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俺式異世界冒険譚!  作者: 明智 烏兎
第四章 ~西風の盗賊団~
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闇を制する者 ~カエデ VS ミリー~

 ──依然として行方が分からないままのロイを探して、俺達は屋敷内を走る。といっても、闇雲に走り回っているわけじゃない。屋上が爆破された時のロイのうろたえ方は尋常じゃなかった。それを考えれば、居場所なんて大体特定できる。

 そして辿り着いた、屋上付近の一室……何の変哲もない物置部屋の前。


「……仕事はスマートに済ませたいんでね~。ほい、いただき。へぇ~、これが青宝眼……悔しいだろうけどまぁ、因果応報って事でよろしく」


 部屋の中から、少し気取った調子の中性的な声がかすかに聞こえ、俺達は足を止めた。


「くっ……くそぉ……何が因果応報だ! ならばいつか、お前達にも報いの時がくる事になるぞ……?」


 今度は別人。低くくぐもった男の声が、先の声の主に答える。

 ──間違いない。どうやらこの部屋の中で、ロイとゼピュロスのボスとが対峙している。俺はルナとセイラを手で制すと、呼吸を整えながら剣の柄を握り締める。


「へぇ、つまんナイ事言うねぇ。その覚悟あればこその盗賊稼業ってモンでしょ? はいはいお喋りはここまで! ウチらはそろそろ退散させてもらおうかね」


 これ以上ない出時の瞬間──俺は目前の扉を力一杯蹴り飛ばした。


「ひえぇ~ッ!? こわっ! なんにゃ!?」


 吹っ飛んだ扉の悲鳴を纏って部屋に飛び込むと、腰を抜かしたゼピュロスのボスが尻餅をつく姿が目に入る。次いで、扉の破片を紙一重で避け硬直しているロイの姿。


「そこまでだ! お前がゼピュロスのボスだな?」


 一跳びで間合いを詰め、剣の切っ先を黒い外套の者に向ける。そいつは微動だにせず、ただ剣先を見つめ不思議そうに言った。


「そうだけど……アンタ、何でここに来れたんにゃ? ウチの手下共は?」


 ……あれ? 何だコイツ、今「にゃ」って言わなかったか?


「お前の手下なら、俺の仲間が足留めしてくれてる。いや、もう全員倒してる頃かもな。つまり後はお前一人だけって事だ……大人しく降参しろ」


「降参? 勘違いするにゃ……にゃッ!? か……勘違いも甚だしいわ! ゼピュロスは元々ウチ一人! ウチ一人で十分ってね!!」


 キィン、という甲高い金属音。同時に伝わる剣への軽い衝撃。切っ先が弾かれたのだと理解する頃には、ゼピュロスのボスは大きく後方へと跳んでいた。はためく闇色の外套、その手元は煌く銀で彩られている。全く見えなかった。こいつ……いつの間に短剣を抜いたんだ?


「まだ名乗ってなかったよね? ウチの名はミリー・アスタッド! 盗賊団ゼピュロスの頭よ!」


 自らの名を高らかに響かせ、ミリーは勢いよく外套を脱ぎ捨てる。

 ヘソが見えるほどに裾が短い半袖の黒Tシャツにケープのような青い上着を重ね、下は同じく青い腰巻きを重ねたタイトな黒いミニスカート。革製の指出しグローブと、甲に鉄板が装着された無骨な半長靴&黒ニーソはミスマッチなようでいて、噂の大盗賊団の頭に相応しい風格を漂わせている。だが……あれ? 何だろう、妙な違和感が……俺はその姿を注視した。


 肩口まで無造作に伸びた、濃い紫の髪。冷めた光を宿す切れ長の眼は、夜空を思わせる漆黒と、木漏れ日を溶かしたような翡翠。左右で目の色が違う……これがオッドアイってヤツか! うおぉ、こんなのこの世界に来て初めて見たぞ……ん? 初めて見たといえば、黒い眼をした人もこの世界では初めて見たな。何か、ずいぶんと珍しいモノをたくさんお持ちのようで。さすがは盗賊団の首領。


 そして首領らしく意志の強そうな眉、凛々しく精悍な顔のライン。一見して大人っぽい顔立ちの中に残る、微かな幼さ。それでいて、不釣合いに発達した女性の部分が──、


 ──……女性? え、いやちょっと待った、さっきの違和感がまだ全然消えてないぞ。あの服装に華奢な体格……そういえば声も女の子の声のような……ミリーって名前も女の子の名前だし、それに……。


「胸がある──あれ、何だ女の子!? しかも俺と同い年くらいの……」

「今さら何を~!? ウチは正真正銘の女よ! 顔とか! 声とか! ほらスカートだって穿いてるし、どっからどう見ても美少女でしょ! ……ムフ、もし信じられないってんなら、触って確かめてみてもいいけど?」


 ふにゅん、という音が聞こえてきそうな感じで自分の胸を持ちあげて見せるミリー。からかわれていると分かりつつ、思わず「いいの!?」と返しそうになったが、背後に控える仲間達から殺気という名のバックスタブを受け、ギリギリのところで踏み止まる。


「い……いやほら、盗賊団の頭、それもかなりの強者だって聞いてたから、てっきり男かな~と」

「あ~! 男女差別反対! 弱い男がいるように、強い女だっているもんよ。にしても、かなりの強者って聞いておきながらここにいるって事は、アンタ腕に自信あるんだ」


 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべ、ミリーは手の中のナイフをくるくると弄ぶ。器用なもんだな……と緊張感のない事を考えていると、ふいに部屋の入り口からルナが叫んだ。


「気を付けてカエデ! そいつ、人間じゃない!!」

「えっ? 人間じゃない……って、おぉぉっ!?」


 言われて、俺はハッとした。一目見た時から感じていた違和感……一番初めに気付かなければならなかった“人間”との違いに、俺はようやく気付いた。


「あああ、頭にくっついてるソレっ、まさか猫耳!? ホンモノか!? ちょっ、それに尻尾まで! うおぉぉ……何てマニアックなんだ!!」

「マニアック……? 何でそう思うのか知らないけど、そう、ウチは“大地の民フェヌアス”! こと身体能力に関してはどの種族をも凌駕する獣人族の力……見せてあげるわ!!」


 獣の咆哮のごとくミリーが叫び、手中のナイフを半回転させ指で挟む。体を痺れさせる戦闘の気配を感じ取り、俺は無意識に剣を構え直す。手元で響く、高く短い鉄の悲鳴。互いの得物が奏でる音色が今、戦いの始まりを告げた!


 ──狭く仄暗い部屋を一閃、銀の光芒が走る。続いて二つ、三つ……幾つもの線を闇に描き、それは俺に向かって伸びてきた。


 ここで避ければ後ろのルナ達に当たる──俺は全神経を集中し、投擲されたナイフの群れを弾く。


「!」


 手が、痺れた。あの細腕から放たれたとは思えない、強烈な衝撃。想像以上だ。これがフェヌアスの力なのか……!


「遅いよ」


 刹那、互いの息がかかるほどに接近してきたミリーが嘲るようにして言う。が、次の瞬間には俺の視界から消えていた。

 人間には決して真似できない、異常な速度。獣じみたその動きに加え、この薄暗い中では視界に捕らえる事さえできない。


 俺はミリーが動く音と空気の動きだけを頼りに、闇雲に剣を振り回す。しかし、その剣がミリーを捕らえる事はなかった。


「弱いなあ、それで本気なワケ?」

「くそッ!!」


 心中の舌打ちは、抑えきれない激情となって口から溢れ出す。何もかもが不利だ。この狭さと暗さじゃアガムも使えず視界も悪い。戦闘経験・能力・技術の全てが劣り、おまけに女の子が相手だなんてこれが初めてだ。

 ましてや魔物以外に拳は振るっても、剣を振るった事は一度もない。もしこのソーマヴェセルが直撃したら殺してしまうかもしれないという思いも相俟って、俺の剣は最悪なまでに鈍くなっていた。


 何か……何か手を打たなければ、俺は負ける──!

 何本持っているのか、ミリーは俺の視界の外から次々と短剣を投げつけてくる。俺はソレをかわし、あるいは弾き、その間も必死に勝利の方法を考えた。


 ──そして、唐突に思い当たった。気付いてしまえばあまりにも単純で、明快過ぎる解答に──。


 そうだ……剣が当たって殺してしまうのが怖いなら、剣を捨てればいいだけじゃないか。そもそも全ては俺の先入観から始まったんだ。


 世界が恐れる盗賊団の頭だとか、人間を超える存在だとか……そんな事ばかり考えて、怯えていた。


 ──本気でいかなければならない。


 その思いが、“無意識に”俺に剣を握らせていたんだ。早く気付けよ、俺。何も武器を使う事が本気じゃない。アガムを使う事が本気とは限らない。『臨機応変に動き牙城を崩す』……全ての答えは、俺自身の言葉の中にあった。


 枷となる剣は捨て、刹那の最善を引き当てろ! 俺はそう自分を鼓舞し、思考を実行に移した。


「あらら? もう降参なワケ? 意外とあっさり系なんだ」


 おもむろに剣を床に突き立てた俺に、ミリーが拍子抜けしたように言った。俺は一度深呼吸した後、全身に力を込めて答える。


「いや……こってり系だ!」


 ダン! ダン! ダン!


 床を、壁を、天井を蹴り、俺は狭い部屋を縦横無尽に跳び回る。

 その重さと大きさで俺の動き・速度を制限していた“剣”という名の枷が外れ、俺は自分でも驚く速さで動くことが出来た。


「ほっほぉ~、人間にしちゃあ結構速いね。でも、フェヌアスであるウチの動体視力をなめないでよ。かわいそうだけど、アンタの動きは丸見えだから」

「そりゃ参った……なら、これでも見えるか……なっ!」


 俺は懐から投げナイフを取り出し、思い切り投げつける。ガイルロードで何となく買ってしまったアイテムが、こんなところで役立つなんてな。


 ──ガシャァンッ!


 俺の投げたナイフが貫いたのは、この部屋の唯一の光源となっていたランプ。もちろん部屋の入り口から差し込む光もあるにはあるが、所詮か細い月明かり──これでこの場は、ほぼ完全な闇に染まった。フェヌアスの動体視力がどれだけ優れていようと、これでは無意味だろう。

 だが、この絶対的な闇の中でも、俺にはミリーの居場所がはっきりと分かる。なぜなら、丸見えだからだ。奴がずっと手にしている、青宝眼の輝きが……な。


「にゃっはははっ、こんな事しても無駄無駄! フェヌアスを舐めんなって言ってるっしょ? アンタの位置はこの耳が教えてくれる。闇は──ウチの味方だよ!」


 視力を無効化しても、今度は並外れた聴力を頼りに俺を追いかけてくるミリー。そうだ……それでいい。それでこそ、俺もギアを上げられるってもんだぜ!


「なら、もっと速く動こうかッ!!」


 ドッ! ドッ! ドッ! ドンッ!


 ほぼ同時とも言える、全方向からの衝撃音が部屋に響く。


「うそッ!? ウチより速い……ッ!!」


 足を止め、驚愕するミリー。ここにきて立場も形勢も逆転した。


 よしよし、驚いてるな? そうじゃなきゃ困る。この作戦が通じなけりゃ、俺の敗北は確定だ。だけど……どうやらこの勝負、俺の勝ちは決まったみたいだな。


 起死回生の奇策、その名も『耳の錯覚』作戦。

 この部屋にはミリーが投げたナイフが無数に散らばっている。俺は今、可能な限り速く動くと同時に散らばるナイフを拾い、床・壁・天井に向かって投げつけて音を立てているのだ。この暗闇だと把握できるナイフの位置は記憶しておいた数本だけだが、俺は手持ちの二本のナイフも惜しまず使って音を絶やさないようにする。


 始めに俺単体で床や壁を蹴って移動して見せ“俺の移動法”をミリーに覚えさせ、周りからの衝撃音が“俺の移動に伴うもの”だという先入観を持たせる。その後この作戦を展開すれば、相手は敵のスピードが増したと錯覚するって寸法だ。


 後の問題は、攻撃に移るその瞬間。

 どんなに速く動いたように見せかけようと、所詮は音による撹乱。ミリーの獣耳は、俺が最後に踏み込む音で攻撃の方向を簡単に看破してくるだろう。


 ──が、最後の詰めの布石はすでに打ってある。


「だあッッ!!」


 俺はミリーの左側の壁を、蹴破らんばかりの勢いで蹴りつけ跳躍する。だが、向かう先はミリーではない。その正面にある、俺が最初に突き立てておいた剣だ。


「馬鹿ね! お見通しっ!」


 馬鹿はそっちだ。俺は音を立てないように剣の腹に両足を揃えて着地し、両膝のバネを使って無音の踏み込みでミリーに肉薄する!


「なっ!? 正面──」


 左の壁に身構えていたミリーがわずかに反応するが、もう遅い。俺は跳んだ勢いそのままに体ごとぶつかり、馬乗りの状態でミリーを取り押さえる。それが、激戦の決着だった。

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