西の風、再び
「……さて、諸君らに集ってもらったのは他でもない。我が城に代々受け継がれし神の剣にして、グランスフィアを繋ぎし楔の剣の一つ、地走剣ネフアールを、ゼピュロスという不逞の輩から護衛してもらいたいのだ。剣が盗まれるなどという事態は断固として阻止せねばならない。厳重なる素性および身体検査を強要したのも故あっての事、どうか許して欲しい」
──アスラート城・玉座の間。まさか国王が手ずから説明を買って出るとは……。
「なぁ、ルナ」
俺は周りの連中に気付かれないように、小声で隣にいるルナに話しかける。
「きゃっ!? なな、ちょっと、いきなり話しかけないでよ、びっくりするじゃない」
国王陛下の御前だ、ルナが緊張するのも仕方のない事。でももうちょっとリラックスしてもいいんじゃないかな。
「ご、ごめん。でもさ……こんな大々的に対策してますアピールしていいのかな? 外でも兵士達が大騒ぎしてたし、ゼピュロスの連中に警戒されちゃうんじゃないのか?」
「? 警戒なら、好きなだけさせておけばいいじゃない。何か問題でも?」
「問題ってほどじゃないけど、奴らはまだ自分達の標的を誰にも知られてないと思い込んでるんだろ? だったらこっちも知らないフリをして油断させておくのも一つの手なんじゃないかと」
「ふむ、その点ならば心配は無用だ」
と、俺とルナの内緒話に、アスラート王が急に割り込んできた。やっべ、完全に聞こえてたみたいだ。
「我が城が誇る諜報騎士からの情報によれば、ゼピュロスはまだ大陸の外だ。細かい動向までは掴めていないがな」
「うわ……すみません。何か俺達、王様のお話し中にぺちゃくちゃと……」
「いや、気にする事はない。確かに君の意見はもっともだからな。それに……君の事は諜報騎士から聞いている。“異世界から来た人間”だそうだな。その服を見て得心が行った」
アスラート王の言葉に玉座の間がにわかにざわめく。うおぉ、みんなの視線が一気に集まってきたぁ~~……。
「それに君は、以前ゼピュロスの頭と一戦交え互角以上に渡り合ったらしいではないか。私は君に期待している」
優しく、それでいて威厳のある笑みを浮かべて言うアスラート王。ちょっと雰囲気がガナッシュさんに似ていると思う。あくまで雰囲気だけ。見た目は銀髪に褐色の肌、涼しげな青い目を持つ若き賢王って感じだ。
……っていうか……王様の耳は地獄耳、だな。諜報騎士っていう奴ら、どんだけ優秀なんだよ。
「まぁ、前回は取り逃がしちゃいましたけど……でも! 今回は任せてください!」
「ふっ、頼もしい限りだよ」
──それから俺達や他の傭兵・冒険者達は全員城内で休ませてもらう事になり、その二日後。王の元に戻った諜報騎士から新たな情報が届けられた。だが……その情報は最悪の内容だった。
「何っ!! ゼピュロスはすでにアスラート城下へ入り込んでいるだとッッ!?」
アスラート王の発する驚愕の叫びが玉座の間に響き渡り、跪いていた諜報騎士やその他の臣下達がビクリと震える。
「ただちに皆を集めよ! 兵達にも例の伝令を出せ! 至急だっ!!」
──。
──……。
「諸君、心して聞いて欲しい。たった今入った情報で、ゼピュロスがすでに街中に潜伏している事が判明した」
王の放った一言で、玉座の間には一瞬にして張り詰めた空気が流れる。
「その情報は本当なのか? どう考えたって二日じゃ大陸外からアスラートまでは着かないぜ?」
筋骨隆々の傭兵が、野太い声で疑問をねじ込む。
「うむ……確かにそうだ。だが、我が諜報騎士の情報に間違いはない。たった二日でどうやってここに辿り着いたかは分からんが、確実に奴らは街の中にいるのだ」
悩ましげな表情で瞼を閉じて言うアスラート王。すると、それまで黙っていたルナがぽつりと呟いた。
「ひょっとして……」
その言葉に王は目を見開き、続きを待った。ルナはゆっくりと口を開く。
「『ヴォイドアガム』を使ったのかもしれません。前回“アガムケイジ”を使ってましたから……」
「成る程……ヴォイドアガムか。しかしそんな高等なアガムを使える者、そうはいまい」
「ですから、あくまで推測にすぎません。ですが可能性としてはそれが一番高いかと」
「ふむ……となれば対応策は決まりだな。魔術師達を呼べ。障壁法陣を張るのだ」
聞いた事のない単語に首を傾げ、俺はルナに尋ねた。
「ルナ、障壁法陣って?」
「えっと……前に包囲法陣の説明はしたよね? 障壁法陣っていうのはそれの一種で、アガムを通さない結界の事なの。後々説明が面倒になるからついでに教えるけど、他にも『守護法陣』っていうのがあって、それはアガムの効果から仲間を守護する結界の事。これを応用すれば、味方のそばにいる敵に範囲の広いアガムで攻撃しても味方は傷付けないっていう戦い方ができるよ。カエデはハイスペルを使いまくるからこれは覚えておいた方がいいね」
と、腰に手を当ててルナが説明してくれた。う~ん……分かったような、分からないような……。後でエゼキエルを読んで復習しておかなきゃ。
ルナが長々と説明をしてくれている間に、城全体を障壁法陣が覆ったようだ。これでヴォイドアガム……つまり空間転移による侵入を防げるようになったわけか。
「それでは皆の者。以前話した配置についてくれたまえ。奴らは神出鬼没だ、いつどこに現れるか分からんのでくれぐれも油断しないように。では……健闘を祈る!」
アスラート王の号令により、傭兵や城の兵士達が一斉に散らばっていった。俺達の配置はというと、最重要地点である神具のある部屋。そしてその部屋とは、今いる玉座の間の事だ。俺達以外にも数名の傭兵が残ってるけど、俺に言わせればどいつも単なる邪魔者でしかない。……言わないけどな。
「ミリーさん、今回はどうするんだろうねぇ? アガムケイジは効かないし、人もこんなにいっぱいいるし、さすがに入って来れないんじゃないかな?」
セイラがのんびりした口調で言う。緊張でガチガチになるよりはいいけど、もう少し気を引き締めた方がいいかな? 以前勝った相手といっても、ミリーの強さは半端じゃなかった。時の運だったと言えなくもないほどに。
「そうだな。確かに侵入は難しそうだけど……でも奴ならそう簡単に諦めないと思う。それに……」
「おい!! これは何だ!? いきなり上から降ってきたぞッ!?」
俺の言葉を遮り、傭兵の一人が大声で叫んだ。俺は反射的に叫んだ男の手元を見る。そこにあったのは、アガムケイジだった。しかも、すでにアガムが発動しかかっている。この状況で考えられるアガムは……目眩ましか……爆発!
「みんなっ! 伏せろぉっ!!」
とっさにそう叫びながら、自分だけは伏せずにリフレクトアガムを使う。次の瞬間、俺の予想通りに玉座の間に大爆発が巻き起こった。アガムケイジのそばにいた傭兵達は爆風で吹き飛ばされ、壁に叩き付けられて動かなくなった。だが、その生死を確認している時間はない。
「王様! 大丈夫ですか!?」
俺は振り向いてアスラート王の安否を確認する。すると王は伏せていた体をゆっくりと起こし、周囲を見回して言った。
「あ……あぁ。大丈夫だ、問題ない。君のお陰だ、助かったよ」
「よかった……あっ、ルナ達も無事か!?」
そんな俺の呼び掛けに、
「な、何とかね……」
「クゥ~~ン……」
「だいじょーっぶ!」
「平気です」
と、それぞれのリアクションで無事を伝えてきた。この部屋で動けるのは一気に俺達だけになってしまった。こうなったのは心の中で、周りの連中が邪魔者だと思ってしまった俺のせいだったりして……。
そんな事を考えて反省していると、部屋の中央に淡い光の粒子が集まり出し、人の姿を形作っていく。光が消えて現れた人物は……。
「奇禍なりし西の風──盗賊団ゼピュロス、ここに参上」
西風の盗賊団、団長──ミリー・アスタッドだった。