互いの金的被害
「あっちゃ~~……あ~あ、まんまとやられたわぁ。アンタ、名前は?」
抵抗しようとはせず、押し倒された状態のままミリーが尋ねてきた。俺は油断せず、なるべく素っ気無い感じで答える。
「……カエデだ」
「ほむ。カエデ君ね。ところでカエデ君……」
「何だ?」
「胸、触ってる」
うおおぉおッ!? またかこの右手は!! 何て美味しい、いや、ヤラシイんだ!
「ほい、隙ありっ」
「へ? おっふッ!?」
瞬間、俺は股間から全身へと駆け巡る激痛に声にならない声を上げた。悶絶する俺を押しのけ、ミリーは部屋の出入り口に向かって走る。
「きゃっ!?」
道を塞いでいたルナがミリーに突き飛ばされ、派手に転がる。廊下に出てすぐのところにある窓に足を掛けると、ミリーは月影を背に浴びて振り向いた。
「仕事完了にゃ。ほんじゃカエデ君、縁があったらまた! バイバ~イ!」
颯爽と身をひるがえし、窓から逃走するミリー。これが、激戦の真の決着……ぐぬぬ、俺ってばカッコ悪すぎだろ……。
「ああぁっ、待って待ってぇ! あなたに訊きたい事が!」
ミリーにアポカリプスの事を尋ねようと、窓から身を乗り出して叫ぶルナ。
「……あっれ~? ……もういなくなっちゃった……?」
夜の闇に眼を凝らすも、さすがは神出鬼没の大盗賊団ゼピュロスの頭。ルナの様子からして、どうやら見事に訊きそびれたようだ。
俺としても、すぐにミリーを追いかけてとっ捕まえてやりたいところだが、あいにく今はそれどころじゃない! くぅぅぅっ、耐えられん……!
「お、お兄ちゃん大丈夫? ちょっと待ってて、今治すから」
タッと駆け寄ってきたセイラが倒れた俺の隣に膝を突き、心配そうに言った。
……治す、だって? 痛みでまとまらない頭に疑問符が浮かぶが、それを打ち消すようにセイラが続けて言う。
「ボクまだ未熟者だから、直接患部に触れてないと出来ないんだけど……えっと……だからそのぉ……ご、ご、ゴメンナサイ!」
なぜ謝るのかと思った矢先、セイラの華奢な指先が、おぼつかない手つきでゆっくりと俺に伸びてくる。
「えッ!? なッ、なななな、なな、な……ッッ!?」
なんじゃこりゃあああぁぁぁーーーーっ!? セイラが……セイラの手が……俺の股間を触っている!
「はぁぁ~~……せっかくゼピュロスのリーダーに会えたのに、何も訊き出せな……はぁっ!?」
溜め息と共にこちらに振り返ったルナが、奇声を発して硬直する。う……ルナが物凄い勢いで引いている。そう思った直後、股間の痛みも嘘のように引いていった。見ると、セイラの掌が淡い光に包まれている。
これは……俗に言う治癒魔法? ルナ曰く、治癒を始めとする回復のアガムは『天魔術』と分類され、神に近しい、限られた種族にしか扱えない代物であるらしい。ちなみに俺やルナが使うアガムは、攻撃系を主とする『地魔術』に分類される。
ともあれセイラがその治癒のアガムの使い手であるなら、これから先世話になる事も多いだろう。
──……あ。マズイ! 回復した途端、今度は元気になり過ぎて……。
「!? おッ、お兄ちゃん……なんか……うご」
「バッ!? み、みなまで言うな!! 生理現象だ!!」
「?」
俺はミリー戦で見せたスピードを上回る素早さでセイラの口を塞ぐ。ルナは……ホッ、よかった。さっきからずっと怒った顔のままだけど、首を傾げている。
と、その時屋敷の裏手──王都北西の城壁、その外から低く轟く地鳴りのような音が遠ざかっていった。おそらくは、無数の馬が走り去る音。ゼピュロスが街を出たのか。
ふと、俺は思う。ひょっとして、街で聞いたキャラバンの馬を盗んだ奴らって、ゼピュロスなんじゃないか……?
再び屋敷に静けさが戻った頃、俺達の元にリピオが無事な姿を見せた。俺達は笑顔でその無事と健闘を称え、温かく迎え入れたのだった。
○ ○ ○
服の汚れを払い剣を鞘に収めた俺は、部屋の隅で呆然と座り込むロイに歩み寄った。ロイは気の毒なくらい消沈して項垂れていたが、こっちもビジネスだ。ましてや……人を騙すような人間に、情けを掛ける気は毛頭ない。
「フォスターさん。心中察しますが……俺達も時間がないんで、報酬の方お願いします」
なるべく穏やかに言ったそのセリフに、ロイはピクリと肩を震わせる。
「報酬だと……? 馬鹿を言うな。偉そうに飛び出してきたかと思えば、まんまと取り逃がしたではないか! そんな役立たずに、1グランだって払うものか!」
「いえ、頂きます。貴方からの依頼、俺達は完璧にこなしましたからね」
言って俺は強引にロイを立ち上がらせると、その懐から蒼い宝石を取り上げた。
「あぁ! 青宝眼!! ミリーに盗まれたはずじゃ……!?」
ルナが驚愕の声を上げ、ロイが呻く。俺は青宝眼越しにロイを睨み付けて言う。
「確かに俺はまんまとミリーを取り逃がしました。でも、俺はあなたを守った。……よく思い出して下さい。あなたが言った俺達への依頼は、ロイ・フォスターの護衛。ひいてはそれが、青宝眼を守る事に繋がる……と。0時、あなたを守り抜き一番近くに立つ者だけが、報酬を受け取れる。俺は確かにあなたを守り、あなたが懐に持ったこの青宝眼も守った。そして0時。俺は、あなたの目の前に居ました」
無言で立ち尽くし、俺の話に耳を傾けるロイ。その震える手に青宝眼を半ば強引に握らせ、俺は続ける。
「異論は、ないですよね? それともまさか……貴方は俺達にニセモノの青宝眼を守らせようとしたとでも? もしそうだったらみんな怒るだろうな~。命張って守ろうとした物が、実はニセモノでしたなんて事になったら」
「わ、分かった!! 報酬はやる! それで文句ないだろ!?」
「ふっ、まいどあり」
──こうして、俺達は100万グランもの大金を一夜にして手に入れた。本来の目的、“ゼピュロスとアポカリプスの関連性”についてミリーから聞き出す事は出来ずじまいだったが、まぁ、これはこれで……アリだよな!
第四章、完。次回、新ヒロインがもう一人追加になります。お楽しみに!




