06.
騎士団からの大型発注を受け、アトリエ・リーゼはかつてないほどの忙しさに包まれていた。
一人で調薬と接客をこなすのは、物理的に限界が来ている。
錬金術に集中するため、店番を任せられる人材を雇おうと、リーゼロッテはOTK商会のアマンダを訪ねた。
「アマンダ、アルバイトの募集をお願いしたいのだけれど」
商会の裏口から入ると、普段は豪快に笑うアマンダが酷く頭を抱えていた。
周囲の従業員たちも、重苦しい空気を纏って立ち尽くしている。
「ロッティ。実は、厄介な代物を押し付けられてね」
アマンダの視線の先には、薄汚れたボロ布に包まれた小さな塊があった。
近づいて息を呑む。
それは他国から不法に持ち込まれたとみられる、エルフの少女だった。
少女の息は弱く、透き通るような肌は泥と血に塗れている。
何より痛ましいのは、細い両手と両足が根元から無残に欠損していることだった。
「ひどい。すぐに治療院へ」
「駄目よ。この国じゃ奴隷の売買は禁止されている。身元不明の不法な奴隷を正規の治療院へ連れて行けば、商会ごと摘発されかねないわ」
アマンダが苦渋に満ちた表情で首を振る。
かといって、このまま路地裏に放り出せば確実に命を落とすだろう。
密輸業者が売り物にならないと判断し、無慈悲に捨てていったのだ。
ボロ雑巾のように捨てられ、誰からも必要とされず命を散らそうとしている少女。
その姿に、リーゼロッテはかつての自分を重ね合わせていた。
夫に都合よく利用され、不用品として冷酷に切り捨てられた惨めな当て馬妻。
(私と、同じだわ)
誰からも必要とされない悲しみは、痛いほどよく分かる。
打算など微塵もなかった。
ただ純粋に、かつての自分のように打ち捨てられたこの小さな命を、絶対に救い出すと決意する。
「アマンダ。ここにある素材を、私に売ってちょうだい」
リーゼロッテは商会の木箱に入っていた、安価でありふれた薬草類を掴み取った。
そして、ポシェット魔法袋(※物を大量に、コンパクトに収納しておく魔道具)から、1本のフラスコを取り出す。
フラスコ内は錬金術に使われる、溶液で満たされていた。それを見たアマンダは気づく。
「ロッティ、まさか。こんなガラクタみたいな素材で、完全回復薬でも作る気かい。いくらあんたでも無理よ」
完全回復薬。伝説の霊薬だ。あらゆるケガも、病気も治したという。
かつて存在した、白銀の錬金術師セイファートや、薬神リーフケミストが作り数多くの人を救ったという、伝説の薬。
それなら、確かにこの瀕死の存在を救うことが可能かもしれない。
周囲の従業員たちが、信じられないものを見るようにどよめく。
だが、リーゼロッテは静かに目を閉じ、研ぎ澄ませた魔力を指先に集中させた。
既存のスキルに依存した錬金術師であれば、レシピ通りの素材がなければ何も作れない。
しかし、彼女が祖父から受け継いだフラメル式錬金術は次元が違った。
物質の分子構造を深く理解し、繊細な魔力コントロールによって必要な治癒成分だけを強制的に抽出する。
淡い光が手のひらで瞬き、薬草が液状へと分解され、最適な形へと高速で再構成されていく。
ほんの数分で、フラスコの中に翡翠色に輝く液体が完成した。
リーゼロッテは迷うことなく、その液体をエルフの少女の乾いた唇に含ませる。
途端に、少女の体が眩い光に包まれた。
欠損していた両手と両足の断面から、肉と骨が凄まじい勢いで編み上げられていく。
瞬く間に傷跡一つない美しい四肢が再生し、銀髪の少女は穏やかな寝息を立て始めた。
「嘘だろ。本当に完全回復薬を作り出しやがった」
商会の者たちが驚愕の声を手で塞ぐ中、リーゼロッテはぷくっと頬を膨らませた。
「エリクサーみたいな、呪いを解いたり寿命を延ばしたりする魔法の薬じゃありませんわ。これはただの、超速・細胞再生促進薬です」
「さいぼう、さいせいっ?」
目を白黒させるアマンダに、リーゼロッテは淡々と解説する。
「抽出した薬草の成長因子で細胞分裂を強制的に加速させて、失われた部位を自己再生させただけです。トカゲの尻尾が生えてくるのと同じ原理ですよ」
周囲が唖然として言葉を失う中、エルフの少女がゆっくりと目を開けた。
彼女は不思議そうに自分の手足を眺めた後、救い主であるリーゼロッテを見上げ、大粒の涙を溢れさせる。
「あり……がとう、ございます……私の女神、様」
少女はリーゼロッテの細い腰にすがりつき、顔を擦り寄せたのだった。




