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俺式異世界冒険譚!  作者: 明智 烏兎
第二章 ~失って得たものは~
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赤熱する暗黒 ~カエデ VS 宝石眼の竜~

「ここが竜洞穴か。確かにとんでもない何かが潜んでそうな雰囲気だな……」


 俺は目の前にぽっかりと口を開けた巨大な黒い穴を見て、少しだけ鳥肌が立った。


 ──早朝、俺達は宿をチェックアウトするとレイドポートを発ち、昼頃にはこうして竜洞穴の前に到着していた。そのまま中には入らず、まずは周囲の確認をする。宝石眼の竜は強敵だ。いざという時の逃げ道に使えそうな抜け穴があればと思ったんだけど、そう都合良くはいかないらしい。入口も出口も、見たところ一つしかない。


 観念して踏み込んだ洞穴内は思いのほか広く、そして暗かった。


「まっかせなさ~い!」


 得意顔で言うルナの手から手乗りサイズの火の玉が飛び出し、ふわふわと漂いながら闇を照らす。


「へぇ~、アガムでこんな事もできるのか。便利なもんだな」


 真っ暗な洞窟内に浮かぶ、真っ赤な火の玉。こういう状況では頼もしい存在だけど、時と場所が違えば一気にホラーになる光景だ。そんなものに安らぎを覚える日が来るなんて、人生何が起こるか分からないよなぁ。


 洞穴の魔物達は外の魔物より少しだけ手強かったが、それでも俺にとってはちょっとしぶといなと感じる程度だ。むしろ厄介なのは、地形の方。壁も地面もゴツゴツしてて歩きにくいし、見通しも悪い。油断だけは絶対しないように気をつけよう。


 同じような景色が続く中、俺達は着実に奥へと進んでいく。

 そろそろ何か変化が欲しいなと思い始めた頃、そのリクエストに応えるように洞穴は新しい表情を見せる。狭くなる一方だった通路の先──そこで俺達を待っていたのは、広く平らな空間だった。

 空洞の中に満ちる闇はこれまでよりさらにその濃度を増し、不気味な静けさを生み出している。少し肌寒いと感じるのは実際に気温が低いのか、それとも恐怖心から来る錯覚か。


「……何か、急に雰囲気が……二人共、気をつけろよ」


 後ろで身を寄せ合うルナとリピオに声を掛け、俺はそこからさらに足を踏み出す。するといきなり空洞内の壁という壁に光の線が走り、俺達はとっさに剣を抜いた。


「ッ!? こ、これは……包囲法陣ほういほうじんっ!!」

「なっ、何だよ、それ?」


 初耳な単語を叫ぶルナに、俺は剣を握る手に力を込めて尋ねた。


「対象をアガムの壁で包囲し閉じ込めるハイスペルだよ!! 今、それが空洞全体に掛けられたみたい……術者にアガムを解除してもらうか倒さない限り、私達はここから出られないの!」


 ルナが早口で答え、包囲法陣で幾分明るくなった空洞内をあたふたと見回す。

 なるほどね……俺達にとってこの空洞の入り口は、地獄の入り口だったって事か。そう思った直後、空洞を包む闇の奥からとてつもない殺気を感じた。


 ……来るっ!!


「危ないッ!! 二人共、散れッッ!!」


 大声でそう叫んだ瞬間、俺達に向かって巨大な爆炎がもの凄い速さで伸びてきた。俺とリピオはそこから素早く退いたが、ルナは呆然としてその場に立ち尽くしたままだった。


「ルナっ!?」


 次の瞬間、その場所は爆炎によって吹き飛び、紅蓮のたてがみが地を踊った。


「馬鹿! 何ぼーっとしてんだッ! 死ぬところだったぞ!?」

「っ、ご、ごめん。ちょっと、びっくりしちゃって……」


 間一髪、俺は炎がそこに辿り着くより先にルナを抱きかかえて跳び、炎をやり過ごす事ができていた。


「何でびっくりなんだよ? ここに宝石眼の竜が居るって、分かってて来たんだろ?」

「そうだけど……宝石眼の竜は人語を解する……もっと温厚で、威厳のある竜だって本に書いてあったから……。力試しを申し込む余裕ぐらいはあると思ってたのに、いきなりこんな……」


 ルナの言葉に、俺は目の前の巨体を睨みつける。鎧のように全身を覆う真紅の鱗、大木のような太く長い尾、一本一本が大振りのナイフくらいはありそうな鋭い牙、ギラギラと輝く鬼灯のような双眸。

 そして、額で一際強く輝く緋色の眼。自らが吐き出した炎によって照らし出されたその姿は、まぎれもなくこの洞穴に巣食うといわれる宝石眼の竜だった。


 だが、その狂気に満ちた眼に、威厳……ましてや温厚さなどは欠片も感じられない。それ以前に、知性や理性があるかどうかも疑わしいレベルだ。


「……!」


 その時、俺は気付いた。ルナの小さな体が、小刻みに震えている事に。


「ルナ……安心しろ」


 俺だって、今にも震えだしそうだけど……、


「あんなザコは、俺の敵じゃない」


 でも……俺は今、ここで誓おう。


「すぐに、片付けてやるからさ!」


 腕の中で震えるこの少女は、俺が必ず護ると。


 抱きかかえていたルナを地面に下ろすと、俺はリピオの荷物も降ろしてやる。ルナを助ける時に放り捨てた剣を拾い上げ、その切っ先を竜に向けて、目を閉じる。

 ここに来て、体が震え出した。いい加減覚悟を決めろ、俺。……やらなきゃやられる……それだけだ!


 俺はカッと目を見開くと剣を逆手に持ち替え、地を蹴る。適当なアガムを連射しながら間合いを詰め、竜が吐き出す炎を紙一重でかわす。


「ッりゃああぁぁぁあッッ!!」


 跳躍し、剣を順手に戻すと同時に渾身の力を込めて振り下ろす! しかし、ガキィッ、という鋭い金属音が響いたかと思うと俺はそのまま後方に弾き飛ばされた。何とか空中で体勢を立て直しうまく着地する事はできたが、俺は精神的にダメージを負った。


 俺の剣は、奴の鼻っ面を確かに捉えていた。直撃させたはずだった。だが、竜は全く怯む事なくその前足で俺を吹き飛ばしたのだ。

 攻撃力重視で選んだにも関わらず、俺のソーマヴェセルは……奴には通じない。いや、単純に俺の腕が悪いだけか。もっと力の入る振り方があるかもしれないし、あるいは力の入れ過ぎなのかもしれない。絶妙な剣筋だとか、インパクトのタイミングだとか、気を遣わなきゃいけない事がきっと山ほどある。

 でも……遅い。敵はもう目の前だ。「ちょっと練習させてくれ」なんて、そんな頼みは絶対に聞いちゃくれない。──ならっ!


「ルナ! ちょっと借りる!!」


 俺は一旦竜から離れ、ルナの荷物の中からエゼキエルの書を取り出す。左手に持ってイメージ力を注ぎ込むと、本のページが音を立てて勢いよく踊り出した。

 旅の途中でルナに教えてもらった──これがアガムの自動検索か。初めて使うけど便利なもんだな……っと、感心してる場合じゃなかった。


「リピオっ、少し時間を稼いでくれ! ハイスペルを使うッ!!」


 自分でも無茶な指示だと思う。それでも、リピオは勇敢だった。ルナを護るように陣取っていたリピオは、俺の叫びを受けて雄たけびを上げ、臆する事なく竜に突進した。走るリピオの口から炎が迸り、金色の体躯に引火する。灼熱の炎弾と化し、赤き魔竜に激突するリピオ。その一撃を以てしても、やはり竜には効果がなかった。

 俺は焦る心を必死で抑えて目的のページに食い入る。あの竜は、間違いなく火属性だ。ならばこちらがアガムに付加するエレメントは水系統。

 前に一度ガナッシュさんに使ったあのアガムを、今度は言霊に乗せてぶつけてやる!


「時さえも凍てつかせ、久遠の眠りへと誘うその鎖は触れる全てを終焉の地に繋ぐだろう。ケアノスの加護を受けし我がエクルオスを、白銀のアガムへと導かん! ……リピオッ、離れろッ!! 『ジェイル・ブリザード』!!」


 詠唱を終えた刹那、荒れ狂う大蛇のごとくうねる氷刃が竜に向かって一直線に伸びていく。次の瞬間、微動だにせずに迎え撃つ竜にそれは直撃した。

 轟音が空洞内を震わせ、冷気から生じた白い霧が暗闇の中に立ち込める。


 俺は固唾を飲んで霧が晴れるのを待つ。

 ──俺の本気だ。もし、これが駄目だとしたら……。


「なっ!? ……そ、そんな……」


 ──リフレクトアガム。

 俺の放った全力のアガムは竜が創り出した溶岩の壁によってあっさりと受け止められ、そして弾き返された。


「ッ!! か……カエデェェェーーーーーッッ!!」


 ルナがそう叫んだ時には、俺はすでに衝撃で吹き飛ばされ、後方の壁に激しく叩きつけられていた。ガラガラと音を立てて背中の壁が崩れ、全身に鈍い痛みが走る。黒一色に染まった視界は飛び散る火花に埋め尽くされ、目を開けているのか閉じているのかさえ分からなかった。口の中に血の味がじわじわと広がり、俺は思わず顔をしかめる。


 後頭部に特にひどい激痛を覚え、そこに辛うじて動く手をやると、べちゃっという感触を伴って手に熱いモノがまとわりついた。手についたモノを確認しようと目を凝らすが、何も見えない。衝撃で一時的に視力を失くしたか? いや違う……痛みで目を閉じているだけだ。


「……く……そ……っ」


 俺は歯を食いしばって何とか目を開くと、鮮やかな赤に染まった手が見え、そしてそれはすぐに霞んだ。


「カエデッ、カエデェッ!! そ、んな……やだ、嘘だよね……? ねぇ……カエデってばぁ!! ……っ……赤宝眼の竜! もう止めてッ!! どうしてこんな事するのッ!? お願いだから……もう……」


 ゆさゆさと俺を揺するルナが、竜に懇願する。だが竜はルナの願いなど聞こうともせず、狂ったように咆哮を上げる。


「ひッ!!」


 短い、ルナの悲鳴。俺の胸に置かれたルナの手から、また震えが伝わってくる。何してるんだ、俺は。さっき、誓ったばかりなのに……護るんだろ? ルナを。なら、護らなきゃ……何を、差し置いても。


 気付けば、俺の血濡れの手にはまだエゼキエルが握られていた。パラパラと勝手にページがめくれ、あるページが開かれる。そこには、今俺が求めるものが記されていた。だがそこに記された文字は、まるでソレが危険な物であると自己主張するかのように赤く光っていた。


 ──これを使ってはいけない──。


 分かってる……分かってるさ、そんな事は。それでも……今が、その時なんだ。


「混沌、よりのケイ、モウ……我、紡ぎ誘わ、ん……」

「……えっ……?」


 フラフラと立ち上がった俺をルナが見上げ、小さく声を漏らす。


傀儡かいらいと沈みし、夜半よわの暗黒……静謐にして、叫喚に。……煉獄なる、洗礼……彼の者の魂を、贄とせしめん。……我が、魂に瘢痕はんこんを刻みて! ……『エレボスの洗礼』ッ!!」


 詠唱が完成すると同時に闇の波動が竜を包み込み、そして俺自身の意識も昏い微睡みの中へと堕ちていった……──。

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