勇者の事情
俺の名前は須賀弘幸。
中肉中背・成績平均・顔も人並み。
帰宅部。趣味はゲーム。特技は家事、特に料理。
家族構成は両親と妹と俺との三人。
…という物語の主人公になれなさそうな地味で平凡な眼鏡系高校生男子、それが俺だ。
ところがある日、晩飯を作ろうと買い物をしていた最中に異世界召喚されこの世界『トルカート』にやってきてしまった。
そして預言者に「勇者だ!」と宣言され、この世界の魔王を倒すように言われ、祭り上げられた。
ノーとなかなか言えない典型的日本人な俺は流されるまま魔王退治に向かう羽目になる。
幸いにも、俺はこの世界で魔術反射のスキルと5つの魔術そして驚異的な身体能力を持ったチート設定だったため、大した怪我もなく魔王をあっという間に倒してしまった。
そして現在。
俺は城の庭のベンチでぼーっとしている。
「ヒロユキー!ヒーローユーキー!」
俺の名前を元気に呼ぶ高い声が城中に響き渡る。
俺は返事を返す。
「どうした、リンカー」
「あ!ヒロユキ!探したのよ!」
嬉しそうな顔をして俺の元にやってくるのは妖精のリンカーだ。
小さな身体を大きく見せようとしているのか、彼女は少々オーバーに身振り手振りをして俺に話しかける。
「また風の声を聞いていたの?」
「まぁな」
「素敵ね!さすがヒロユキ!魔術の属性が風の私でも風の声なんてわからないのに…すごいわ!」
正直、俺も風の声なんてわからない。
この世界にやってきた時やたらクールでミステリアスなキャラを作ってしまったせいで、こんな不思議設定まで出来てしまっている。
ああ、恥ずかしい…今までは楽しんでたけど、高塚さんに会って現実に引き戻されたな…
あの、高塚さんのしょっぱい顔…うう……!俺の馬鹿!
「でもさ、もうすぐで会議でしょ?迎えにきたのよ」
「ふん、余計なことを…まぁいい。いくぞ、リンカー」
「はーい!」
俺「ふん」なんて元の世界で言ったことねーよ。
まあいい。とにかく『八戦姫』の待つ会議室に行かなくては。
八戦姫とは、俺と一緒に魔王退治に行った勇気ある女性達のことだ。
それぞれ強くてとても美人だ。元の世界の俺ならまず声はかけれないようなレベルだ。
そういう意味ではこのクールキャラでよかったとも言えるのか。
ちなみに、リンカーも八戦姫の一人だ。
こんなに小さいけど、ちょっとしたイタズラ風から台風まで発生させることができるかなりの戦闘能力の持ち主だ。
「あ…勇者様に……リンカーさん、一緒にいらしたのですね」
「ご説明いただきたい、妖精・リンカー。我が姫・ディアナを差し置いて勇者・ヒロユキと二人っきりとは何事か」
「カトレット、私はそんなこと気にしていませんわ。勇者様を独占する権利はだれにでもございますわ」
「申し訳ございません。我が姫・ディアナ」
「そーよそーよ!ディアナもカトレットにも、ヒロユキはあげないもんね!」
「リンカーさん。勇者様はモノではございませんわ。その言い方はよくありませんことよ」
「今はね!でもいずれ私のこと好きになって、私の物になってくれるよね、ヒロユキ」
「ふざけるな。俺は誰のものにもならない」
妖精とはいえ可愛い女の子にそんな事言われて内心大喜びであるが、このキャラのせいでこんな感じであしらわなくてはいけない…もったいねぇ…
このリンカーと言い争っている美女二人は八戦姫のディアナ姫とカトレットだ。
水色のウェーブのかかった長い髪に黒目がちな瞳。豪華なドレスを身にまとっているのがこの国の第3皇女ディアナ姫。
属性は水。清楚でおしとやかだが勇気がある。回復系の魔術に関しては右に出るものはいない。
背が高く、キリッとした顔立ちのカトレットはディアナ姫を守る女騎士だ。
八戦姫で唯一魔術を使えないが「加速」というスキルを持っている。
彼女よりも早く動ける者はこの世には居ない。
二人とも、供に戦った頼りになる仲間だ。
「あら、ヒロユキくん。たくさんの異性に囲まれていい身分ね」
「おやおやー!イザベルの言うとおりだねー!あたしも嫉妬しちゃうよー」
「そうね。嫉妬しちゃうわね。やっぱり私以外の女は全員滅ぼすべきかしらね」
「イザベル、そんなひどい事はしないってヒロ君に約束したんでしょ?駄目だよそんな事しちゃー」
「そうね。カヤの言うとおりね。私、ヒロユキくんには嫌われたくないもの。我慢するわ」
「えらいよ、イザベル!」
真っ直ぐで腰まである黒髪にぱっつん前髪。
そこから伸びる羊のような丸まった角。
真っ黒な衣装と怪しげな笑みをまとわせて登場したのは同じく八戦姫のイザベル。
どことなくヤンデレなのは彼女が悪魔だからだろうか?
俺が倒した魔王の秘書を元々していたのだが、途中で寝返って俺達の仲間になってくれた。
属性は見た目どおりの闇だ。
対照的に金髪にポニーテール。はつらつとした表情に少し意外性のある眼鏡。
真っ白な服を身にまとった隣の女性はやっぱり八戦姫がひとり、神官のカヤ。
勇者を神からの贈り物と考えるこの世界のメジャーな宗教のお偉いさんらしい。全然見えないけど。
属性は光。だけど剣の技術もすごい。
美人でいい人たちなんだけど…ちょっとややこしい事情がある。
むぎゅっと音がする。
見ると右にはイザベル、左にはカヤがおり、俺の腕に自分の腕を絡ませ密着する。
「ヒロユキくん。貴方は私の契約者、つまりはご主人様よ。浮気は駄目よ」
「あたしはヒロ君のお嫁さんの一人だからねー。宗教上、浮気はいいけど、本命はあたしにしてほしいなー」
「……うるさい。俺は契約したが主人になった覚えも嫁を取った覚えもない」
悪魔は契約なしにそばにいれないとか言うから一応契約したけど、ご主人様って…
イザベルは思い込みが激しいんだよな。
カヤの所属する宗教はは全ての神官は神と、神の贈り物のモノという考えらしい。
ハーレムってのは男の夢だけど、俺は…
「ななななーーー!イザベルッ!カヤッ!ヒロユキに何してるのよっ!べ、別に、ヒロユキに誰がつかまろうかどうでもいいけど、こんな公共の場でやめてよね」
「ゆ、勇者さんにそんなことしちゃ、嫌です…!」
「おやおや。穏やかでないのう」
また現れたのは残りの八戦姫、エリーゼとコニーとフィーネだ。
エリーゼはオレンジ色の長い髪をツインテールにした人間のお嬢様だ。
属性は火。性格は属性のせいなのかは不明だが激しい。解りやすく言えばツンデレだ。
コニーはドワーフの女の子だ。
属性は土。
ドワーフなので背は低く、性格も大人しくて温厚。
だけど、ドワーフには珍しく前髪を左右にわけてデコを出している。(ドワーフは目を前髪で隠したがる種族なのだ)
以前俺が「目を見せたほうがいい」っていってせいらしい。
あとすげー巨乳。童顔で背が低いのに胸がでかくてアンバランスだ。
フィーネは見事な銀髪に長い髪、バシバシのまつげに綺麗な衣装。
だけど外見は13歳くらいの少女な齢1000歳のエルフだ。
属性は雷。八戦姫の中でも一番の魔術力を持つ。
ちなみにコニーに比べて可哀そうなくらい貧乳だ。
俺は貧乳と巨乳どっちが好きかって?
別にどっちも好きっていうかどっちでもいいっていうか、
俺は好きな女の子の胸が好きだね…って答えになってるのか?
ま、正直俺が巨乳好きでも貧乳好きでもどっちでもいいよな。
「とにかく!離れなさいよ!」
「そーよ!エリーゼの言うとおりよ!私のヒロユキから離れなさいよ!」
「ちょ!リンカー貴方まだそんなこと言ってるの!?ヒロユキはあんたのじゃないでしょ!」
「そのやり取りさっきやったからボツ!-何よ、エリーゼ妬いてるの?」
「や、ややや妬いてなんかないわよ!」
炎が飛び出さんばかりの赤面でそういうエリーゼ。
なんと言われようと俺を自分のものだと主張するリンカー。
「勇者・ヒロユキ、貴方は素敵な人だ。我が姫・ディアナにふさわしい。……私には、まぶしい」
「カトレット、私はふさわしいとかそういう言葉嫌いですわ。そういうのを関係ないところで勇者様は選んでくださいますわ。私はそういう所に惹かれているのです」
「わたしも、勇者さんのそういう所好きです。ドワーフの常識をはねのけてくれましたです」
自分よりもディアナ姫を優先するカトレット。
しっかりと俺の目を見つめるディアナ姫。
どこまでも真っ直ぐなコニー。
「いやはや、ヒロ君てばモテモテなんだからー」
「……ヒロユキくん…フフフ…」
「どれ、わしも勇者争奪戦に参加するかの。勇者よ、わしの男になるがよいぞ」
「「「「「「「フィーネ(さん)!!」」」」」」」
神の贈り物はみんなのものなカヤ。
怪しげに笑うイザベル。
そして面白がるフィーネ。
以上が、八戦姫のメンバーである。
みんな美人で、個性的で、魅力的だ。
そして、言動で解ると思うが、みんなこの俺勇者・ヒロユキに惚れている。
普通の男なら「なにこのハーレム展開美味しすぎる勇者リア充爆発しろ」-と思うだろう。
だけど、俺はハーレムを楽しむでも、誰か一人を選ぶこともしない。
何故なら俺には好きな人がいるからである。
平凡な人生を歩んできた俺は、ハーレムを作ることはおろか現実味のない美人を本命片手に恋人にすることもできない。
「けど、このキャラを知られてドン引きされたよな…」
よりによって高塚さんにこの世界のキャラを見られた。
しかも俺と彼女はこの世界で敵同士。「かわいそう」とか言われちゃったし。
告白もしてないのに失恋かよ、俺。
以前一度、高塚さんが怪我した時に保険委員だったから保健室まで送ったんだよな。
そのときにゲームの話で盛り上がって、それ以来ちょっと気になる女の子になって、だんだん好きになってたんだけどな。
高塚さんって、八戦姫の人たちみたいに飛びぬけて美人じゃないし、どこにでもいる普通の女の子って感じなんだけど、笑うと結構可愛いし、言いたいことはハッキリ言う自分をしっかり持ってるんだよな。
だから、今回俺との交渉も決裂したんだけどな。
やっぱり、魔界人と話し合いとか無理だよな。
イザベルも、俺の力を見て人間側につこうと決めてたし、結局力づくなんだ。
「……はぁ」
「どうした、勇者。ため息などついてらしくないのう」
「なんでもない、フィーネ。気にするな」
高塚さんへの恋心の整理はまた後でしよう。
とにかく今は会議だ。
「早く会議室にいくぞ」
「ええ!あの弱っちそうな新魔王をギャフンといわせる作戦を考えるわよ!」
「別に弱いなら放っておけばいいんじゃないの?あたし無駄に戦力をつぎ込まない方がいいと思うけどなー」
「いいえ…あの鳥男が新魔王の味方についたのでしょう?あなどれないわ」
「悪魔・アモン、かつての同志というわけか。悪魔・イザベルがそこまで言うのなら、警戒はしておくべきだ」
「悪魔さんですか…まだ一人野放しなのですね…怖いのです」
「それに、勇者に近づく女がこれ以上増えるのは好ましくないのう。なぁ?ディアナにエリーゼよ」
「そうですわね」
「わ、私は別に!でも、新しい魔王はつぶしてやってもいいわよ」
「……新しい、魔王か…」
俺は、倒せるかな?
高塚さんを。
畜生。なんで俺じゃなくって魔界人を選ぶんだよ。
俺を選べば、戦わずにすんだのに。
元の世界に戻る方法だって、一緒に考えるのに。
やっぱり、元の世界の俺じゃ、駄目なのかな?
かなり時がたってしまいました。すみません。
待ってる人が居るかはわかりませんが、ぼつぼつ気が向いたらまた続き書きます。