持ち込み仕事
沖縄。
日本列島の南西端に位置する島。
かつては先住民族が琉球王国を築いていたが、時の権力者に支配され、現在はほそぼそと文化が残るぐらいである。
太平洋戦争末期。アイスバーグ作戦が発令され米軍と英軍が上陸。日本軍と地域住民によって編成された守備隊と衝突。
約三か月の戦闘の末、日本側は組織的な抵抗力を失い更に一か月後には戦闘終了が宣言される。
その間、米軍は沖縄においての日本国の行政権を停止させ、軍政府を設置。
終戦後しばらくして自治機構たる琉球政府が設置されるも、実質的には軍政府の後継たる米国民政府の傀儡機構である。
また、米国民政府といっても統治責任者は国防長官であり、政府の長たる高等弁務官は在沖米陸軍の司令官なので事実上の軍政下にある。
朝鮮戦争時から、米国は沖縄を太平洋上の要所と定め在沖縄米軍を増強。
現在進行形のベトナム戦争では後方の一大基地となり、兵士の訓練や休息、兵器の集約と整備が行われている。
ファイルに記載された沖縄の概要を読み終えたところで、ジェイスは一度顔を上げた。
短くなった煙草を灰皿へ押し付け、しばしニコチンに酔いしれる。余韻が霧のように消える頃、彼は次の物へ火を点けた。
次の章は沖縄で流通してる薬物についてだ。
現在、沖縄で蔓延してるのはアンフェタミンやメタンフェタミンなどの覚醒剤である。
ベトナムや米本国より流出したLSD等幻覚剤、大麻なども流通しているものの、主流は覚醒剤であることに変わりない。
覚醒剤は書いて字の如く、「覚醒」を促す薬物である。
脳神経に作用し精神の高揚と覚醒感をもたらす。だが、その反動も大きくそれを逃れようとまた摂取し、依存症になることが多い。
沖縄で流通している覚醒剤はよくある白色の結晶もしくは粉末状ではなく、茶褐色の錠剤である。これは経口摂取しやすいように黒糖と混ぜてある故の変色であり、薬物の生成自体はかなりの高精度で行われている。
黒糖が用いられていることから、地場の反社会組織が流通に一役買っていると見るのが自然であろう。
ジェイスは煙草の灰を落としてから、薬物蔓延による影響についてが書かれたページへと目を向ける。
薬物の売買において、米軍兵士側は金銭または貴金属類だけではなく、基地倉庫内の物資を横流しすることがある。
物資は食料品・医薬品・衣類等の生活物資に留まらず、銃器を始めとした兵器類なども横流しされていることが確認された。
それらは、主には地場の反社会組織が抗争に用いており、また台湾や香港を経由して闇ブローカーに流れているとも推測される。
地場に銃器が流れている影響で治安は加速度的に悪化しており、ここに薬物中毒の兵士による犯罪行為も加わるので、憲兵隊および地元警察での対処はかなり厳しい。
しかしながら、戒厳令や本国からの大規模な憲兵隊派遣は日本国政府と結んでいる日米安保条約に綻びを与えかねず、またそれらを指導力低下と見た東側諸国が何らかの行動を起こすことも考えられるので望ましくない。
ここらの記述はトラウトマンから聞いた通りであり、ザッと斜め読みする。
次のページからは、沖縄の現状を捉えた写真が刷り込まれていた。
空っぽになった倉庫。
自動小銃による銃撃を受けた飲み屋。
路上に散らばる薬莢と血だまり。
覚醒剤の乱用によって、幽鬼のようにやつれた兵士。
そんな写真達の中でジェイスは、禁断症状によって錯乱しベッドに縛り付けられた兵士を捉えた物が目に入った。
頬はこけ、叫んでいるらしい口からは唾が飛んでいる。表情こそ怒っているが、カメラを横目に見る瞳には怯えの色が滲んでいる。
それを見た瞬間、不意の頭痛がジェイスを襲う。思い出さないよう閉じた記憶の一部が、飛び出そうとしたからだ。
ジェイスは咄嗟にファイルを閉じ、煙草を灰皿へ投げ捨てた。顔は青く染まっており、額には冷や汗が滲んでいる。
彼は冷蔵庫に縋りついたかと思えば、牛乳パックを手によりコップを使わずそのままラッパ飲みした。一リットル近くあった中身はすぐに空になった。
空となったパックをシンクへと投げ捨てたジェイスは何度も頭を振り、こめかみを揉んだ。顔色がだんだんと良くなっていく。
頭痛が和らいできてもう一度ファイルへピントを合わせようとするも、心の方が「今日は止めといた方がいい」と警告を出す。
ジェイスはそれに素直に従うことにした。
ちゃんとした料理を作る気にはなれず、缶詰のトマトスープとオイルサーディンをおかずに買い置きのロールパンで夕食にする。
ロールパンを横半分に切り、そこへオイルサーディンとスライスオニオンを乗せ胡椒を少し掛けると美味いのだが、今のジェイスには玉ねぎを切る気力すら無かった。なんなら、スープを温めただけ上出来と言えた。
シャワーを浴び、テレビを消すとさっさとベッドへ潜り込む。
だが、完全に眠る前にジェイスは枕の下に隠してあるリボルバー――ディテクティブスペシャルを手に取った。
ラッチを引き、蓮根型のシリンダーを右横へせり出させる。シリンダーの穴には、しっかりと六発の.38sp弾が収まっていた。
それを確かめ、シリンダーを銃本体へ戻すと再び枕の下へと突っ込んだ。
後頭部への硬い感触でリボルバーの存在を感じながら、ジェイスは目を閉じる。
悪夢を見ないよう祈りながら、彼は眠りの世界へと誘われていった。




