家族との再会
「お母さん、早く!もう私達だけだよ!」
焦る気持ちを抑えきれずエレナが声を荒げる。
「今、行くから待って」
「こんな時までそんな悠長なこと言って!お父さんもなんとか言ってよ!」
「レイン、必要なものだけでいいから。エレナもあまり急かすな。慌てるのも危険だ」
「急に必要なものって言われても大切な物はいっぱいあるわ。今までの家族の写真でしょ、クレイアが初めて着た服に、エレナが使っていたおしゃぶりでしょ。それに・・・」
「だってお母さんが!」
どうやらロイドだけが冷静のようだ。
「分かったから。レイン、必要最小限の衣類と食料だけでいいから」
そんな慌ただしいながらもレインの荷繕いを済ませる。ようやく3人は自宅兼宿屋から外に逃げ出す。
「もう、お母さんが遅いから誰もいないじゃない!」
殆どの人は逃げたようだがまだ、数人は逃げきれずにいた。
「だって~」
「エレナ、文句なら後で言いなさい。今は逃げることが先決だ」
ロイドが先に進むことを促す。エレナは少し不満げだったがこの状況を考えれば仕方がない。
3人はこの町を離れるために1番近い城門へと向かう。そんな3人を視界に納める瞳があった。そいつは高速で近付いてくる。
「エレナ!レイン!伏せろー!」
そんな殺気を先に感じ取ったロイドが2人に叫ぶ。普段、怒りもしない優しく話しかけることが印象的なロイド。そんなロイドが発する声にただ事ではないことを感じ取りその通りにその場に伏せる。
すると、すぐに轟音を轟かせながら巨大な影が通過する。ロイドの指示に従っていなかったらもうここにはいなくなっていた。
「エレナ、レイン無事か!?」
ロイドが2人の傍に駆け付ける。
「お父さん!」
「ロイド!」
2人もロイドの傍に近付く。3人は空を見上げる。襲ってきたのは言うまでもなくドラゴンである。ドラゴンは地上の様子を伺うように上空で旋回している。これはどう考えても危険すぎる。相手がドラゴンということもそうだが今この場に戦える者がいない。ロイドもレインも日常生活で使う魔力量しか持っていない。エレナも勿論、魔法は使えない。もう3人には逃げるという選択肢しか残されていない。
しかし、足がいうことを利いてくれない。ドラゴンはそんなこともお構い無しに攻めてくる。ロイドは2人を庇うように上に被さる。迫り来る脅威に3人は瞳をぎゅっと閉じる。痛みに耐えるように。辺りが暗くなるのが目を閉じていてもわかる。
「・・・っ!」
自然と瞼に力が入る。
「グギャァァァーーー!」
声は手が届く範囲の所から聞こえてきた。しかし、その声は今から喰らうというもではなかった。何と言われれば痛みに苦しんだかのような声にロイドは聞こえた。そして、3人の目の前に何かがスーッと降りてきた。
3人は恐る恐る目を開ける。目に写ったものは・・・赤。炎を思わせない暖かい優しい赤。そんな鮮やかに染まった赤いマフラーを靡かせる背中。まだ、幼さが残る背中。そんな中にも逞しさも感じられる。
「無事か!?」
その後ろ姿と声に懐かしさを感じ3人はしっかりと確認する。
「兄、さん?」
「クレイア、か?何でここに?」
長い間、会っていなかったとはいえ自分の息子を、兄を見間違えるはずもない。しかし、確認せずにはいられなかった。ここにいるはずがないのだから。
「俺じゃなかったから誰だよ!てか何でまだこんな所にいるんだよ!周りを見てみろ!誰もいないだろ!今まで何やって・・・」
こんな危険な時にまだこんな所にいることに苛立ってしまう。
「あら、クレイアお帰りなさい」
「ぁ、ぁぁぁ・・・」
まだ、文句が言いたかったが思いもしなかった言葉に空いた口が塞がらない。
「はぁ・・・・・・。母さん、無事で良かった」
ため息混じりに言う。
(そう言えばこんなんだったなぁ)
懐かしく思う。6年経っても変わらない雰囲気に安心感を覚えるクレイアだった。
「クレイア、お前も無事で良かった。元気でやっているか?」
「ああ、近所に優しい人がいていつもお世話になっている。まあ、何とかやってるよ。それよりも早く安全な所に逃げないと」
5年という歳月が流れ募る話しもある所ではあるが今はそんな時ではない。
「そうだな。今は再会の余韻に浸っている場合じゃない。とにかくここから離れよう。レイン、エレナ」
「えぇ」
レインがロイドの指示に従いここから離れようとする。そんな中、
「兄さんは一緒に行かないの?」
クレイアがこの場から動こうとしないことにエレナが気づく。
「俺は・・・」
「他にやることがある、だろ?」
クレイアを代弁してロイドが答える。
「・・・父さん」
「お姉ちゃ、アリアンティア様の処に行くの?」
「ああ」
頷くクレイア
「なら行ってこい」
ロイドは見抜いている。クレイアの瞳と言葉に確固たる決意があることに。
「えっ!?」
「いってらっしゃい、クレイア」
「お母さん!?」
驚いているのはエレナだけだった。ロイドもレインも止めずに送り出す言葉を述べる。
「危険だよ!兄さんも見たよね!あのドラゴンの群れ!兄さんが行ったって何も変わらない!いくら兄さんでも絶対に無理だよ!」
必死の叫び。エレナが止めるのも当たり前である。アリアがいるであろう場所には無数のドラゴンがいるに違いない。それよりも最悪なのは巨大ドラゴンがいるところ。そんな処に行ってしまえば・・・そんなこと想像したくない。しかし、クレイアは。
「それでも、行かなきゃならないんだ」
はっきりとした言葉でエレナに言い聞かせる。
「でも・・・」
何故、クレイアがそんなにも危険を冒してまでアリアの元に向かおうとしているのか。そんなこと考えなくても分かる。アリアのことが家族と同じくらいに大切な存在だからだ。エレナも分かっている。近くで2人を見てきたし何より、エレナにとってもアリアは大切な存在だ。本当ならば今すぐにでも助けてもらいたい。幼馴染を、お姉ちゃんを。しかし、だからと言ってもう1人の大切な人に命を懸けてまで助けに行ってもらって帰らぬ人になってしまってはアリアもエレナ、家族が悲しむ。
そして、後悔する。何故、あの時行かせてしまったのだろう。何故、あの時、もっと強く引き止めなかったのだろう。私のせいで兄さんは・・・。そう思って一生後悔しながら生きていくことになる。
「エレナ」
エレナの説得は続くように思われたがロイドの声でエレナが口を閉ざす。
「クレイアが決めたことだ。行かせてあげよう」
「お父さん何で行かせようとするの!?死んじゃうかもしれないんだよ!」
「それでも、アイツが決めたことだ」
男の強い決意をロイドは受け止める。何よりここで行かなかったらエレナと同じように一生後悔する。
「だからって!」
エレナが講義をする中、尚もロイドが遮る。
「それにクレイアは必ず帰ってくる。だろ?」
「父さん・・・」
父の優しさが胸に突き刺さる。
「ああ!」
そんな父に、家族に力強く頷く。そして必ず帰ると思いも込めて。
「分かったわ。行ってらっしゃい、クレイア」
「母さん、ありがとう」
元から信じていたがさらに強く息子の言葉を信じる。
「・・・絶対に帰って来てよね、兄さん」
伏し目がちにエレナ。まだ、行かせたくない気持ちが見て取れる。
「必ず帰ってくるから心配するな」
そう言って下を向く妹の頭に優しく手を乗せる。顔を上げたエレナの顔は今にも泣きそうで目に涙を溜めていた。
「絶対だからね!」
もう1度強く約束させる。
「絶対だ。約束する」
クレイアはエレナを慰めるように優しく、はっきりと約束をする。そして、最後に微笑む。エレナを納得させ頭に乗せていた手を下し背を向ける。レインがエレナの傍に来て自分に抱き寄せる。
クレイアはエアバイクの前で1度立ち止り。家族に向き直る。
「行ってきます」
笑顔で言う。
「行って来い、クレイア」
「行ってらっしゃい」
「・・・行ってらっしゃい、兄さん」
これが最後になるかもしれない。3人はクレイアの笑顔を脳裏に深く刻む。
辺りは風を巻き上げる音だけが残る。家族はクレイアを送り出した。激しい戦いが待つ戦場へと。