絶望の担い手
パチッ、パチッと木の燃える音が辺りに響いている。ガイルロードを発ってから三回目の夜、俺はセイラに地球の話を聞かせていた。ルナは一度聞いているので、退屈そうな顔で焚き火に小枝を投げ込んでいる。
「ワンッ! ワンッ!」
突然、リピオが吠える。といっても、それは敵襲の知らせではなく、ただの呼び声だ。昼間助けた女の子が目覚めたら知らせるようにと、リピオにお願いしておいたからな。
「おっ、気が付いたか。さすがセイラの回復魔法だなぁ……もう夜だけど、おはよう!」
そう言って少女に近付くと、少女は素早く上体を起こして後ずさった。
「っと、ごめん。怖がらせちゃったかな。大丈夫、俺達は怪しい者じゃないよ。俺の名前はカエデ。君は?」
「…………ここは……どこですか……?」
少女は俺の問いには答えず、逆に質問してきた。俺はそれに逆らわず、素直に質問に答えてやる事にする。
「君は魔物に襲われた時の事を覚えてる?」
「……はい」
「その場所から半日くらい、馬車で西に進んだところだよ」
そう俺が答えた途端、ガバッと勢いよく立ち上がる少女。しかし、まだ体が万全ではないためか、すぐ地面に膝をついてしまう。
「……君の、名前は?」
少女が飛び起きた理由だけど、俺には大体予想がつく。だけど俺はあえてその事には触れず、もう一度歩み寄ろうと試みた。
「…………ティリス……ウィルハートです……」
少しためらうように間を置いて、小さな声で答えるティリス。一言目を引き出すのには苦労したけど、二言目は彼女の方から進んで発声した。
「あの……助けていただいて、ありがとうございます。何のお礼もできませんが、私はこれで失礼します」
「ええっ! もう行っちゃうの!? まだ傷、完治してないよ?」
痛みに顔を歪めながらよろよろと立ち上がったティリスに、セイラが手を差し伸べて言った。
「心遣い、ありがとうございます……。でも、大丈夫です。それに、ご迷惑が掛かりますから……」
「そんな、迷惑なんて……困った時はお互い様だよ。助け合いだよ」
今度はルナが引き止めに入る。するとティリスは、少しだけ語気を強めて突き放す。
「駄目です! ……お願いですから、もう私に係わらないで下さい。では……」
いよいよ立ち去ろうとするティリスの背に、俺は“ある言葉”を投げかけた。
「もし係わったら……『墓でも建つ』のかな?」
「ッ!?」
俺の言葉にビクッと肩を震わせ立ち止まるティリス。ありゃりゃ、やっぱりビンゴか。
「ははは、冗談だよ冗談!」
今の反応で俺の予想は確信に変わった。この子が頑なに他人を拒む理由──それは、この少女を助けた場所から少し西に進んだところで見つけた、簡素な墓にあるようだ。
それでも今はあえて追求せず、冗談で済ませておく事にした。……のだが。
「嘘はやめて下さい。あのお墓を見たのでしょう? でしたら、変に勘繰られる前に全てお話しします。ですから……その後は放っておいて下さい」
と、低い声で念を押し、ティリスは事情を語り始めた──。
──ティリスは、ザーグガルド大陸の西に位置する『ガルツァーク大陸』の“ケイネル”という村で静かに暮らしていたのだが、その村は半年ほど前に何者かによって突然滅ぼされたらしい。
村で生き残ったのは、ティリスただ一人。村を襲った者の正体はティリスにも分からないようだ。
ただ、一つだけ犯人の手掛かりになるモノが残されていた。それは村が滅びた日、村の中心に突き立てられていた白骨の大鎌。ティリスはそれを携え、旅をしていたらしい。
手始めにティリスは、ガルツァークの南にある『ラグナート大陸』で骨鎌の持ち主に関する情報を探していたが、結局何の情報も得られずザーグガルドへ渡って来たんだとか。そしてその頃には、旅の間に知り合った一人の剣士と行動を共にするようになっていたらしい。
だが数日前のある朝。その剣士は変わり果てた姿でテントの外に倒れていた──。
「……なるほど。話は大体分かったよ。じゃああの墓はその剣士のためにティリスが建てたものなんだね」
俺の問い掛けに、ティリスは黙って頷いた。ティリスを魔物から助けた後、俺達は勝手ながら西に進んできたが、墓を建てたのがティリスなら彼女は西から東に向かって旅をしていた事になる。さっき現在位置を聞いて飛び起きたのは、逆戻りしている事に気付いたからだろう。まぁ、それはこの際置いといて。
「でもさ、君の旅仲間が亡くなった事で、何で俺達まで君に係わっちゃいけない事になるんだ?」
再び俺はティリスに尋ねた。ティリスは元々暗かった表情をさらに暗くして、震えながら声を吐き出す。
「なぜなのか理由は分かりませんが……私に係わった人……私と親しくしてくれた人達が、ここ最近次々と死んでいくんです! 何でそうなのか……誰にやられたのかも、何も分からないんです! 分からないけど……私だけが……生きているんです」
「だから……俺達が君に係われば、その剣士と同じ運命を辿るかもしれない……と?」
「はい……ですから、どうか私の事は」
「駄目だな」
俺は強引にティリスの言葉に割り込んでやった。だって彼女のこんな悲しそうな顔、もう一秒だって見たくなかったから。
この子は、セイラと同じなんだ。大切な人を、自分のせいで傷付け、失ったと思い込んでいる。本当は、誰よりも人との繋がりを求めているのに……。
「ティリスは今までずいぶんと不幸な目に遭ってきたみたいだけど……その不幸の最後に、俺みたいなバカと出会っちまった。俺はバカだから、可愛い女の子が困ってると助けてあげずにはいられないんだ。放っておくなんて無理無理! 諦めて俺達と一緒に来るんだな」
俺の言葉にティリスも、ルナもセイラもリピオも全員驚いたようだった。しかしティリス以外はすぐに察してくれたようで笑顔を作って頷いた。
「で……でも……」
戸惑い、尻込みするティリス。出会ったばっかの男にいきなりこんな事言われても、そりゃあ困るわな。でも、こういう心に壁作っちゃってるような子には、強引な手段も必要なんだ。
「あれ? 何か問題でもある? 言っとくけど、俺が助けなきゃティリスは今頃、魔物共の胃袋の中だぜ? つまり、俺は命の恩人だ。だったら、俺の言う事には従ってもらわなきゃな」
俺は目いっぱいの笑顔でティリスに手を差し出す。
「俺達と一緒に来い……ティリス!」
「……っ! はい……ぁ、……うぅ、ありがとう……ござい、ます……」
ぽろぽろと涙をこぼして途切れ途切れに言うティリス。その顔はまだ笑顔と呼べるほど明るくはないけど、幾分暗さが消えた気がした。
「よし! じゃ、早速従ってもらおうか。まずは下着姿になって雌豹のポーズで誘わ……イテテテッ!?」
「変な冗談に従う必要は全くないからね、ティリスさん」
俺の耳を引っ張りながら、満面の笑みで言うルナ。最近一段と突っ込みが速くなったな、ルナは。
「あっ! でもティリスさんって西から旅してきたんだよね? 私達は西に向かってるんだけど……」
今さらその事に思い当たったルナが、慌てて針路を説明する。しかしティリスは、事もなげに首を横に振る。
「構いません。私は、カエデさんに従いますから。……あなたのお名前、教えていただけますか?」
「あ、私? 私はルナ。ルナ・ルーラント。こっちがリピオ」
「えへへ、ボクはセイラ・シルフィードだよ! よろしくね、ティリスさん」
「げへへ、俺はカエデ」
「あんたはもう言ったでしょ……?」
「そうだけどさ……まぁ、改めてよろしくって事で!」
──グランスフィアで生まれた、新しい出会い。暗く悲しい過去と、絶望を背負った少女との出会い。
彼女の心は今、どうしようもなく深い闇に囚われ……そこに佇んでいる。
俺に、その闇を払う事ができるのだろうか? 佇み、俯いたままの彼女を再び歩ませる事が、できるのだろうか? 今はまだ……全てがぼやけ過ぎていて、何も分からない。
それでも俺は、彼女の助けになりたいと思ったんだ。
強く思う心が。
本気で想う心が。
全てを成すための力になる。その事だけを信じて──。
前回の前書き通り、短いですがこれにて第五章終了です。他の人の作品を見回しても、こんなに細かく章分けしてるものは殆どありませんね。実際僕自身も『俺式』以外の作品では章管理なんてしてなかったんですけど(そんな事ができると知らなかったというのもありますが……)。
さて、次回から六章突入、いよいよ新大陸へ渡ります。今後ともカエデ達の冒険を見守って下さると嬉しいです。




