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05.

ここから、短編の続きです

 この漫画の世界に転生したことを自覚し、浮気夫に三行半を突きつけてから、早くも三ヶ月が経過していた。


 友人のアマンダに出資してもらい、リーゼロッテはここマデューカス帝国の帝都カーターに念願の店を構えることになった。

 魔道具とポーションの製造販売を行う、錬金術師の工房『アトリエ・リーゼ』である。


 この三ヶ月、本当に色々なことがあった。

 物件選びから始まり、慌ただしい引っ越し作業を経て、なんとか店をオープンさせたものの、まったく客は来ない日々が続いていた。


 収入源といえば、アマンダ経由で回してもらう仕事くらい。

 だが、それも当然の話である。

 世界最大規模の商業都市である帝都には、老舗の魔道具屋が星の数ほど存在する。


 新参の無名錬金術師が開いた小さな店など、最初はこんなものなのだ。


 そんな折に発生したのが、冒険者たちを襲ったヒドラ事件であった。

 アマンダの商会を通じて飛び込んできた大量発注に応え、リーゼロッテがフラメル式錬金術で作成した特製ポーションを納品したことで、事態は急変したのだ。


 閑古鳥が鳴いていた『アトリエ・リーゼ』の評判は、冒険者たちの間で瞬く間に広まり、今に至るというわけである。


 爽やかなミントと甘いカモミールの香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。

 リーゼロッテが作業台の片付けを始めようとしたその時、入り口のベルがチリンと澄んだ音を立てた。


 重厚なオーク材の扉を開けて入ってきたのは、一人の見知らぬ青年であった。

 長身で均整の取れた体躯を、マデューカス帝国が誇る魔導騎士団の豪奢な制服に包んでいる。

 理知的な銀縁の眼鏡の奥には、穏やかで優しげな灰色の瞳が覗いていた。


「突然の訪問をお許しください。あなたが、このアトリエの主でしょうか」


「ええ、そうですわ。私はリーゼロッテと申します」


 青年は軍人というよりは洗練された貴族のような、流麗で柔らかな所作で一礼した。

 軍服が擦れる微かな衣擦れの音が、静かな室内に響く。


 その声は耳に心地よく響き、持ち前の高いコミュニケーション能力で、初対面の相手に一切の警戒心を抱かせない。

 リーゼロッテはパチパチと目を瞬かせ、彼を迎え入れた。


「お会いできて光栄です、リーゼロッテ殿。私は魔導騎士団で副団長を務めております、クラウス・フォン・カーター中佐と申します」


(クラウス・フォン・カーター……。フォン・カーターっていえば、旧帝国三大貴族の一つ。たしか侯爵家。そしてクラウスって言えば、若くして魔導騎士団で副団長にまで上り詰めたっていう、天才じゃない)


 そんな天才が、一体どうしてうちに? そう思いながらも、リーゼロッテは接客する。


「騎士団の副団長様が、どのようなご用件でしょうか」


 クラウスは深く頭を下げ、真摯な声音で告げる。


「本日は、心からの感謝をお伝えに参りました。先日、前線で私の部下たちがヒドラの劇毒に倒れました」


 ヒドラ討伐の折、冒険者だけでなく、魔導騎士団も出動があったらしい。


「アマンダから伺っておりますわ。皆さん、ご無事でしたの」


「ええ。あなたがギルドに卸してくださった特製ポーションのおかげで、一人の死者も出さずに済みました」


 リーゼロッテは心底ホッとしたように息を吐き出す。

 そして嬉しそうに尻尾をパタパタと振るように、目を輝かせた。


「あのポーションの尋常ではない純度と、完璧な魔力構成。一目で只者の作ではないと理解しました」


「まあ。お分かりになりますの」


「既存のスキルではなく、物質の根源から再構成する至高の技術。まさに芸術品です」


 リーゼロッテの技術の真髄を、クラウスは正確に見抜いていた。

 自分の才能を利用するだけで見下していた前夫とはまったく違う。


 錬金術への深い理解と、純粋な敬意を払ってくれるクラウスの姿に、リーゼロッテは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「これほどの腕を持つ錬金術師にお会いできて、本当に嬉しい。そこで、折り入ってご相談があるのです」


「ご相談、でしょうか」


 クラウスは姿勢を正し、まっすぐにリーゼロッテを見つめる。


「我が騎士団に、あなたのお力をお貸しいただけないでしょうか。定期的にポーションを卸していただきたいのです」


 それは、国を挙げての特大の専属契約の打診であった。

 自分の錬金術が正当に評価され、国を守る騎士団の役に立てるという事実に、リーゼロッテはパッと顔を輝かせる。


「ええっ、喜んでお受けしますわ」


 弾むような声で即答した彼女の表情は、どこまでも明るい。

 当て馬としての過去のしがらみから完全に解放され、純粋に錬金術を愛する彼女が見せた、あまりにも無邪気で可憐な笑顔であった。


 その屈託のない笑顔を真正面から浴びたクラウスは、思わず言葉を失う。

 トンッと胸が高鳴る音を聞きながら、彼は微かに頬を朱色に染めた。


「よろしくお願いいたしますね、クラウス様」


「っ、はい。こちらこそ、末永くよろしくお願いいたします」


 クラウスは平静を装うようにそっと眼鏡の位置を直し、穏やかで優しい笑みを返す。

 才能を認め合う二人の間に、新たな恋の予感と、輝かしい未来の幕開けが静かに訪れていた。

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― 新着の感想 ―
なんか口約束っぽくて軽いなぁ。もうちょっと契約内容を精査しようよ。せめて1個何円とか何個作るとかさ。
ヒドラって前ヒュドラじゃなかった?
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