拝啓、私の愛する義妹に手を出そうとするクズ婚約者様。きっちり落とし前つけさせてもらいます
とある初夏の日。太陽が沈み空が暗くなった頃。
「レティシアお義姉様、相談があるの」
ベルトルト伯爵家。その長女であるレティシアの部屋の扉の前に、一人の少女が怯えたように立っていた。
さらさらとした金髪にエメラルドのような緑色の瞳をした、レティシアにとって大切で可愛い義妹、エリー、十二歳である。
「どうしたの? 遠慮せず、入っておいで」
レティシアは扉を開けると、入ってくるように促した。
おずおずと部屋に入ってくるエリー。
しかし、その表情はどこか暗かった。
「どうしたの? 王立学院で、お友達と何か上手くいかないことでもあった?」
「ううん、学院は楽しいよ! そうじゃないの……」
エリーは下を向くと、大きく深呼吸をしてゆっくりと話し出した。
「実は、アーノルド様のことでお話があるの」
「私の婚約者の? エリーもよく遊んでもらってるわよね。どうしたの?」
レティシアは姿勢を正した。婚約者であるアーノルドについて、何かただ事じゃないことが起きてそうな気配を感じたからだ。
「実は、この前会った時、庭園でアーノルド様に抱きしめられそうになったの」
「えっ、どう言うこと!?」
レティシアはびっくりして立ち上がってしまった。
それを見てエリーは怯えたように身をすくめ、俯いてしまった。
「エリーごめんね、話の腰を折ってしまって。よければ続きを話して」
エリーは、下を俯きながら数回息を吸って吐いた。思い出すのも怖いようで、震えながらエリーは話しだした。
「庭園で散歩をしていたら、突然アーノルド様がやってきたの。それで二人になるのはまずいと思ったのだけど、人目のある場所にアーノルド様に行きましょうと言ったら、止められてしまったの。私どうすれば良いかわからなくて……」
アーノルドはベックリン伯爵家の二十歳の令息だ。十二歳のエリーとは、八つも離れている。
まるで兄のようだとアーノルドのことを、エリーは慕っていた。
そんな相手の言うことを無視できるほど、まだエリーは大人ではない。アーノルドの言うことを拒否することは、エリーには難しかっただろう。
「そうして困っているうちに、段々と近くに来て……。私のことを可愛いとか、癒されるとか、結ばれる人は幸せだとか言ってきたの。そしていつの間にか体をくっつけられて……。すごく怖かったのだけど体が動かなくて、そのまま手を握られたの」
そう言って、エリーは嗚咽を始めた。
レティシアは顔を顰めた。未婚の男女が二人きりでいるだけでも、貴族社会においては醜聞になりかねない。それなのに、さらに体を触れ合おうとするとは。
「そ、それでね、そのまま抱きしめられそうになり、怖くて、やめてくださいって胸を必死に押したの。すると、アーノルド様、とても怖い顔をして。『今日のことは誰にも言うな。言ってみろ、どうなるか分かるな? お前の貴族としての未来は終わりだ』って言われて」
エリーは感情を堪えきれなかったのだろう、ポロポロと涙をこぼし始めた。
「どうなっちゃうのか、ずっと怖くて今まで誰にも言えなかったの。けど、もう怖くて限界で。お姉様、私どうすれば良かったのかしら」
嗚咽をこぼし始めたエリーを、レティシアは慌てて抱きしめる。
「怖かったわね。よしよし。話してくれてありがとうね」
そう言ってレティシアはエリーの背中を優しく抱き込み、そのサラサラの髪の毛を撫でた。
怖さが少しでも薄れるように、精一杯想いを込めながら。
エリーはしばらくの間、姉の胸にしがみついて泣いていた。
しばらくそうしていた。
エリーが少し落ち着いただろうか、嗚咽が止んできた時、レティシアはそっと言った。
「いい、お姉様に任せておきなさい。なんとかするわ。今日のことは、一旦秘密にできる? 少しの間だけで大丈夫」
コクリと、レティシアの胸の中でエリーは頷いた。
「良い子ね」
そう言って、レティシアはエリーの頭を撫でた。そっと。そっと優しく。
♦︎
「と言うわけなのです、お父様。早急に調べなければなりません」
レティシアの父であるベルトルト伯は、豊かなカイザル鬚を持った、筋骨隆々の男だった。
彼は今、執務室で椅子に座って、娘からの報告を聞いているところだった。
「なるほど。しかし、どうすると言うのだ」
レティシアは考え込んだ。確かに、何をすれば良いのだろう。
レティシアは実は剣術が得意だ。そして体術も。体を動かすのはかなり得意だった。
しかし、頭を使うのはそこまで得意ではなかった。
(レティシア、しっかりと考えなさい! ここで馬鹿なことしか言えなかったら、義妹のためにならない!)
今の所、証言はエリーのものしかない。エリーのことは信じたいが、エリーの話が真実であると客観的に証明できる証拠も、今はない。
「とにかくエリーに話を聞くか」
ベルトルト伯はレティシアに提案した。
反射的にレティシアは否定した。
「それは良くないかと思います。エリーは今、傷心中です。私に話してくれた時も話しながら怯えてしまっていました。今すぐ聞くのは、得策ではないかと」
「では、どうする?」
ベルトルト伯は怪訝そうに、レティシアの方を見る。
レティシアは、普段あまり使わない脳みそをフル稼働させた。
その結果、レティシアなりの一つの名案が出た。
(自分で解決できないなら、そういうのが得意な友人の力を借りれば良いのだ)
「こうしましょう、私の友人に情報通の友達がいます。その友人に、アーノルドに不審な点がないか、まずは調べてもらうことにします」
「その友人とやらは信じられるのか?」
「はい、私の親友です。彼を信じることができなければ、この王国の誰一人として信じることはできないでしょう」
ベルトルト伯はそれを聞くと、顎髭をしばらくなぞった。
それから、レティシアの方を見ると言った。
「では、まずはお前なりに情報を集めてみなさい。相手に知られないようにな」
「はい。うまくやってみせます!」
ベルトルト伯は少し不安げな表情を浮かべると立ち上がり、レティシアの方に歩み寄った。
そして、優しくレティシアのことを抱きしめた。
「レティシアもエリーも大事な娘だ。何があろうと必ず守る。だからレティシア、無茶はするなよ」
「はい、お父様」
レティシアも、ギュッと抱きしめ返した。
この平穏を邪魔するものは、決して許さないと思いながら……。
♦︎
「レティシア、それで一体なんの用だい?」
真夏の日差しがカーテン越しに差し込む午後の日。王立学院に幾つかあるサロンの一つ。生徒会のメンバーが集う部屋にレティシアはいた。
銀髪でアメジスト色の瞳を持つレティシアのクラスメートでもある親友、エドワード第二王子は生徒会のメンバーに囲まれながら、レティシアの目の前に座っていた。
エドワードはニコニコとした様子で紅茶を片手にレティシアに問いかけた。
「殿下、信頼できる方だけで話したいのですが可能でしょうか?」
「生徒会の皆、これから聞く話は他言無用だ。レティシア、これで大丈夫かな?」
直接話したことのない人間も部屋にいたので、レティシアは事情を正直に話すか一瞬迷った。しかし、ここで疑っていたら話が進まないので、素直にレティシアは話すことにした。
「実は……」
そうして、目の前に置かれた紅茶のカップに口をつけつつ、レティシアは話した。
まだ十二歳の義妹エリーが成人男性に、しかも最悪なことに自分の婚約者に言い寄られているらしいこと。しかし、伯爵家では取れる手があまりないこと。可能なら助けを借りたいこと。
「そうか。事情はわかった」
エドワードは話を聞くと、目の前のカップから紅茶を一口飲んで、そう答えた。
「では、助けてくださるので?」
「ああ。良いだろう。調査しよう」
「良いのですか?」
レティシアは不思議そうな顔をした。
調査をすると簡単に言っても、そんな簡単ではないだろう。
どんな方法を使うにしても、何かしらの負担が発生することは間違いないのだ。
それをエドワードはやるといった。それが不思議だったのだ。
レティシアの表情を見て、レティシアが疑問に思っていたのがわかったのだろう、エドワードは真剣な顔になり、声の大きさを少し落としながら告げた。
「そもそも君の婚約者であるアーノルド殿について、その実家のベックリン侯爵家に怪しい噂がいくつかあるんだ。その噂の真偽と合わせて、調査することにする」
レティシアも声のトーンを合わせて返事をする。
「なるほど承知しました。では、その調査を一旦待ちますね」
「ああ、それまでは剣でも振っててくれ」
レティシアが脳筋であることを知っているエドワードがニヤニヤとしながら言うと、それに対してレティシアは満面の笑みを浮かべた。
「そうですね! 殿下にも、殿下の護衛にも剣術・体術共に負けるわけにはいかないので」
「……レティシア、トレーニングもほどほどにね」
令嬢らしからぬことを口にするレティシアに、エドワードも周囲の生徒会のメンバーも苦笑するばかりだった。
しかし、レティシアは剣術のことを考えていたので、その様子に気が付かなかった。
(早く家に帰って、剣を振ろう)
「殿下、本当にありがとうございます。では、失礼します。また剣術の稽古、一緒にしましょうね!」
「あ、ああ、考えておこう」
レティシアは立ち上がり、優雅にカーテシーをすると、サロンの一室から出ていった。
♦︎
それから一ヶ月が経った。
レティシアは再び、生徒会室に来ていた。
前回と同じように、生徒会メンバーに囲まれ、そしてエドワードの対面に座っていた。
エドワードと二人、紅茶を飲みながらレティシアは報告を聞いていた。
「それで、やはり黒だったのですか?」
「ベックリン侯爵家の悪い噂は、少なくとも本当だった」
エドワードがそう言うと、生徒会のメンバーの一人が分厚い書類をエドワードの前に持ってきた。
「これから話すことは他言無用だ。一旦は君の親にもだ。その前提で聞いてほしい」
「承知しました」
エドワードは深く息を吸って吐くと、声を潜めて話し始めた。
「ベックリン侯爵家は色々と犯罪行為をしていることがわかった。裏帳簿による脱税、奴隷売買、違法な組織との取引などだ。ここ最近の取引の帳簿の確認や、ベックリン家を探らせているものから得た情報からそれらが分かった。君の婚約者であるアーノルドもそれに関与していることは、まず間違いない」
レティシアは大きく息を呑んだ。
アーノルドについて、ただの変態かと思っていたら、思ったよりも大きな犯罪をしていたようだったからだ。
「君の家と婚約を結んだのも、財政状況の悪化がどうやら大きいようだ。ベックリン侯爵家は裏で大きな金を使いすぎて、お金がなくなったから君の実家のベルトルト伯爵家と婚約したとの情報を得ている」
「この婚約に愛はなかったのですね……」
レティシアは泣きそうだった。愛してくれる良い婚約者だと思っていたら、まさかこんな裏の顔があるなんて。
「近々、犯罪現場に突入して強制捜査が行われる予定だ。それで十中八九、罪に問われることになるだろう。それまで大人しくしているように」
(アーノルド、婚約者だと信じていたのに……。騙されていたのが悔しい。私にも、何かできることはないかしら……)
レティシアはギュッと拳を握りしめた。そして、決めた。
「私もその時突入するメンバーに加えてください!」
「え?」
エドワードは思わずポカンとしてしまった。周りの生徒会の会員もそうだ。
それもそうだ。貴族令嬢が、危険が伴う捜査に加わると言うのだから。
「いや、それには危険が伴うから……」
「私、殿下の護衛よりも強いですわよ?」
レティシアは胸を張った。事実、レティシアはそこらの騎士よりも強かった。
魔力量が他よりも多いことで、身体強化魔法などがレティシアは非常に優れていたのだ。
「私の一存では……」
「あら、実力は十分。殿下がお決めになれば、基本的に反対は出ないと思いますが?」
エドワードは黙った。レティシアを参加させるメリットとデメリットを冷静に判断しようとしていた。
「それに、婚約をしていた当事者ですもの。ぜひ、この手で決着をつけたいですわ」
レティシアは真剣な目でエドワードを見た。
エドワードは小さくため息をついた。
「危険なことをしないと言うなら、捜査隊にかけ合ってみよう。ただし、期待するなよ」
レティシアは花開くような笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます!! この手で合法的にアーノルドをぶん殴れるチャンス、しっかりと楽しみにしておきますわ」
エドワードは、その笑顔にしばらく見惚れていた。
しかし、首をブンブンと振ると続けて言った。
「アーノルドが少女が好きというロリコンということについては、まだ調査中だ。なかなか尻尾を見せていないようだ」
エドワードはそう言うと、紅茶を少し飲み込んだ。
レティシアは残念だった。けれど相手は犯罪者。遠慮する必要はなかった。
(絶対に捕まえてみせるわ)
レティシアはそんな決意を固めた。
エドワードが優しい目でレティシアをチラチラと見ていたことに、そしてそんな二人を周囲が生暖かい目で見守っていることに、レティシアは気がついていなかった。
♦︎
「おい、私が誰だか分かっているのか!」
「離せ、私はこう見えても貴族だぞ!!」
そうして訪れた犯罪現場への突入。レティシアは無事に?突入部隊の一員として、現場入りしていた。
犯罪現場の、奴隷売買の会場は悲惨だった。王国では違法な奴隷。その違法売買のため、薄暗い建物の中で裸の女性が何人も檻に入れられていた。
何をするための奴隷なのかは明白だった。
(穢らわしい。こんなことをする奴らと結婚しそうになっていたなんて)
「さっさとこっちに来い……!」
捕えられたアーノルドと、ベックリン侯爵がひったてられていく。
そうして連れて来かれようとするアーノルドは、私が誰なのか気がついたのだろう。
立ち止まり、叫び出した。
「お、おいレティシアだろう! 説明してくれ。俺たちは貴族だし、何の罪も犯してないことを!」
「あなたのことなど知りませんわ」
「お、おい、レティシア! そんなこと言わずに!」
媚びるようにアーノルドがレティシアの方を見る。
レティシアはゴミでも見るかのような目を向けた。
「名前を呼ばれるのもゾッとしますわ。奴隷売買の犯罪だけでなく、裏帳簿など他にも犯罪をしていると聞いていますわ」
「な、何故それを!」
「やはりそうだったのですね。罪はたっぷりとありそうなので、しっかりと償ってくださいませ」
奴隷として囚われているものたちを檻から解放しながら、レティシアは話す。
「お、おい婚約者だろう! お前のことを愛しているんだ! 助けてくれ!」
レティシアは思いっきり顰めっ面を作った。
「奴隷だけでなく、義妹にまで手をだそうとするクズと婚約していたなんて本当に吐き気がしますわ」
「い、妹? な、なんのことだ?」
レティシアは思いついたように、手をポンとした。
そして、スタスタとアーノルドの前に歩み寄った。
「な、何をするつもりだ?」
レティシアはにっこりと微笑んだ。そしてアーノルドを座らせ、足を殿方の急所が見えるように広げさせるた。そして、レティシアは足をゆっくりと上げた。
「お、おい、何をするんだ?」
アーノルドは、レティシアの目を見て本気であることを悟った。
「やめろ! やめて!」
レティシアは焦るアーノルドを見て、さらに、にっこりと笑った。
「お願いします! 本当にもう、悪事はしません! それだけは!」
その言葉を聞いたレティシアは足を下ろした。
それアーノルドは安堵する。ああ、助かったと。
レティシアは、そんなアーノルドの安堵を感じ取り、表情を消した。そして言った。
「これは犯罪の落とし前です。地獄に堕ちろクソ野郎」
そう言って足を再びあげ、思いっきり踏み下ろした。
彼は声にならない声を上げ、膝から崩れ落ちた。
以後、彼は子を生せなくなったのだが、それは別の話。
♦︎
「お義姉さま、一緒にお庭に行きましょう!」
あの捜査から一ヶ月。レティシアの実家、ベルトルト伯爵家には平和が訪れていた。
アーノルド、そして彼の実家のベックリン侯爵家は、数々の悪事を働いたとしてお家取りつぶしとなった。
ベルトルト家にも、アーノルドの婚約者の家として捜査が一応入ったが、捜査隊に協力していたことなどからすぐに潔白とされた。
だから、レティシアは今日も可愛い義妹と一緒に楽しく暮らせている。
「はいはい、今行くわ」
レティシアは机から立ち上がり、遊びに行こうと誘いに来た妹のエリーに返事をした。
エリーはその返事を聞くと、花のような笑顔を向けた。
そして、おずおずと部屋の中に入ってくると、レティシアに抱きついた。
「お義姉さま、本当に良かった。こうしてお義姉様とまた一緒に過ごせて……」
「私もよ、エリー。ずっとこうやって幸せに暮らしましょうね」
そう言って、レティシアはエリーのことを優しく抱きしめた。
エリーもレティシアのことを、おずおずと抱きしめ返した。
エリーは幸せだった。
大好きな姉の笑顔が守られた。あの婚約者と結婚しなくてよくなった。姉と一緒に過ごせる時間がまた増えた。
(計画通り)
エリーの弾けるような笑みは、エリーを抱きしめるレティシアからは見えなかった。
少しでも面白い、エリー流石、アーノルドざまあと思っていただけたら、★評価、ブクマしていただけると嬉しいです




