赤い屋根のボロいお家
幸い、銃撃を受けることもジープも銃も盗まれることなく、ジェイスとカズミは聞き込みを終えて基地に帰った。
聞き込みによる収獲は多かった。背景事情の把握だけでなく、切り札となり得る存在の情報も手に入れたからだ。
対抗馬の潮見派を打倒し、沖縄ヤクザ最強の座を手に入れた比嘉派。
強力な武器を調達したとはいえ、人数や装備はジェイス達が縮めようがない差がある。
だが、その差を少しでも無くすことが出来そうな存在のことを、ジェイス達は仕入れていた。
会議室の黒板で情報をまとめると、二人はそれぞれ床に就いた。
夜が明け、昨日と同じく二人は揃って朝食を摂る。
そして、身支度を整えると二人はジープに乗り、基地を出た。
基地より南、喜屋武岬の方に進む。発展目覚ましい那覇市街を抜けると、さとうきび畑の中に点々と赤瓦屋根の住居がある景色が広がっている。
ある意味、これが沖縄の原風景と言えるだろう。
ジェイスはのどかで懐かしさすら覚える景色を眺めながら、やはり二十五年前へ思いを馳せた。
崩れた石垣。マッチ棒のように燃えるフクギ。艦砲射撃を受け、潰れた家屋。
その間を疲れ切って俯き、幽鬼のような足取りで歩いている米軍兵士達。
ジェイスはそんな兵士達を一瞬幻視する。
M1ガーランド小銃を手に、擦り切れた戦闘服を身にまとう兵士達。ふと一人の兵士が顔を上げる。
「!」
思わずジェイスは目を見開いた。その兵士が自分の父親だったからだ。
慌てて振り返るも、そこにはジープが立てた砂埃しかない。
「……ジェイスさん?」
傍から見れば不審な様子のジェイスに、カズミが心配そうに声を掛ける。
「……………………」
ジェイスはしばらく呆然としていたが、やがて絞り出すように。
「大丈夫だ」
と返す。しかし、その声はどう聞いても大丈夫には感じえないものであった。
カズミは、ジープを浜辺の近くに建った家の前で停めた。
二人はその家を観察した。
門柱の上に鎮座するシーサーは長年風雨に晒され続け摩耗し、辛うじて形を保っている。
雨戸や玄関戸は閉じられ、庭の草木も手入れされておらず伸び放題だ。
廃墟、一歩手前といったところか。その様子からは、とても人の気配は感じられない。
「……いませんね」
カズミは手帳と家へ交互に何度も視線を向けていたが、ジェイスは一目見ると腰のホルスターへ手を伸ばした。
GIコルトを抜くと同時に、親指で安全装置を外す。
「ジェイスさん?」
困惑するカズミをよそに、ジェイスはジープを降りた。
「中にいる。俺が先に出る、君は合図するまで出てくるな。それと、念のために短機関銃を用意しておけ」
パッパと指示を出し、拳銃片手に忍び足で家へ近づいていくジェイス。
カズミもカズミで困惑しつつも、クレートからM76短機関銃を出し、コッキングした。
ジェイスは家の壁を背にし、耳を近づけて中の気配を探る。そして、想像通りの気配を感じ取ると満足気に頷いた。
カズミへ「こっちへ来い」とハンドサインを出し、自身は玄関の前へ立つ。そして彼女が来るや、すぐさまジェイスは「突入」を示すハンドサインを出した。
「え――」
次の瞬間、ジェイスはタックルで玄関戸を一息で破り、横転気味に中へ文字通り突入した。
「憲兵隊だ!」
我に返ったカズミもワンテンポ遅れつつもジェイスに倣い、叫びながら突入する。
「け、憲兵隊よ!」
家の中では如何にもなヤクザが十人ばかり身を寄せ合い、銃を握っていた。不意打ちを喰らったらしく、銃口はジェイス達の方へ向けられていなかった。
「嘘……」
気配を感じなかったはずと、カズミは唖然とする。
だが、ジェイスは淡々としていた。
「いると思ったよ。足跡がくっきりと残ってたからな」
ジェイスの言葉を受け、カズミは振り返って確認してみる。道路から玄関まで、十人分の靴底や草履の跡が伸びていた。しかも、入っていく跡だけで出て行った跡は無い。
ジェイスはそれ見つけ、判断したのだ。
もっともカズミをフォローするなら、運転席から家の様子を窺ったので、助手席に座るジェイスの身体によって地面の方が見難かったというのもある。
もし彼女が助手席に座っていたなら、ジェイスほど早くなくともちゃんと足跡を見つけられただろう。
突如としてやってきた憲兵に驚いていたヤクザ達であったが、慌てて臨戦態勢を整える。
「憲兵ぬなんぬ用やん!(憲兵がなんの用だ!)」
沖縄弁の叫び声に、ジェイスが顔をしかめる。
「なんて言ってる?」
ここで本来の自身の役割を思い出したカズミが、ヤクザとジェイスの間に立つ。
「『何の用だ』と」
「ほほう」
ジェイスは頷き、自身の言葉の翻訳を頼む。
「潮見派の人達ですね」
「ぬーんちうり(なんでそれを)……ぬーんちくまが分かたん?(なんでここが分かった?)」
「キャバレーめんそーれのホステス、マイをご存知でしょうか」
その名前を出した瞬間、ヤクザの一人がハッとした顔をする。
「彼女に預けられた手紙に、ここのことが記されていました」
カズミがそう言うと、ハッとしたヤクザを他のヤクザ達が睨みつけた。
これが、ジェイス達が手に入れた切り札の正体、「潮見派残党の居場所」である。
件のホステスのマイは、ジェイス達が潮見派のことを聞き込んでいた際に遭遇し、彼等に自身が潮見派構成員の情婦であることを自慢げに話しただけでなく、襲撃を受けたためしばらく身を隠す旨が書かれた手紙も何の躊躇もなく彼等へ開示したのだ。
いくら自分達がヤクザでないとはいえ、脇が甘いのではないかとジェイス達は呆れたが、重要な情報であることには変わりないので有難く手紙に記された住所をメモしたのである。
「っやー、くぬふらーひゃー!(お前、この馬鹿野郎!)」
「しょうがねーんやるはじ。あにひゃーりんち深さくとぅ、住所書かんとぅわんが他ぬいぃなぐぬとぅくるにうぅんってぃ、かんちげーしあんまさるくとぅないるやくとぅ(しょうがないだろう。アイツ嫉妬深いから、住所書かないと俺が他の女の所にいるって、勘違いして面倒くさいことになるんだから)」
「あんすくとぅってぃ、まんま書ちゅるひゃーがうぅが。ぬちにんがきらっとーるどー!(だからって、まんま書く奴がいるか。命狙われてるんだぞ!)」
ジェイスとカズミそっちのけで騒ぐヤクザ達。そんな彼等を、二人は冷めた目で見ていた。




