07.
暗い冷たい実験台の上で、幾度も絶望を味わった。
彼女はハーフエルフの少女、エルマだ。
人間とエルフの間に生まれた半魔の血肉は、錬金術の触媒として高く売れるらしい。
悪徳錬金術師に買われたエルマは、生きたまま手足を切り落とされ、搾取され続けていた。
激痛と恐怖だけが、彼女の世界のすべてであった。
使い物にならなくなった彼女は、密輸業者に引き渡された。
だが、他国へ運ばれる途中で魔物に襲撃され、足手まといとして道端に捨てられたのだ。
死を待つだけだったエルマを拾ってくれたのは、偶然通りかかったマデューカス帝国の冒険者だったという。
◇
そして今、彼女はふかふかのベッドの上で、ほのかに甘いカモミールの香りに包まれながら目を覚ました。
「あ、あれっ」
切り落とされたはずの両手と両足が、元通りに生えている。
傷跡一つない美しい肌をそっと撫でて、エルマはハッと息を呑んだ。
「気がついたかしら」
鈴を転がすような上品な声がして、美しい女性が顔を覗き込んでくる。
彼女の名前はリーゼロッテ。エルマに錬金術で作った薬を飲ませ、欠損した四肢を再生してくれたのだという。
(錬金術って、こんなすごいことができるんだ)
エルマにとっての錬金術とは、命を奪い、切り刻むための呪われた技術であった。
こんなにも温かく、命を救う奇跡のような術が存在するのだと、初めて知ったのである。
「体の調子はどう? これから、どうするつもり」
優しく問われ、エルマは所在なく視線を彷徨わせた。
「わかりません。両親はもう死んでいますし、わたしは忌み嫌われる半魔ですから」
帰る場所など、どこにもない。
けれど、あの地獄のような実験室に長く囚われていたおかげで、皮肉なことに薬草や触媒の知識だけは頭に刻み込まれている。
「なにか、得意なこととかは?」
「……悪徳錬金術師のそばにいたので、少しだけなら、素材の知識があります」
ぽつりとこぼしたエルマの言葉に、リーゼロッテはふわりと可憐に微笑んだ。
「じゃあ、うちで働かない?」
思いがけない提案に、エルマは弾かれたように顔を上げる。
「あなた様のところで、ですか」
「ええ。アトリエの人手が足りなくて、困っていたの」
救いの手を差し伸べてくれたことが、心の底から嬉しい。
だが、どうしても暗い感情が胸をよぎってしまう。
「でも、わたしのようなボロクズに、価値などありません」
卑屈な言葉を口にした瞬間、リーゼロッテの瞳が静かな光を帯びた。
同情ではなく、確かな芯の強さを感じさせる真っ直ぐな眼差しである。
「自分をそんな風に卑下しては駄目よ」
リーゼロッテはエルマの手を優しく包み込み、凜とした声で告げる。
「自己憐憫は、意味がないわ。本当に意味がないの」
その言葉は、まるでリーゼロッテ自身にも言い聞かせているかのように深く響いた。
「自分を哀れんでいても、事態は何も上手くいかないし、心は病んでいくだけ。自分を哀れむのではなく、自分に誇りを持って、前を向いて歩いて行った方が良いわ」
エルマの胸の奥がじんわりと熱くなる。
(この人は……なんて優しいんだろう。こんな半魔の、見ず知らずのわたしに、手を差し伸べてくれるなんて……)
何か裏があるのでは、そう思ってしまうような、都合の良い出来事。しかしエルマには、この人が悪い人とは到底思えなかった。
なぜなら、一文無しの自分に、奇跡の秘薬を躊躇なく使ってくれたのだから。
悪人のする所業ではない。
(これは……女神様が与えてくださったチャンスだわ)
張り詰めていた糸が切れ、彼女の瞳から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「うれしいです。どうか、働かせてくださいっ」
嗚咽を漏らしながら、震える肩を抱いて深く頭を下げる。
リーゼロッテは、そんなエルマの背中を優しく撫でてくれた。
「ええ、いいわよ。あなたの名前は?」
新しい世界が、光となって目の前に広がっていく。
エルマは涙を拭い、これからの自分に誇りを持つために、はっきりと名乗った。
「エルマ、です」
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