妥協する凡人
「ーというわけで魔王様。勇者を殺しに行ってきてよ」
「それは全力で回避したい今日この頃です」
高塚千里。ごく普通の女子高生。
異世界に魔王として召喚されたけれど、能力皆無。
そして敵はチート勇者。
どうしろというんだ。
ていうか、殺人なんてしたくない。
「なんてワガママな魔王様」
「ワガママなのかしら?殺人したくないのがワガママなのかしら!?」
私を呼び出した魔法使い…名前はカースさんというらしい。
年は20代半ばといったところかしら?
黒い重そうなローブに身を包んだその姿は魔法使いというより死神に近い。
「仕方ない。殺すのはいいよ。せめて倒してほしいんだ」
「倒す?」
「我が物顔でこの世界の頂点にいるあの男をギャフンと言わせてよ」
「う、うーん。それくらいなら…」
なんとかできなくもない?
会ったこともない人にギャフンと言わさせることを承諾する私…
まぁ、元の世界に戻るためだ。仕方ない。
「とにかく、私は呼び出されたばっかりでこの世界がどういうものかさっぱりなの。できれば説明してほしいんだけど」
「いいよ。うんうん。魔王様が前向きになってくれて嬉しいな」
笑顔が大変胡散臭い…
あまり信用できなさそうなタイプだ。
しかし、カースさんしか頼る相手がいないこの現状。
「まずは魔界を案内しようか」
カースさんが歩き出したので私はその後についていった。
どうやら私が召喚されたのは魔王城という魔界で一番豪華な建物らしい。
…けれど
「蜘蛛の巣だらけ…」
「ひどいでしょ?まぁ、ここ数年誰も住んでなかったからね」
そう。この魔王城は大変豪華なつくりだけれど、人がいない為、かなり廃れていた。
「どうして誰も住んでないの?」
「魔王が勇者に殺されたからだよ」
「……」
「ああ。そんな顔しないでいいよ。魔王は魔王でかなりやりたい放題だったからね。殺されて当然な部分あったよ」
「でも…」
「この世界はそういう世界なんだよ、魔王様」
なにも殺さなくても良かったんじゃないだろうか?
チートと呼ばれる勇者なら、なおさら。
私が甘いんだろうか?
凡人の私には思いもよらない考えがあって、勇者は魔王を殺したのだろうか?
わからない。
ギィィィィ
重そうな扉がひとりでに開く。
そして私は初めて魔界というものを目にした。
「…寂しい」
思わずそんな言葉がこぼれた。
魔界は、とても寂しそうな所だった。