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仇討の島  作者: タヌキ
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二十五年物の傷

 暴れる患者に対処するため、警棒を腰から提げた職員にジェイス達は続く。

 刑務所とそう大差ない空間をしばらく歩き、ある病室の前で職員は足を止めた。

 扉の横に貼られたプレートには、「クレア・グッドスピード」と刻まれている。


「面会時間は二十分。時間が経ったら呼びに来ますので、すぐに退室してください。その際に、忘れ物は絶対に無いように」


 注意事項を告げ、職員は扉の鍵を解除する。

 油が切れかけ軋みながら開く鉄扉。続く部屋は病室にしても、独房にしても殺風景であった。

 硬いマットレスが乗ったベッドと、机と椅子があるだけ。

 部屋の主であると同時に、ジェイスとハンナの母であるクレアはベッドで横になっていた。

 部屋への進入者に一瞬、怯えた表情を見せたものの入ってきたのが息子と娘、そして弟だと分かると顔を綻ばせた。


「ジェイス、ハンナ、マイケル、来てくれたのね」


 マイケルは伯父の名だ。


「ああ、去年の年末ぶりだね」


 伯父が応え、ジェイスとハンナが頷く。

 椅子が一脚しかないので、三人はベッドを囲むように立つ。


「調子の方はどう?」


 ハンナが少し屈み、クレアと目を合わせながら訊ねる。


「まぁまぁかしらね。飲む薬が少し増えたけど、お医者さんが言うには新しく出来た物をお試しで使ってるだけらしいから……」

「そう……」


 安心したような、寂しそうな顔をするハンナ。


「ハンナはどうなの?」

「私? 元気だよ」

「そう。よかったわ」


 そしてクレアは、姉の後ろに隠れるように立っているジェイスへ視線を向ける。


「ジェイスはどう? ちゃんと朝起きれてるの?」

「起きれてるよ」


 少しぶっきらぼうな声で応え、後に小さく「もう子供じゃないんだ」と付け加えるも、後の言葉はクレアへは届かない。そもそも、彼にその言葉を届ける気は無かったが。

 それから、四人でしばし雑談を交わす。

 隙を見計らい、ジェイスは自身の腕時計へ目を落とす。面会の残り時間は三分を切っているのを確認し、こっそりと胸を撫で下ろす。

 この調子であれば、何事も無く終わる。

 しかし、ジェイスの淡い期待はいとも簡単に裏切られることとなる。

 突如として廊下から軽いながらも激しい金属音と、ガラスの割れる音が重なって響いてきた。

 扉に一番近い位置にいたジェイスが、瞬時に外の様子を窺う。

 なんてことはなかった。新米看護婦が下手をこき台車を横倒しにしてしてしまい、台車の上にあった金属トレーやら注射器やらアンプルの瓶を床へぶちまけたのだ。

 すぐさまベテラン看護師がすっ飛んできて、新米を叱責しつつも片づけを始める。

 ジェイス達が病室を出る頃にはすっかり片付いているはずであるが、彼の顔は痛々しく歪んでいた。

 その背後では、ベッドの上のクレアが酷く怯えた表情を浮かべ、唇を震わせている。


「ハンナ! ジェイス! お父さんが帰ってきたわ! 早く、ベッドの下に隠れて! ほら、早く!」


 叫ぶや否や、クレアは近くにいたハンナの手を取りベッドの下へと引っ張った。


「大丈夫! 大丈夫だから、お母さん!」

「クレア、落ち着け。落ち着くんだ」


 ハンナと伯父が必死になって宥める。だが、クレアのパニックが収まる気配を見せない。

 ここで面会時間終了を告げに来た職員が、鉄扉を開けた。彼はパニックになったクレアを見るなり、とって返して医者を呼んで、また戻ってきた。

 職員が三人に退室を促し、三人はそれに素直に従う。

 クレアが錯乱しながらも自身の子供へ手を伸ばすが、医者に鎮静剤を注射されすぐに意識を失う。

 ジェイスはその様子を歯を食いしばりながら、黙って見ていた。


 何故こんなことになっているのか。

 それを明らかにするには、時間を二十五年前に遡らなければならない。

 1945年8月15日。

 大日本帝国のポツダム宣言受諾により、太平洋戦争が終わった。

 これにより、枢軸・連合双方の兵士達は故郷へ戻ることとなる。

 ジェイスとハンナの父であり、クレアの夫たるハワード・グッドスピードもその一人だ。

 ハワードは地元の工場で事務員として働いており、愛国心と家族愛を持ち合わせた模範的なアメリカ人だった。

 彼の出征時、ジェイスはまだ幼く物心が付いておらず、彼は六歳まで自身の父親を知らないまま育った。

 父親が帰ってくるとの報せを聞き、ジェイスは母と姉と一緒に最寄りの駐屯地に赴き彼を待った。

 そして現れた男を前に、母親と姉は困惑し、ジェイスは理解した。

 目の前にいる酷くやつれ、何かに怯えている男が、父親であると。

 沖縄での戦いを経たハワードに、かつての面影はほとんど無くなっていた。

 かつての姿を知るクレアとハンナは、戦争で負った何かが癒えるよう献身したもののロクに効果を表せないまま、ハワードは酒に溺れていった。

 帰還から半年経った頃には、ハワードは立派なアルコール依存症になっていた。

 何処からともなく現れる日本兵に対する恐れ、目の前で死んだ戦友に対する後悔を酒で流す日々。性格も日に日に攻撃性を帯びていった。

 ハワードは今で言うところのPTSDを患っていたのだが、精神病そのものに対する理解が低かった時代。病気と理解されず、治療にも繋がれないまま症状を悪化させていったのである。

 妻や子供に暴力を振るうことにも躊躇しなくなり、酔っては暴れ家の物を壊して回った。仕事をクビになってからは、更に歯止めが効かなくなる。

 警察を呼ばれることもあったが、ハワードの歪みが正されることはなかった。

 帰還から一年が経った、ある日。

 この頃にはハワードが帰宅すると、彼が暴れ疲れて眠るまでジェイスとハンナはベッドの下に隠れるのがルーティンとなっていた。

 その日もハワードの帰宅を感じ取ったクレアが隠れるよう指示を出し、二人は子供部屋のベッドの下に隠れた。

 少しして、ハワードの怒声とそれを諫めるクレアの声が階下から聞えてくる。

 いつもであれば、一時間弱ほどでハワードが叫び疲れて事が収まるのだが、その日は違った。

 クレアがハワードの危うい部分に触れてしまったのか、ハワードがいつも以上にタチの悪い酔い方をしていたのか。今となっては確かめる術はないが、とにかくハワードが大暴れを始めた。

 窓ガラスやコップが割れる音、ラジオが放り投げられスクラップになった音、クレアの泣き喚く声。

 とにかく、ジェイスやハンナからすれば状況把握の材料は音しかなかった。

 何があったかは、二人には永遠に分からないままだ。

 だが、何が起きたかは二人はしっかりと目にした。

 突如として響いたハワードの叫び声。それは怒りではなく、恐怖と驚きに染まったものであった。

 そして、その声を最後に階下は静かになった。

 父親に対する恐怖よりも好奇心の方が勝った姉弟は、ゆっくりとベッドの下から這い出て一階のリビングへと向かう。

 荒れ果てたリビングの真ん中には、クレアが茫然自失の状態で立っていた。

 来ていたパジャマは真っ赤に染まり、手には家で使われている果物ナイフが。

 その足元には、胸から血を流して倒れているハワードがいた。いつも激情で歪んでいる顔からは生気が失せ、空虚な表情で天井を仰いでいる。

 指先すら動く気配は無く、死んでいるのは明白であった。

 それから少しして、隣人からの通報を受けた警官が訪ねてきて、クレアは逮捕された。

 ハワードがアルコール依存症で暴れていたのは警察も周知しており、まだ幼なかったジェイス達の存在も考慮され、法廷で正当防衛が認められた。

 しかしながら、変わり果てていたとはいえ夫を刺し殺し、あまつさえそれを子供に見られたショックからクレアは精神に異常を来してしまう。

 彼女の時間は、夫を刺し殺す直前で止まってしまったのである。

 三十を過ぎ、一方は立派に働き、もう一方は家庭に入り二児の母になっている子供も彼女の目には七歳と十一歳のままに映っている。

 以降、ジェイスとハンナは伯父夫婦に引き取られ、彼等の庇護の下で育てられた。

 伯父夫婦は二人に過不足なく愛情を注いだものの、壮絶な過去は二人の生き方に大きな影響を与えた。

 二人共、身体面、法律面でも酒を飲めるようになっても酒を飲まず。

 密かに武器に対して執着するようになった。ジェイスは言わずもがなであり、ハンナに至っては銃器屋の二代目と結婚した。

 ジェイスは軍隊内で歪む人間を少しでも減らそうと憲兵隊に入り、ハンナは良き妻・良き母であろうと努力をしている。

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