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仇討の島  作者: タヌキ
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断れぬ依頼

 沖縄と聞き色々と思うことはあるが、ジェイスはそれをおくびに出さずトラウトマンに話を続けさせた。


「何故、沖縄へ?」


 トラウトマンは苦々しい顔をしながら、ファイルをテーブルの上に置く。


「端的に言えば、沖縄に駐留している兵士達の間で麻薬汚染が広がっているから、君には麻薬汚染の現状の調査と入手ルートの特定、そして出来ればルートの根本を潰してほしいんだ」

「麻薬汚染ですか」


 元来、薬物と軍隊は切っても切れない縁がある。

 軍隊は暴力装置である以上、その活動にはほぼ必ず人の殺傷が付きまとう。

 法律も何も関係ない無法地帯や、死そのものが身近であった近代以前ならいざ知らず、法が整備され殺人や傷害が罪となり、近代化によって死そのものが遠のくと死やそれにまつわる行為や行動のタブー化が進んだ。

 それは人の心にも影響し、人は死や暴力に対して過剰なストレスを抱くようになった。

 やや強い言い方だが、軍隊は死や暴力を生業としている。なので、軍隊はそのストレスを紛らわすために、色々な薬物を投入してきた。

 代表的なのはアルコールや煙草ニコチンだろう。

 アルコールやニコチンには興奮作用や鎮静作用があり、戦闘前・中・後でそれぞれストレスを和らげてくれた。

 実際に、戦争経験者の中には戦地に赴く前は非喫煙者だったが、帰還後は喫煙者になっていたという者も少なくない。

 アルコールも同様だ。

 そして時代が進み、化学が発展すると生まれたのが麻薬である。

 軍隊と関係が深い麻薬と言えば、モルヒネとメタンフェタミン(覚せい剤)だろう。

 もっとも、それらは最初から酒や煙草のように扱われていたのではない。

 モルヒネは痛み止めや鎮静剤、メタンフェタミンはパイロットなどの眠気覚ましとして扱われてきた。

 しかしながら、使用時の作用を覚えた兵士達が乱用しだしたのである。

 化学の結晶であるそれらは酒や煙草よりも強烈に作用し、酒や煙草以上の依存性があった。

 こうして深みにハマっていく兵士を前に、軍は必死に対策するのだが、快楽の追求からその文明を発達させてきた人間の底力の前では全くの無意味だった。

 それは1970年より未来でも変わっておらず、薬物の虜になる兵士は後を絶たない。


「そんなに酷いのですか」

「ああ。詳しくは後でファイルを読んでくれればいいが、沖縄では麻薬絡みの事件が多発している。中毒になった兵士の中には、倉庫の銃器や兵器を丸ごと売り払って薬物を買う者もいるんだ」

「………………」


 想像以上のことに、ジェイスは絶句した。

 今の沖縄は、現在進行形であるベトナム戦争の一大後方基地と化している。

 武器や兵器だけでなく兵士もベトナムへ送ったり、帰って来たりする中で多少の麻薬汚染は仕方がない。仮に出発時に麻薬を持っていなかったとしても、戦地でひょっこり手に入れることもある。

 おまけに、麻薬は使うだけでなく時に通貨にもなりうる。何かしらのきっかけで、手に入れたり使ったりすることもあるだろう。

 どんなに完璧に組織を整えようとも、例外はあるし、運用していけば穴は生まれるものだ。

 その例外や穴を完全に塞ぐことが不可能である以上、多少は仕方ないと諦めるしかない。

 しかし、物資を横流ししてまで手に入れるとは、どうなっているのか。

 何度も言うように、軍隊は組織だ。一つの事柄にも、多くの人間が関わっている。

 物資管理だって、たった一人で行っている訳ではない。

 物資を管理する者。盗みが起きないよう見張りする者。物資を使う者。物資を仕舞う倉庫そのものを管理する者だっている。

 この中の一人が裏切ったとしても、倉庫丸ごとの物資を売り払うことは難しい。

 つまり、かなりの人数が薬物のために動いていたことになるのだ。

 しかも、これはトラウトマンの中では一例に過ぎないのである。

 ジェイスは差し出されたファイルがそれなりの厚みであることを確認し、密かにまた絶句する。


「国防総省としては、これは看過できない。それにだ、沖縄はそもそもアメリカだけのモノじゃない」

「……存じています」


 25年前――1945年、8月15日。

 一つの極東の島国がアメリカとの戦争に負けた。

 その島国――大日本帝国は、国土への戦災と国民の犠牲のみならず、保有していた領土を占領された。

 沖縄はその一つだ。

 北海道、本州、四国、九州は1951年のサンフランシスコ平和条約締結による主権回復によって占領の時代を終えたが、沖縄はまだアメリカが統治している。

 ただでさえ、ベトナムでのことが世界的にバッシングを受けており、戦況の旗色は悪い。

 ここにきてアメリカの統治能力が疑われれば、西側の地盤が揺らぎかねない。それはソ連に対しての弱みになる。


「日本だって、近いうちに戻ってくる土地でそんなことが起きてるとなれば、愉快には思わん。そこからの不信感が、後々に影響しないとは言い切れない。グッドスピード二曹、これは高度な政治的問題も孕んでいると言っても過言ではないんだ」


 トラウトマンは役人らしい物言いをした。

 ジェイスは個人的問題はさておいて、大きくなりだした話に躊躇が生まれだした。


「大佐。流石にこれは、バックアップがあったとしても、自分一人では手に負えない案件です。私はあくまでも一憲兵隊員であり、それ以上でもそれ以下でもありません。ご期待に添えるかどうか……」


 そう言われ、トラウトマンは弱った顔をする。


「確かに、いくら優秀でも、これは君一人には難しい案件だ。しかし、先程も言ったようにこれは高度に政治的な問題も孕んでいる。沖縄の惨状は、ただでさえ燃えているベトナム反戦の勢いを更に強める可能性もある。我々本土の憲兵隊が動くことだって、かなりのリスクがある。その土地のことを、その土地の組織が解決できていないのだからね」


 それを聞き、ジェイスは思いついたことを訊ねる。


「そうだ、沖縄の憲兵隊はどうなっているんですか。そちらで捜査はしていないのですか」

「捜査はしている。……しかし、統治開始からこのかた、薬物関係なしに兵士が起こす事件に対して憲兵隊の捜査能力は対応しきれていない。また地元警察も、統治開始時に結んだ条約によって、活動を大幅に狭められている。世界一の大国という看板を掲げて戦勝国となった、思い上がりの代償だよ」

「……………………」


 ジェイスは自身がとんでもない環境に放り込まれようとしていることは、よく理解出来た。

 ここまで話を聞いておいてナンだが、彼は断ろうとした。

 しかし、トラウトマンの方が上手……というより老獪だった。

 ジェイスが申し訳なさそうな顔をすると同時に、トラウトマンは頭を下げたのだ。


「二曹、無理は承知だ。だが、ここで動いてくれなければ、我が国は世界に大きな恥を晒すことになりかねない。それはどうしても避けなければならない、分かるだろう?」

「……はい」

「こうして頼む以上、我々としても出来る限りのバックアップをする。最悪、どんな過程だろうと解決してくれたのなら、ボーナスに昇進も確約する。だから、頼む、この通りだ」


 大佐の下げられた頭を前に、断れる二曹などいやしない。仮にいるとするなら、直近で軍を辞める予定がある奴ぐらいだろう。

 ジェイスはその仮には当てはまらなかった。

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