背中に鋭く研ぎ澄まされたルナの視線が突き刺さったからだ。
「フンだ……!」
慌てて振り向いてみると、面白くなさそうに鼻を鳴らしたルナがソッポを向いて腕組みしていた。う、また機嫌悪くなっちゃったかな……。
「リースや。この者達がお前に頼みがあるそうだぞ?」
玄関口に荷物を下ろす美少女に、レザイアがそう投げかけた。リース……それがこの子の名前なのかな。
「はい? あれ? お客様? 入門志望者さんですか?」
「い、いや……ちょっとエゼキエルを取り返すのに協力してほしいな~……と」
「え、何か取られちゃったンですか? あ~~きっと“シャルス”だ! あのイタズラっ子め、旅の人にまで手を出すなんて……ちょっと行ってきます~~」
何やら勘違いしたらしいその少女はそのまま部屋を出て行こうとしたので、俺は急いで呼び止めた。
「あぁッ、ちょっと待って! 違うんだよ、実はかくかくしかじかで……」
俺はレザイアさんにしたように、なるべく分かり易くそれでいて手短に用件を話した。
「……と、ゆーわけなんだけど……」
説明を終えても、少女は説明中と同様に沈黙を続けた。俺は用件が伝わらなかったのかと思ってもう一度声を掛けようとしたが、少女は無表情のままふいに呟く。
「えっと……つまり……は、ハーピーを……たた、た……倒せと……? わ、私に……?」
「うん。駄目かな?」
「駄目ぇぇぇ~~~~ッッ!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ッッ!! ずええっっっったいッッ! 無ぅぅ理ですよおぉ~~~~~~~~うっっ!!」
宝石眼の竜の咆哮をも上回りそうな声で叫びまくる少女。部屋が……いや、家が振動してたぞ、今……。
「そ、そこをなんとか……」
「無理ですようッ! 何故ッ!? なにゆえ私なンですかぁ!? 私に死ねと!?」
「いや、君は弓を射るだけでいいんだよ。ハーピーからは俺が絶対守るからさ」
「ふぇぇ……そんな事言われても~~……まだ編んでない物いっぱいだし、読んでない小説もいっぱいだし……恋愛だってまだした事ないのに……ブツブツ」
う、う~ん……どうも本当に無理っぽいな。でもここで引き下がるわけにもいかないし……。
その時、困り果てた俺を見兼ねてレザイアさんが助け船を出してくれた。
「リース、これも修行の内だ。それに旅をすれば様々な人との出会いがあるだろう。お前がいつも言っている“白馬の王子様”とやらにも出会えるかもしれんぞ?」
なだめるように優しい口調で言うレザイアさん。しかし少女は口を尖らせて言葉を返す。
「そんなの違いますよう……王子様は迎えに来てくれるンですっ! こっちから会いに行かなくてもいいンですよ!」
「そうなのか? ふふ……だったら、迎えに来たみたいだぞ?」
レザイアさんはそう言うと、俺の肩を叩いてきた。ちょ、俺が白馬の王子様だって? そりゃあ白馬(のような生き物)には乗ってるけど……。
「こ……この人が……私の王子様……?」
そう言いながらマジマジと俺の顔を覗き込んでくる少女。俺は思わず目を逸らしてしまう。
「こ、この人が……私の………」
少女は戸惑ったように呟くと、少しの距離としばしの間をあけた。そして、上目遣いで問い掛けてくる。
「あのぉ……ほ、本当に守ってもらえるンでしょうか……?」
「もっ……もちろん! それは約束するよ!」
俺はなるべく少女が安心できるように胸を張って言った。
「…………はいぃ~。……じゃ、ちょっとだけ……」
長い沈黙の後、少女は自信なさげに頷きながら小さな声でそう口にした。
「おお! そうかぁ、ありがとありがと! 俺の名前はカエデ。よろしくな!」
「カエデさんですか~~。あわ、私はリースです。ええと、あ、“リース・ジオフロート”です。よよっ、よろしくです~~!」
こうして俺達は腕の立つ(?)弓士の少女、リースを仲間に加えるのだった。……ほ、ホントにこの子で、大丈夫だったんだろーか……。




