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俺式異世界冒険譚!  作者: 明智 烏兎
第二章 ~失って得たものは~
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食後の右ストレート

 ──旅を始めて最初の難関は、その日の夜にやってきた。


「ぐぬぬ……こ、このパーティーのキャンプレベルは、ゼロなのか……」


 今更それに気付くのも間抜けな話だが……俺達は全員、キャンプの経験というものがなかった。つまるところ、まずテントが張れない。いやはや全く、俺は旅に出ると決めた後もまだ心のどこかで、世界を旅する事の大変さから目を背けていたのかもしれないな。


「男の子のクセに、キャンプの一つもした事ないの?」

「に、日本の現代人はな、そんな事してる暇なんてないの。ましてや、キャンプができるような自然自体が身近にないんだから」


 非難の目を俺に向けるルナに、一応言い訳をしておく。

 こんなものは、勢いでできるものなんだ。テントは元々張るための道具なんだから。

 俺はずいぶん昔に本から得たアウトドアの知識を記憶の隅から引っ張り出し、何とか形だけはテントを完成させた。俺がテントを張っている間、ルナとリピオには木の枝を拾ってくるように言っていたので、その後すぐに火を起こす。もちろん、アガムで。原始的な火起こしをしなくて済んだだけでも非常にありがたい。この世界がファンタジーで良かった……と、しみじみそう思う。


「お~、何だかキャンプって感じになってきたね! じゃ、火もある事だし晩御飯でもつくろーかな」


 楽しげに言うルナが荷物の中からエプロンやら食器やらを取り出す。


「ルナ、料理できるんだ?」


 エプロンをつけ腕まくりしているルナに問う。昼食はレイアさんが作った弁当だったので、ルナの料理はまだお目見えしていなかった。


「フフフ。こう見えても、私は家事全般を得意としているのだよ?」

「へぇ、そりゃまた、何故に?」

「……うちのお母さん、あれで結構頼りないから」


 がっくりと肩を落とすルナ。そこまでレイアさんは頼りないんだろうか? まぁ、多少天然気味ではあったと思うけど。


「ら~ら~ら~る~リラ~、ルルルらる~りらぁ、っわちちっ! 危ない、危ない。あ~ぶな~い~」


 意味不明な鼻歌を口ずさみつつ、ルナは上機嫌に料理を作っている。ファミレスでのバイト経験を持つものの家で料理などした事がない俺だが、ルナが料理する様子をただ眺めているのも気が引けた。そこで手伝える事はないかと尋ねると、


「じゃ、味見して。……はい!」


 と、調理中のものを器に少量移して渡してきた。どうやら、作っている料理はシチューのようだ。食欲をそそるチーズとオニオンの香りが鼻をくすぐり、口の中にヨダレがあふれる。

 普段の俺ならここで素直に行動してしまうところだが、俺はなぜか悪ふざけをしてみたい衝動に駆られた。


「……リピオ、毒見だってさ。はい」

「こらこらこら~っ!! 人聞きの悪い事言わないでよ! 結構自信作なんだからねっ!」

「うわっ! ほ、包丁振り回すな! 冗談だよ冗談」

「冗談~? カエデって真面目っぽいからそういう事はあまり言わない人だと思ってたけど?」


 包丁を構えたままルナはジト目で俺を見る。ルナの言う通り、俺は親密度の低い相手には割と意識して真面目な接し方をするが、それはその相手に対して警戒心や遠慮があるからだ。逆に親密な相手であれば心はフルオープン、冗談も言うし悪ふざけもする。そう考えると俺はどちらかと言えば不真面目な方なんだろうな。


「ルナって結構砕けた感じで話してくれるから、俺もつられたのかも。俺は親しい人には割と冗談ばかり言うんだ。冗談の数で、俺がルナにどれだけ懐いたかが分かるんだぞ」

「えっ……じゃあ……な、懐いたんだ……少し」


 それきり、ルナは黙り込んでしまった。その……頬を赤くして沈黙しないでくれ。


「あ……う、うまいなこれ。評論家じゃないからどこがどうってわけにはいかないけど……うまいよ、うん」

「そ、そうかな? 良かった。あ、シチュー出来たみたい。カエデ、食器取ってくれる?」

「お、おう……」


 ──そんなこんなで、晩飯完成。ルナの作ったシチューはとても美味しくて、俺は何度もおかわりをしてしまった。いや、正確にはおかわりをする度にルナが嬉しそうな顔をするから、それ見たさにおかわりをしてたんだけどね。


「ルナ、他にどんな料理が作れるの?」


 食後、俺はなんとなくルナにそう尋ねた。ルナはしばらくこめかみに指を当てて考え込んでいたが、


「レシピさえ分かれば、何だって作れるよ。これが、私の数少ない趣味の一つだし」


 と、すっかり平らげられた食器を指差して言った。俺は妙に納得して頷く。


「なるほど。でもそれだとダイエットとか困らない?」

「何でダイエットに困るの? そんな太るほど味見しないよ~」

「いや、おいしい料理を食べるのが趣味なんでしょ? ルナの食べっぷりはすごかった。俺もいっぱい食べたけどルナは俺より食べてたし、料理が趣味なのも頷けるなぁ……と」


 途端、ルナの顔が羞恥に赤く染まっていく。


「バカ~~!! 料理を“食べる事”じゃなくて、“作る事”が趣味なのッッ!! なに心底納得って顔してるのよ~っ!」


 ──バキィッ!!


「ニャブッ!?」


 恥ずかしさを誤魔化すような叫び声とともに繰り出される、ルナの右ストレート。夜空に快音と、俺の呻き声が吸い込まれていく。

 本日の教訓。年頃の女の子に、遠回しにでも「君は大食いだね!」と言ってはいけない……ガクリ。

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