交渉は決裂する
「話?」
「私は貴方を倒さないと元の世界に帰れないの」
「ああ」
「だから、倒されてくれない?駄目?」
「だ、駄目です」
「『です』?ヒロユキどうしたの?」
「な、なな、なんでもない。口を挟むなリンカー」
「うん」
違和感あるな…須賀君のこの世界のキャラ…
敬語も困るけどさ。
「先代魔王を倒してようやく得た平穏だ。だが、魔界の残党共はまだ残っている。完璧な平穏じゃない。人間が幸せに暮らせる平和のため、俺はまだ倒されるわけにはいかない」
うーん。やっぱり駄目か。
そりゃそうよね…
「あ。じゃあ、私が魔界側からもサポートするってのはどう?魔界からも意識を変えるの」
「…それは無理だ」
「そうかしら?」
「魔界人は野蛮で、人を襲う化け物だ。契約して縛りつけていないと安心できない」
「えー、そうかしら?それは人間も同じでしょ?」
「何?」
「人間だって、何をしでかすかわかんないわ。魔界人だろうがなんだろうが変わらないわ」
「魔界人と人間が同じ?笑わせるな」
「須賀君は魔界人を縛りつけすぎよ。いつか綻びができて大変なことになるわよ」
「なりやしない。俺の契約は完璧だ」
「むむむ…っ!」
「……なんだその目は」
私と須賀君の間に剣呑な雰囲気が漂う。
なんなの?分かり合おうとしないその態度。腹立つ。
「須賀君のわからずや」
「お前の方がわからずやだ。魔界人のこと何もわかってない」
「そりゃ知らないけど、これから知るのよ」
「……」
「……」
二人の間にバチバチを火花が散る。
アモンさんは「ふむ。このまま和解にいくかと思って焦ったが、面白くなってきた」と呟き、
リンカーちゃんは「ヒロユキやっちゃえー!」と須賀君を応援している。
「やはり、お前と俺は魔王と勇者の関係のようだな」
「そうみたいね。残念だわ」
「だが、魔王。お前の戦力は低い。俺の圧勝だ」
「そんなこと知ってるわ」
「お前がここに来たのは、後ろにいる悪魔のように仲間を見つけるためだろう?」
「…それがどうしたの?」
「そいつが最後の自由な魔界人だ」
「!!?」
須賀君は一枚の紙を取り出す。
よくわからない、英語のような文字が書きなぐってある。
「な!ミノタウルスも契約したのか!?」
アモンさんの丸い目が大きく見開く。
須賀君はくくく、と笑う。
「お前以外の全員の魔界人を契約させた。俺の力でな」
「くそ…勇者め…貴殿の方が、化け物だ」
「俺は勇者だ。正義の味方だ」
いや、今このシーンだけ切り取ってみると須賀君のほうが悪役に見えると思う…
どうも、須賀君は先代魔王を倒して調子に乗ってるように私は見える。
正義にも酔ってもいる。
大いなる力は須賀君を狂わせ、正常な判断ができなくなっているようだ。
「次はお前だ。悪魔アモン」
「くっ…!」
須賀君は新しい紙切れを取り出し、アモンさんに近寄る。
アモンさんは後ずさることしかできないようだ。
「契約して、罪を償え。一生な」
「待って」
私は須賀君とアモンさんの間に立ちはだかった。
そして須賀君を正面から見る。
「アモンさんを契約なんかさせない」
「なんだ?一緒に行動して情でも移ったか?」
「いや。別に」
さっき会ったばっかりだし。
情がわくほどの時間を共有なんてしてない。
「こんなことしても、償いになんてならないわ」
「なんだと?」
「無理やり契約させて動かすなんて、恨みが生まれるだけよ!たとえアモンさんが人間にひどいことをしてきたのだとしても、きちんと反省して、自ら罪を償わせるべきよ!」
「魔王殿…」
「何をしても反省しない人には契約すればいいと思う。全くの余地を与えないのは正義の押し付けよ!」
「押し付けじゃない!魔界人に話し合いなんて時間の無駄だからこうするんだ!」
「魔界人と話し合いをしたことあるの?」
「ない。必要ない」
「……可哀想ね、須賀君」
「え」
私は心の底からそう思った。
可哀想だ。
いきなりチート能力を手に入れて、勇者って言われて、須賀君はこの世界に振り回されている。
「可哀想に」
「俺は…」
がっ!
戸惑う須賀君を見つめていた私の腰を、前フリも無く捕まれた。
その主はアモンさんだ。
「逃げるぞ、魔王殿!」
「え!?に、逃げる!?」
「私に捕まっていろ」
私ががしっとしがみ付くとアモンさんの姿が一瞬で変形し、大きな梟の姿になった。
頭だけじゃなくって、体全部も梟の形になったのだ。
そして大空へと飛び立った。
「ぎ、ぎゃああああーーー!とん、飛んでるーーー!?」
「叫ばない方がいい。舌をかむぞ」
「わ、私、高所恐怖症なのよ!高いの怖い!こわいこわいーーー!」
「魔王殿、黙れ」
「無理無理無理むりむぎゃ!」
舌噛んじゃった…
むちゃくちゃ痛い!
「だから言ったのだ」
「……(言葉が出ない)」
「しかし、私以外の魔界人全員が契約されたのか…これは厄介なことになったな」
「……」
私は、元の世界に戻ることができるのだろうか…?
不安を胸にアモンさんにつかまり、大空の中を私達は進んでいった。
一方、その場にいなかったが様子をずっと見ていたカースは一人、愉快そうに笑った。
そして、誰もいないのに言葉を発する。
「さ、どうする?魔王様?仲間はアモンちゃん一人。そして君は能力無し。敵は勇者と人間と契約された魔界人達だよ?どうする?どうする?どうする?」
舞うかのようにカースは一人手を広げ、問いかける。
答えは返ってこないとわかっているのに。
「くれぐれも、諦めたり死んじゃったりして僕を失望させないでよね?」