08.
アマンダの商会を後にしたエルマは、リーゼロッテと共に帝都の片隅にある『アトリエ・リーゼ』へとやってきた。
扉を開けると、爽やかなミントと甘いカモミールの香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
「今日からここが、あなたの職場よ。そして……」
リーゼロッテは店の奥へと進み、使われていなかった清潔な一室の扉を開けた。
「ここを使ってちょうだい。あなたの部屋よ」
「よろしいのですか」
「ええ、もちろん」
ふかふかのベッドに、可愛らしい木製の家具。
奴隷として冷たい石の床で眠らされていたエルマにとって、そこは夢のような空間であった。
「ありがとうございます、リーゼロッテ様」
「様付けは堅苦しいから、リーゼでいいのだけれど」
「いえ、様で呼ばせてください。私にとっては、かけがえのない命の恩人ですから」
真剣な眼差しで食い下がるエルマに、リーゼロッテは苦笑して肩をすくめる。
「うーん、まああなたがそれでいいなら、構わないわ」
リーゼロッテは優しく微笑むと、真新しい布の束をエルマに手渡した。
「はい、これ。アトリエの制服よ。着替えてみて」
「かしこまりました」
エルマは受け取った制服に袖を通す。
その瞬間、淡い光が全身を包み込み、少し大きめだったはずの衣服が、彼女の華奢な体型に合わせて自動的に縮んでいった。
「す、すごいですっ。サイズがぴったりに……。なんですかこれ」
「ふふっ。アトリエ特製の魔道具よ」
「魔道具……。服の魔道具なんて、聞いたことありません」
エルマが目を白黒させて自身の体を触り、その極上の肌触りに驚きの息を漏らす。
リーゼロッテは、尻尾をパタパタと振るように得意げな笑みを浮かべた。
「その布地には『悠久樹の繊維』が織り込まれているの。その糸は強い恒常性を保つ性質があってね。それで編むことで、汚れを弾いて常に清潔さを保つことができるのよ」
「なるほど、素材の力なのですね。そこはわかりましたけれど、自動で体にフィットするのはどういう仕組みなのでしょうか」
悪徳錬金術師の元で素材の知識を詰め込まれていたエルマにも、その現象の理屈は理解できなかった。
首を傾げる少女に、リーゼロッテは制服の胸元を指差す。
「秘密は、このブローチよ」
「この、銀色の装飾ですか」
「ええ。これには『サイズ調整』の魔力回路が組まれているの。動力源となる魔石と、魔力の通り道である魔力回路ね。この回路を魔力が通ることで、魔法が発動する仕組みになっているわ」
エルマが顔を近づけ、ブローチを凝視する。
そこには、肉眼では捉えきれないほど精緻で、凄まじく繊細な魔力回路が彫り込まれていた。
エルマはブローチの機構を見て、戦慄を覚える。
(既存の錬金術師が作る大雑把な魔道具とは、次元が違うっ)
フラメル式錬金術は、なにもポーション作成だけに使われない。
魔道具、魔法の効果を現す道具を作るときにも、フラメル式は使われるのだ。
通常、魔道具の作り方は、凄く簡単に言えば、道具に魔石をくっつけるという手法をとる。
つまり、道具を作り、そこに加工した魔石をはめ込むという二つの工程を挟むのである。
しかし、フラメル式は違う。
道具の生成も、魔石の加工も、同時にすべて行うのだ。
通常のやり方のように後付けで魔石をはめ込むと、どうしても道具の元の形を崩してしまったり、魔力の伝導率を合わせる調整でひどく手間取ってしまう。
作成と加工を寸分の狂いもなく同時に行うことで、魔力のロスを極限までなくし、十全に魔法効果を発揮させることができるのである。
フラメル式錬金術の神髄とも言える極小の芸術品を前に、エルマはキラキラと目を輝かせた。
「すごい……。こんなに繊細な回路を組める凄腕の錬金術師なんて、はじめて見ましたっ」
尊敬と感嘆の入り混じった声色で、エルマが頬を紅潮させる。
心からの称賛を受け、リーゼロッテは可憐に、そして上品に微笑んだ。
「ありがとう。さ、仕事にかかりましょう?」
「はいっ」
真新しい制服に身を包んだエルマは、背筋をピンと伸ばし、元気よく花が咲くような笑顔で頷いた。
こうして、アトリエ・リーゼの新たな日常が幕を開けたのである。
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