ハッパを掛ける
コザになんとか帰ってきたデボネアは、市郊外にある自動車整備工場へと入った。
工場に車が入ると同時に、待機していたヤクザ達がすぐさまシャッターを閉める。そして、工具片手に前後のバンパーに取りつき、ナンバープレートを外しにかかる。
車から降りた二人の表情は苦々しい。
ヤクザの一人が二人へ、一緒に出ていったはずのもう二人について訊ねる。
「……やられたよ」
「潮見の連中にか?」
二人はそれぞれ首を横に振った。
「いや、憲兵だ」
取り回しやすいようストックを外したトンプソンM1短機関銃を持つ男が答える。
「憲兵!?」
数人のヤクザが二人の方へ視線を向ける。
「ああ……男と女のコンビだ。こっちに来たと思ったら、男の方がジープから飛び降りるなり、あっという間にトシを撃ち殺しやがった」
M2カービンを持つ男が吐き捨てる様に言う。
「それから、こっちが驚く間もなく次は女の方が、タカの奴を殺した」
「あのまま撃ち合ってたら、俺達もやられてた。なんとかカービンぶっ放して逃げてきたが……」
カービンの男が、自身が乗っていたデボネアへ目を向ける。
後ろはジェイスとカズミが撃った弾で穴だらけになっており、車内にはリアガラスの破片が散らばっている。見れば、カービンの男は手をガラスで切って怪我をしている。
既に血は止まり、固まっているので大事無い。しかしながら、当たっていたのがガラスではなく弾丸だった可能性は十二分にある。
「やられていた」という言葉は、実感が籠ったものだったのだ。
二人……正確には四人だが、彼等は比嘉派の優れたヒットマンである。
バタ臭い顔からも分かるように生粋の沖縄人ではなく、本土産まれのGIベビーでアメラジアンだ。産まれのせいで良い育ち方をせず、それぞれの理由でを人を殺したが米兵である父親のコネを使って沖縄まで逃げてきたという過去を持つ。
そんな人物がそう言うとは、かなりの事態だ。
ヤクザ達が緊張を滲ませる中、工場の奥から一人、初老の男がやってきた。
四角い輪郭を持つ男は甚平を身に着け、泡盛の甕を引っ提げている。彼はヒットマン二人を鋭く睨んだ。
「……ぬーやん、ハルんかいナツ、しかでぃてぃーるぬが(なんだ、ハルにナツ、ビビってんのか)?」
少し高いがドスの利いた声で凄む。ヤクザ達が一斉に初老の男の方へ視線を向ける。
「うやっさん(おやっさん)……」
そう、初老の男こそ比嘉派リーダーの比嘉正夫である。比嘉は続ける。
「ッヤー等、ガキぬくるからアメ公んかい鉄砲玉いぃーてぃんやるはじしが、なまでぃーからガタガタ抜かすな(テメェ等、ガキの頃からアメ公に鉄砲玉貰ってんだろうが、今更ガタガタ抜かすな)」
そして甕から泡盛を一口呷り、更に続ける。
「うぅってぃーん憲兵ちゅいたっくるちんやるはじしが、なまでぃーからちゅいかじゅーたんてーまんたいかじゅーたんてーまんかかわいねーんやるはじ(一昨日も憲兵を一人ぶっ殺してんだろうが、今更一人増えようが二人増えようが関係ないだろう)」
トンプソンの男、ハルが躊躇いながらも反論する
「数の問題じゃねぇんだ、おやっさん。相手はただの憲兵じゃねぇ……プロフェッショナルだ。いつも俺達がぶっ殺してるようなボンクラとは訳が違う」
カービンの男、ナツも同意する。
「ああ……。あの時、俺達とあの憲兵との間は、だいたい三、四メートル弱。俺達の得物ならまだしも、拳銃なんて落ち着いて狙ってもそうそう当てるのは難しい。ジープから飛び降り、反射的に狙いを定め、一発で仕留めるなんざ、プロフェッショナル以外の何者でもない」
そんなヒットマンの説得も虚しく、比嘉は件の憲兵――ジェイスとカズミの排除を決定した。
もっとも、比嘉だって無鉄砲に指示を出した訳ではない。彼なりに勝算があってのことだ。
まず人数。比嘉派の構成員は、約三百。使い走りのチンピラや悪ガキを含めれば、約五百にも跳ね上がる。狙うは二人。圧倒的だ。
そして火力。麻薬販売で金の代わりに受け取った銃器や兵器を多数保有し、その気になれば昔取った杵柄で基地に盗みに行くことも可能だ。
重火器となれば、戦車を持ち出しでもしない限り太刀打ちは難しい。
普通の人間であれば、これで負けるとは思わないだろう。
比嘉の自信ぶりにヤクザ達も毒されて、イケイケどんどんと事が進んで行く。
しかしながら、ヒットマン達の顔は冴えない。でも、流れに逆らうだけの力は無いらしく、諦めの溜息をついた。
一方その頃。
ジェイスとカズミは潮見派のアジトを警察に任せ、一旦基地に戻ることにした。
予定であれば、比嘉派や麻薬密売について聞き込みをするはずであったが、制服に死臭がついてしまった。
これでは、言葉通りの鼻つまみ者になってしまう。
それで着替えを求めたのと、グロッキーになったカズミを回復させなければならないからだ。
ジェイスがステアリングを握り、カズミは濡れハンカチを目元に当てて喘いでいる。眼鏡は胸ポケットにつるを挿し込んであった。
「……すいません、ジェイスさん」
エンジン音でかき消えてしまいそうなほど小さな声で、カズミは言う。
「気にするな。誰だって、初めてはある。水飲んで、冷房に当たって横になってればそのうち良くなるさ」
年上の務めとしてジェイスは、カズミを励ます。だが、彼女の心に立ち込めた暗雲はそれ如きでは晴れない。
「捜査の足、引っ張ってしまいました」
自虐めいた口調は、聞いていて痛々しいほどだ。
「まさか。カズミ、君はよくやってる。昨日も言ったが、若いのに立派にやってるんだからもう少し誇ってもいいくらいだ」
「……………………」
「完璧主義も結構だが、無理は禁物だ。身も心も持たん。時には自分を甘やかすことも、上手くやるコツさ」
「……そういうものなんですか?」
「そういうもんさ。人間なんだから、辛い、苦しい、痛い、悔しい、恥ずかしいって感情はどうしても出てくる。自分の無力さ、不甲斐なさに悲しみ通り越して怒りが湧いてくる時もある。でも、そういうのに折り合いをつけ、適当なところで妥協する。折り合いが付けるのが難しいなら、文句を言いながらでもいいから目の前のことはやっとく。そうすれば、世間様も勘弁してくれる」
父親のことで折り合いを付けられずとも、目の前のことを必死にやってきたから今がある。
故にジェイスの言葉には、かなりの説得力があった。
「まぁ、躍起になるのもいいけど、たまに自分を甘やかすぐらいならバチは当たらんよ」
「……そう、ですかね」
ジェイスの言葉に返すカズミの声は、心なしか軽くなっていた。




