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俺式異世界冒険譚!  作者: 明智 烏兎
第三章 ~片翼のフェルマス~
17/80

到着! 首都国ガイルロード

 目覚めた翌日。俺の怪我はまだ完治していなかったが、俺達は旅を再開しレイドポートを発った。ガラガラと、馬車の車輪が規則正しい音色を奏でている。


 ──都合の良い事に、俺の怪我を診てくれた医師はたまたま首都ガイルロードから出張でレイドポートに来ていた人で、帰る医師と俺達の目的地が丁度同じ事から、俺達はその医師の乗る馬車に同乗させてもらえる事になったのだ。

 馬車での旅は、徒歩に比べると比較にならないほど快適だった。時たま襲ってくる魔物をルナとリピオが難なく蹴散らしながら、馬車は着実にガイルロードへ近づいていく。魔物の排除は本来なら俺の仕事だ。申し訳なく思っている俺の気持ちを察してか、


「カエデは怪我人なんだから、余計な事は考えなくていいの! 心と体をしっかり休めてルオスを整える事が今のカエデの仕事だよ。そうすると怪我の回復が早くなるの。これ、豆知識ね」


 と、いつものように人差し指を立てたルナが言う。

 本当にその通りだと思う。俺がいくら焦ったところで、こればっかりはどうにもならない。怪我の回復に専念する事、それが今の俺の仕事だ。そうは言っても、ただ休んでいるだけというのは時間の無駄だ。なので俺は可能な限りエゼキエルを読んで理を深めたりしつつ、なるべく有意義に時間を潰していった。


 ……だが、一つ気掛かりな事があった。

 それは、ルナとの会話が妙に少なくなってしまった事だ。

 態度が露骨によそよそしく、明らかに避けられている。例の、「自分の命よりルナが大切」とかいう俺の告白まがいなセリフのせいなのか……それとも、その直後のルナの豹変に原因があるのか。

 心当たりは、その二つ。何にせよ、この初対面の時以上にギクシャクした状態はいただけない。馬車の中、俺はルナとの関係修復の手段ばかりを考えていた。


 レイドポートを発って二日目。その日の天気は、俺がグランスフィアに来て初めての曇りだった。馬車の幌から顔を出して見上げた空はどんよりと淀み、黒く低い雲に覆われている。右手の地平線を飾っていた壮大な稜線も、今日は薄くかかった霧で望む事ができない。

 この天気……まるで俺の心を表しているみたいだな。俺は心中で溜め息をつきながら、ルナを盗み見た。ルナは隅の方で手持ち無沙汰に自分の髪を弄んでいた。


「……ねぇルナ」


 ふいに俺はルナに声を掛けていた。ルナは一瞬大きく震え、「何?」と返してくる。この一見普通なやり取りの中にある、奇妙な違和感がもどかしいんだよな。俺はどうしようかと少し迷った後、何気なく尋ねた。


「あのさ、大した事じゃないんだけど、あっちの方に見えてた山、かなり大きいよね? ひょっとして有名な山だったりするのかな?」


 言って、俺は自分の右手側──地図上の方角で言うと北を指差す。


「山? あぁ……そうね、すごく有名かな。“カルラード山脈”っていって、グランスフィア最大の山脈なの。ガイルロードが世界一の大国になったのはあの山のお陰でもあるんだよ。首都のすぐ北が、人には山越え不可能といわれる大山。つまり、攻め込むには大陸の北以外からじゃないといけない。山脈は東西の海岸まで伸びてるから、別大陸の侵攻ルートを一つ完全に潰せたってわけ。そしてカルラード山脈は鉄壁の天然要塞であると共に恵み豊かで、国を潤した。そんなところかな」


 いつもの調子で説明してくれたルナだが、この長台詞の間にも目は一度も合わせてくれなかった。俺は適当に相槌をうったところで、ピンと閃く。


「っ! そうか分かったぞ!! ロストスペルで、俺が何を失ったのかがっ!!」

「えッ、嘘!? な、何? 何なの一体? やっぱりないと困るモノなの?」

「うん……あぁ、くそッ! かなりやばいのを失くしたらしい……」


 俺はバシンと自分の膝をはたく。ルナは動揺して震えながら涙声で言う。


「うそぉ……そんな、私……どうしたら……ねぇ、何を失っちゃったの?」

「うん。気を失ったんだ」

「そのまんまじゃないっ! ばかーーーーーッッ!!」


 ドゴッ、とルナの右ストレートが炸裂し、俺は一瞬意識が飛ぶ。何だかこの痛みも懐かしい……べっ、別に嬉しくなんかないんだから、勘違いしないでくれよ?


「いててッ……ル、ルナ、俺……一応怪我人なんですけど」

「はわっ!? ご、ごめんなさい~~~」


 しおしおと縮こまり、素直に謝るルナ。そして、すぐに照れたような笑みを浮かべて舌をペロッと出した。


「……良かった。元気、出たみたいだね」


 俺はすっかり暗さの消えたルナの顔を見て言った。ルナは一瞬きょとんとして目をしばたかせたが、すぐに何の事か思い当たったようで複雑な表情になる。そしてしばらく所在なげに視線を泳がせ、


「うん……元気なかったわけじゃないけど、でも……」


 そこでルナは俺の顔をまじまじと見つめ、数秒唸った後に安堵の表情を浮かべて、


「元気、出た。ごめんね、心配かけちゃって。もう大丈夫だから」


 と、本当に晴れやかな笑顔で言った。


「お二人とも、目的地が見えてきましたよ」


 それまで黙々と馬車を操っていた医師が俺達に声を掛けた。言われて俺は、御者台に顔を出す。遥か前方に、灰色の城壁に囲まれた巨大な都市が見えた。

 ──空は、いつの間にか晴れていた。





「では私はこれで……お大事に」


 ガイルロードの内門前、世話になった医師が穏やかな笑みと別れの言葉を残し、去っていった。俺達は心からの感謝を込めて、医師の姿が見えなくなるまでその背中を静かに見送った。


 彼には、本当に世話になった。本来なら外門の詰め所で持ち物検査やら身元確認等面倒な手続きが多いらしいのだが、ガイルロード出身である彼の口利きもあって、俺達はほとんど顔パス同然で町に入る事ができた。


 俺は門兵からもらった街の案内図を開く。そこにはガイルロードの造りが詳しく解り易く載っていた。まず、他国からの襲撃に備え街の周囲は高さ5mもの城壁に取り囲まれている。もっとも今の人間界は至って平和であり、他国はもちろん魔物の襲撃さえ皆無のようだけど。


 町の出入り口は西、東、南の三か所。それぞれに巨大かつ強固な内外二重の門があり、町への侵入には必ずそこを通り抜ける必要がある。俺達が通ったのは南門。正面に目をやると、遠く彼方に荘厳な城が鎮座しているのが見えた。カルラード山の中腹にそびえ、自らが統治する街を静かに見下ろしているあの城こそ──王城ガイルロードだ。


 街の構造は至ってシンプルだった。西門と東門、南門と王城を結ぶように巨大な表通りが十字に走り、その十字の中央には街の憩いの場であろう噴水広場がある。民の居住区は大抵が城の近辺、つまり北側に集中していて、もしもの時に即座に城や教会へ避難できるようになっている。広場付近には主に商店が集まっており、街の隅の方は倉庫、といった具合だ。

 俺は街の地理を頭に叩き込むと、とりあえず見物がてらに噴水広場まで歩いてみる事にした。



 ──表通りは人でごった返していた。

 昼下がりという時間帯もあいまって、多くの住民、旅人が行き交う。中でも特に多いのが、行商人達による露店だ。しかもなぜか妙に良く声を掛けられる。


「ヨォあんちゃん! どっから来たんだい? ちょっと見てかねぇか?」

「ちょっとそこの旅人さん、そう、君だよ君。ウチはいい品揃ってるよー」

「お? 兄さん変わった格好してるねぇ。彼女にプレゼント買ってやりなよ。勉強するぜ~」


 何度か声を掛けられるうちに、俺はやっとその原因が分かった。それは、俺の服装だ。あまり気にしてなかったけど、よく考えれば俺の服装はグランスフィアではかなり浮いている。人目を引くのも無理はないだろう。

 そしてもう一つ。偶然かもしれないが、俺が今までに見てきたグランスフィアの人間に、黒髪がいないという事だ。もしやと思いルナにその事を尋ねると、


「そういえば……私も黒い髪の人はカエデ以外には見た事ないなぁ」


 と首を傾げながら答え、髪の色を気にする人なんていないけどね、と付け加えたのだった。


 午後二時を回る頃、俺達はようやく噴水広場にやってきた。露店商人に捕まりながらだったのでずいぶんと時間を食ってしまったが、これでようやく昼食にありつける。露店で焼きそばとクレープのような物を買い、適当なベンチに座る。


「おひる~おひる~おっひっるぅ~! んん~~~っ、美味美味!」

「そのクレープは食後のデザートであって、昼食じゃないだろ。焼きそばを先に食え」

「それじゃクレープが逃げちゃうよ! あぁ、ガイルロードのクレープは格別ですなぁ~……」


 微妙に人格が変わっているルナは、どうやら無類のクレープ好きらしかった。本当に幸せそうにクレープを食べるルナを見ていると、自然と心が和む。時間が半端なため、今日は露店での聞き込みに絞るという事で簡単に話をまとめると、麗らかな日差しと街の喧騒とに囲まれながら、俺達はゆっくりと昼のひとときを楽しんだのだった。

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