男たちの意識
ジープを巧みに操って、煽ってくるトラックを避けながらカズミはジェイスの疑問に答えていく。
「トーマス二曹は、麻薬の売人を追ってました。そこから元締めへ迫ろうとしていたんです」
「まぁ、それが一番無難だな」
「それで夜の歓楽街を聞き込みしながら回っていたらしいのですが……」
「らしい? 君はついてなかったのかい? 通訳兼捜査補佐なんだろう」
ジェイスの言葉に、カズミは悲しい表情を浮かべた。
「トーマス二曹も沖縄が長いので通訳は必要ありませんでしたし、ベテランの憲兵としての誇りを持っていましたから……若い女である私は、出る幕が無いそうで」
「……ああ」
七十年代。女の社会進出は進めど、男女平等など概念すら怪しい時代だ。
女は家庭にいるべきという価値観は、年寄りかつ男社会である軍隊に長く身を置いていた人間なら持っていてもおかしくはない。
「だから、捜査には全く参加させてもらえませんでした」
「……そうだったのか。無神経に、すまない」
それでもカズミは、つとめて明るい様子で振る舞う。
「いえ、ジェイスさんが謝ることじゃないです。それに人間塞翁が馬、捜査に参加してなかったおかげで難を逃れた訳ですから」
「難、ね。トーマス二曹の身に何があったんだ」
「撃たれたんです。歓楽街を歩いていたところ、車が近づいてきて、その開いた窓から短機関銃で狙われて」
コテコテの口封じの形相に、ジェイスは苦笑する。
「禁酒法下のシカゴじゃあるまいし、この時代によくやるよ」
すると、カズミは真剣な顔でこう言い放つ。
「いえ、この島はあの時代のシカゴよりも危険です。マフィアにはマフィアなりの秩序がありますし、彼等に近づきさえしなければ余程のことが無ければ危険な目には遭いません。でも、この島は違います。法はおろか、秩序すら存在が怪しく、何処も安全とは言い切れません」
あまりの言い草に、ジェイスは冗談を疑うもカズミが冗談や誇張を言っているようには思えなかった。
彼は改めて、自分がとんでもない場所に来てしまったことを認識させられた。
ジェイスを乗せたジープが向かったのは、在沖米陸軍の司令部があるキャンプ瑞慶覧だ。
ゲートを通過し、司令部施設の前でジープが停まる。
「ジェイスさんの装備はもう届いてます。……ですが、その前に」
「なんだい?」
「司令官がお会いしたいと」
在沖米陸軍司令官が米国民政府の高等弁務官を兼ねていることを、ジェイスは事前に読んだ資料で把握している。
現場での最高位に立つ人物が、国防総省の命令で派遣されてきたとはいえ一介の憲兵隊員に過ぎないジェイスに会いたいと。
嫌な予感がしながらも、逆らえないので素直にカズミの後を付いていく。
立場に相応しい重厚な観音開きの扉の先に、司令官はいた。
頭こそスポーツ刈りにしているものの、色白で制服の下の肉体は薄っぺらい。司令官は司令官でも、現場大好きな方ではなくハンコと書類が大好きな方なのは明らかだ。
もしくは、自分と同じく暑さが苦手なタチかと、冷房が効きほどよく乾燥した執務室に入りながらジェイスは思った。
「君が、ジェイス・グッドスピード軍曹か。ジョンソン・ランパート陸軍中将だ」
そちらから会いたいと言ってきた割には、妙に気だるそうな声でジョンソンは話す。
「お初にお目にかかります。ジェイス・グッドスピードであります」
敬礼で応じるジェイスの全身をしげしげと眺めてから、ジョンソンは心の中で呟く。
(若いし、中々威勢も良さそうだ。ペンタゴンの連中も、面倒なタイプを寄こしてきたもんだ)
溜息をつき、ジョンソンはまた気だるい声でジェイスに言う。
「早々で悪いが、グッドスピード軍曹。ペンタゴンの連中に何を吹き込まれたか知らんが、あまりことを荒立てんでほしい」
ジェイスの表情が、自然と硬くなっていく。
「……と、言いますと?」
「この島は、合衆国だけの物ではない。原住民だって住んでいるんだよ、君」
普通に一般市民や日本人と言えばいいところ、わざわざ原住民というワードを選びそれを口にするあたりにジェイスはジョンソンの差別意識を感じ取った。
その意識は執務室にも現れており、沖縄の米国民政府のナンバー2であるにも関わらず琉球政府の旗は置いておらず、合衆国旗と陸軍旗だけが壁に掲げられている。
「いくら事件捜査というお題目があろうと、大事になれば軍だけでなく、住民にも迷惑がかかる」
心の中で「白々しい」という言葉を押し留め、ジェイスは黙って話を聞く。
「去年の米日首脳会談で、ここの返還が約束されたのは君も知っているだろう」
「ええ、ニュースで」
「だったら話は早い。ここで面倒が起きれば、合衆国は無論、日本にだって迷惑が掛かる。下手をすれば、君のキャリアにだって傷が付く可能性もある。それは、避けられるのなら避けるべきだとは思わないかね?」
事なかれ主義、ここに極まれりである。
「キャリアの傷を気にしておられるのは、閣下の方では?」という皮肉を飲み込み、ジェイスはあくまでも憲兵隊員として正論を返す。
「避けられるなら避けられるべき、というお言葉には賛同しますが、それが出来るのならそもそも憲兵は必要ありません閣下」
たちまちジョンソンの眉間に皺が寄る。後ろでやりとりを見守っていたカズミの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「それに、『勝負に負けて、戦いに勝つ(Lose a battle to win the war)』という言葉もあります。目先の勝利だけに囚われていては戦争には勝てません。勿論、犠牲や面倒は少なくするべきですが、ゼロには出来ません。そこだけ見て捜査行動全体を語るのは、詭弁ではないでしょうか」
ジョンソンのまぶたが痙攣する。過剰なストレスに対する典型的な身体症状だ。
怒りが一周回って、能面の様な顔になったジョンソンは吐き捨てる様に言った。
「犠牲になるのは、原住民だけじゃないぞ。君自身かもしれない。そう、トーマス軍曹のように」
それに対し、ジェイスは淡々と返した。
「ご心配なく。夜の歓楽街を一人で出歩くような、不用心な真似はしませんので」
ジェイスは振り向き、不安そうな顔をしたカズミを見た。




