冒険者ディーン登場
「危ないところを助けていただいてありがとうございます」
「気にしなくていい。弱きものを助けるのも冒険者の仕事の一つだ」
「…あと質問してもいいですか?」
「なんだ?」
「どうしてそんなに遠いんですか?」
私と彼の距離はおよそ3メートルほど離れている。
足を進めると彼も後ろに下がるのでこれ以上近づくことはできない。
「俺は女性恐怖症なんだ」
苦そうな顔をして彼はそうつぶやいた。
彼ことディーンは冒険者で、朝顔を洗おうと川に向かったところ気絶して川流れをしていた私を助けてくれた命の恩人である。
年は私と同じか少し上かくらいだろう。
ショートカットを切り損ねて伸びてしまったかのような無造作ヘアー。
黒髪はつやつやしていて、光に当たると青く光る。青みがかってるのだろう。
目もブルーでぱっちりしている。
簡単に言えば正統派イケメンである。
背もそこそこにあり、細マッチョっぽい体型。
青系統の服に黒いブーツ。腰には剣を携えている。
……須賀君がギャルゲー的地味メン主人公ならこっちは少年マンガの主人公って感じだ。
それだけに、もったいない。
「あの、ちゃんと顔見てお礼したいんで近づいてもいいですか?」
「そ、それは断る!君は俺を殺す気か!?」
大げさな。
それでよく冒険者が務まるなぁ。
「と、とにかく君は着替えをすることだ!俺のがあるから使ってくれ」
私はついさっき助けてもらい、意識を取り戻したばっかりなので服がぬれっぱなしである。
このままでは風邪を引いてしまう。
私はお言葉に甘えることにした。
みると足元にディーンさんのものらしき着替えがある。
「ありがとうございます」
「俺はちょっとモンスターが居ないか見回りついでに焚き木拾ってくるから!」
そう言ってダッシュでその場から居なくなってしまったディーンさん。
いい人そうなのに、なんかもったいないなぁ。
ま、とにかく着替えよう。
あ。ちゃんとタオルまで用意してくれている。気が利くなぁ。
ううん…さすがに服は大きいなぁ。
ピッタリでも困るけどさ。
人生初の彼シャツ…いや別に彼氏じゃないけど。
でも男の人の服を着るってちょっとドキドキするかも。
「き、着替え終わったか?」
「きゃぁぁ!」
突然ディーンさんが声をかけてきて私は大いに叫んでしまった。
相変わらず距離はあるんだけど、さっきよりちょっと近くなった気がする。
見ると手には沢山の木の枝。
なるほど、焚き火をする為に頑張って近づいているのか。
手が異様に震えすぎて焚き木がこぼれまくっている。
「こ、こここここれで火、火をつ、つけるぞ!」
「お、落ち着いてください!」
なんか怖いよっ!
ディーンさんは少し離れ、ふぅとため息をつく。
「悪いな。本当はこんな間接的じゃなくってちゃんと世話をしてやりたいんだが」
「いいです!十分です!」
私が触ったら本当に死ぬんじゃなかろうかこの人。
さっきは大げさだとか思ってごめん。
ていうかこんなのでよく私を助けることができたなぁ。
「俺の家系は代々冒険者の家系で…古い先祖は魔王を倒した勇者でもあった。だから母は俺を何が何でも魔王を倒して勇者にさせたかったみたいなんだ」
あれ?昔話が始まってしまったよ。
これ長いかな?
でもちょっと気になる。
私も無関係じゃないっぽいし。
「勇者ヒロユキが倒したあの魔王は人間界を支配しようとした倒されるべき奴だった。母は偉大な勇者になれ、強くなれといって俺をシゴキ倒した」
「……」
「呪いの館に置いていかれたり、盗賊の親玉を倒しに行けといわれたり、モンスターの群れに放り込まれたり…基本丸腰だったな」
「……」
「何もしないで逃げ帰るとモンスター以上の怖さでシバキ倒されるし。冒険者養成学校に入学して寮生活になるまでずっとそんな生活をしていた」
「……」
「やっと卒業して魔王退治をしようと思ったら勇者ヒロユキに先を越されて…それ以来怖くて実家には帰ってない」
「……」
「そんなわけで、俺は女の人が異常に怖いんだ」
「いや全ての女の人がそんな事するわけじゃないですよ!!」
ていうかそんな人ディーンさんのお母さん以外いないよっ!
よく今まで生きてたね、すごいよディーンさん!
「頭ではわかってるんだけどな…怖い。君は俺を蹴り倒したりしないか?」
「しませんよ!」
初対面の命の恩人を蹴り倒すって、どんだけ失礼極まりないんだ!
「ていうか、私はこの世界最弱の魔王なんです!ディーンさんを倒すなんて無理です!」
「世界最弱の魔王?それどういうこと?」
「簡単に説明するなら私は異世界人で魔王として召喚されました。勇者を倒さないと元の世界に帰れません。けど、勇者はチートで私は能力皆無。一人では倒せないので仲間探しをしています」
「新しい魔王…噂には聞いていたけど…君が?」
「そうですよ」
「俺にそんな事を言っていいの?俺は冒険者として君を倒すかもしれないのに。いや、倒すべきだ。勇者よりも先に魔王を倒さないと母に合わせる顔がない」
「できませんよ」
「俺が女性恐怖症だから倒せないっていうのか?それは考えが甘いんじゃないか?」
ディーンさんが剣を抜く。
表情も変わった。冷静で冷たい目で私を見る。
「ディーンさんは、弱くて抵抗をしない私を斬る事なんてしない」
「…っ!」
「ディーンさんはそんなことをする人じゃない。いい人だもの」
「……」
ディーンさんの表情が曇る。
よし!作戦成功である。
正直、会ったばっかりのディーンさんがどういう人なのか私はわからない。
もしかしたら魔王と語っただけで人を斬れる人かもしれないし、いい人っぽさそうなのだって演技なのかもしれない。
けど私はあえて「そんな人じゃない」「いい人」などといった断定的な言い方をした。
そう言うことで、自分は抵抗しない魔王を斬ることが出来ないと思わせることにした。
本当に冷徹な人間ならそんな手通用しないと思うけど、なんとなくディーンさんは大丈夫な気がした。
押しに弱そうなんだよね。(悪い顔)
「何故だ?何故俺に自分は魔王だと教えた?」
教えなければ、こんな事にはならなかっただろう。
でも私は嫌だった。
黙っているのはなんか卑怯な気がしたし、それに
「ディーンさんを、助けてあげたいって思ったの」
だってあの女性恐怖症は死活問題だと思う。
「ディーンさん、私魔王です。けど、魔術もスキルも使えない。体力だってないし、ましてや人を殴ったこともない」
カースさんには蹴ったりしたこともあるけど、人間じゃないらしいからノーカンでいいよね。
「私は、世界最弱の魔王です。だから大丈夫。怖くないです」
「……近づいたら罠があるんじゃないか?」
「ないですよ。こう見えて私は不器用なんです。罠なんて大層なもの作れません」
「殴ったり蹴ったりするんじゃ」
「しないです。したとしても、冒険者のディーンさんに一太刀浴びせれるほどの速さなんてないです。簡単によけれます」
「けど…」
「ディーンさん、ライオンが蟻を怖がりますか?それくらいレベルが違うんですよ?」
なんだか説得してて悲しくなってきたぞ。
「…そこまで言うなら近づいてやりょうじゃないか」
ディーンさん、噛んじゃったね。
イケメンなのにイマイチ決まらないよねこの人。
「……」
小刻みに震えているディーンさんが一歩一歩近づいてくる。
そしてとうとう手の届く範囲にまでやってきた。
「……」
会ったばっかりの人なのにここまで近づけるのは私があまりにも弱いからなんだろうなぁ。
複雑だが、せっかくステータス最弱なんだから有効活用しないとね。
ディーン顔は目の色と同じくらい真っ青。息もぜーぜー言っている。
それでもここまで来るなんてすごい進歩じゃなかろうか。
私は手を動かした。
ディーンさんは殴られると感じたのか目を瞑って強張る。
…目を瞑ったらよけれないじゃん。
殴る気は全くないけどね。
ぽんぽん。
私はディーンさんの頭を優しく撫でてあげた。
そして一言。
「よくできました」
されたディーンさんは驚いた表情をし、一瞬安堵した顔になったかと思えば顔を真っ赤にした後、その場に倒れ伏した。
「なになに?僕がいない間に面白いことになってるじゃないの魔王様」
「魔王殿…この状況は一体…」
お昼頃、私を迎えにきたカースさんとアモンさんは第一声にそう言った。
二人がそういうのも当然である。
「やっぱり君は魔王だ!何もしなくても俺を気絶させることが出来るなんてっ!」
「いや、私は何もしてないっていうか、ディーンさんが勝手に気絶したんでしょうが」
「何か術でも使ったんじゃ…でも今は大丈夫だな…おかしい」
「当たり前です。ていうか手を離してください」
ディーンさんは女の人を口説くかのように私の両手をぎゅっと握っている。
さっきからずっとこうである。
カースさんはニヤニヤとその光景を見ている。助ける気は勿論ない。
いいねぇカースさんはいつも楽しそうで!
「アモンさん助けてください」
「しかし…これは人間で言う愛の営みの一環なのでは?邪魔をするのは無粋というものでは」
「違います!愛の営みってなんですか!?一方的に触られているだけです!セクハラです!」
「しゃべる梟…?強い魔力を感じるな、悪魔か。隣の男もすごい魔力だが…正体がわからないな。何者だ?」
「僕は魔王様の愛人でっす☆」
「話をややこしくするなぁ!!」
この間も手は握られたままである。
「梟は私の契約した悪魔のアモンさんです。勇者を倒す為の大切な仲間です」
「男の方は?」
「得体の知れない魔法使い、カースさんです。サイフです」
「身も蓋もない説明だねぇ」
「的確な説明だと思うぞ、ミスターカース」
「そう?それよりさ。その面白い人も魔王様の仲間にするの?」
「え?」
「俺が、魔王の仲間?」
「そうそう」
「しかし…俺は…」
そうだよね。どっちかって言うと倒す側の人だもんね。
流石に無理だと思うなぁ。
「グルルルルッ、ウウウッ」
とそこに、狼のような姿のモンスターが現れた。
といっても、赤い毛並みに三つの目があるので普通の狼のソレではない。
口からヨダレがたれていて、見るからに凶暴そうだ。
そんなモンスターが5・6匹居て私達を囲んでいる。
「またか、命知らずのモンスターが多いな此処は」
ヤレヤレ、といった感じでカースさんの肩の上に居た梟姿のアモンさんは羽を広げた。
カースさんも相変わらずへらへらしている。
余裕だな。
さてと、私もアモンさんの攻撃に巻き込まれないようにどこか逃げないと…って、ディーンさんに手を握られたままで動けないっ!
「ディーンさん!手を離してください!逃げれません!」
「逃げる必要はないだろう」
「いや。あるんですって」
「まだ川流れの体力も回復していないだろう?あまり走るな。中途半端に動くと標的にされるぞ」
「でも」
「俺が倒してやるよ」
言うや否や、ディーンさんは神速のごとくモンスターたちに近づいていった。
そして
「やぁ!」
まず一匹。
素早く剣を抜いて一途両断。
続いて二匹目が後ろからディーンさんに襲い掛かる。
「ディーンさん!」
だがディーンさんは余裕の顔だ。
剣を持ってない左手を上に掲げて叫んだ。
「光よ!」
するとディーンさんの左手の上に光の玉が出現し、すごい勢いで輝きだした。
近くに居たモンスターはたまらないだろう。
ディーンさんを襲っていた二匹目も攻撃の手をやめ目を背けている。
そのすきにディーンさんが剣で二匹目とついでに三匹目を倒してしまう。
その手際の鮮やかなこと。
「かなりの実力の持ち主だな……ぜひ一度戦ってみたいな」
「本当、魔王様って面白い男運してるよね」
「どういうことですか?」
「あのディーンって言う男、冒険者なんでしょ?しかもちゃんと学校を卒業してるんじゃないかな?」
「そうだって言ってましたよ」
「冒険者養成学校って、すごく難関なんだよね。15歳から入学できて、普通でも7年は卒業にかかるんだ」
「え?でもディーンさん私と同じくらいじゃないですか?」
「飛び級でわずか数年で卒業できたんだろうね。過去に学校を飛び級で卒業したのは魔王を倒した歴代勇者達のみ」
「それって」
ディーンさんって本当にすごい人だったのか。
カースさんはまたニタァっと笑った。
「本当に魔王様って面白いね」
言ってる間にディーンさんが最後の一匹を倒そうとしていたが、最後の一匹はボスだったらしくほかのモンスターよりも体格が大きく、粘り強かった。
ディーンさんの攻撃を必死に避けている。
そして鋭い刃で剣に噛み付いた。
パキィィィン!
ディーンさんの剣が壊れてしまった。
「!」
勝機を確信したモンスターは丸腰のディーンさんに襲い掛かった。
うそっ!?やばくない!?
アモンさんに加勢してもらったほうがいいかな。でも間に合わない!
「心配するな、魔王。俺は勇者を目指した男だ。そんなに簡単に死なない」
壊れた剣を捨て、右手を前に差し出してディーンさんは言った。
「水よ!俺の剣になれ!」
瞬間、水が集まり剣の形になった。
そして素早く構えて襲ってくるモンスターに向かい合い、一閃!
ズバッ!
水の刃はモンスターの腹を貫いた。
どしんと転がるモンスター。もう息はない。
ほっとする私にディーンさんは笑いかけた。
「何ほっとしてるんだ」
「だって」
「君は、なんだか放っておけないな」
そう言ってディーンさんはもう一度笑った。
「冒険者ディーン。飛び級最年少で冒険者養成学校を卒業した天才。光と水複数の魔術を使え、しかも剣の腕も一流。魔王を倒す勇者に一番近いといわれた男。しかし、その実態は女性恐怖症の残念なイケメン。魔王討伐先こされ、現在は新魔王の手下か…フフフ、面白いね」
「そうか?魔王は魔王だが、悪者じゃない。だからいいんだ。俺の冒険者の正義には反していない」
「冒険者の正義ってなんですか?」
「弱きものを助けるということだ。魔王は世界最弱。なら俺がもっとも助けるべきは魔王ということになる」
……さいですか。
「それに君は放っておけない。君のおかげで女性を克服できたし、恩返しをさせてくれ」
「いや、そもそも私、ディーンさんに助けられてるから…」
「はいはい!もういいでしょその話は!せっかく八戦士のメンバーが一人決まったんだからさ、お祝いしようよ。そこの食事処でご飯にしよ!」
無理やり食事処に押し込むカースさん。
まぁ、お腹もへったしまずは腹ごしらえだ。
今日は何を食べようかな~?
「いらっしゃいませ~何名様でしょうか?」
可愛い女の子の店員さんが案内にやってきた。
私は指を三つ上げる。
「3人です」
アモンさんは数にいれなくていいよね?
今日も完璧な梟姿だし。
「3名様ですね~かしこまりました~こちらへどうぞ~」
「はい」
店員さんの後へ続こうとするが、ディーンさんが動こうとしない。
「…?ディーンさん?」
見ると顔が真っ青である。
それでピーンときたようでカースさんがまたニヤニヤする。
「あれぇ?ディーン、もしかして魔王様以外の女性はまだ怖いの?」
「え!?」
さっき自分で克服したっていってたじゃん!
「だだだだだ、大丈夫かと思っていたが、むむむむ、むり」
「そんな!」
「ま、魔王、背中に隠れさしてくれっ!視線を感じなければ、だ、大丈夫」
「えええええっ」
ささっと私を盾にして隠れるディーンさん。
目立ってるよ…!お店にいる人全員の視線が集まってるよ!
「ふぅ…これで大丈夫」
それ多分気のせい!
私がカースさんを見るとカースさんは恐ろしいことを言った。
「まだ見ぬ他の八戦士も、こんな感じで面白い人ばっかりだったらいいね☆」
「絶対嫌です!!!」
これ以上変なのが増えてたまるか!
そんな想いをこめて私は精一杯叫んだ。