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仇討の島  作者: タヌキ
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呼び出し

 隊長室は憲兵隊員のオフィスがある階の一つ上にある。

 階段を登る間、ジェイスの脳内ではダッチが言い淀むような案件について思索を巡らせるも、何も聞いていないのに答えを出すなど到底不可能なことであった。

 ジェイスは分厚い樫材のドアをノックする。


「入れ」


 返ってきたダッチの声に応じ、ドアを開ける。


「失礼します。グッドスピード二曹、只今参りました」


 隊長室にはダッチが愛飲している葉巻以外に、嗅ぎ慣れない紅茶の香りが漂っていた。

 その香りの元は、応接セットのテーブルの上で湯気立っている。

 テーブルとセットのソファーには、これまた見慣れない男が座っていた。

 徽章と勲章が煌めく軍服を着たイタリア系の男は、五十代ぐらいで白髪交じりの黒髪をポマードで固めてる。

 ジェイスが持つ憲兵隊の業務で鍛えられた観察眼を使うまでもなく、立ち振る舞いから男が高級軍人であることが分かる。現に、袖に縫い付けられた階級章はダッチと同じく大佐を示す物だ。

 ジェイスを呼んだ張本人たるダッチは、その高級軍人と向かい合う形で左側のソファーに座っている。


「来たな」


 彼は顔をジェイスへと向け、ニヤリと笑った。

 ダッチはオーストリア系の四十七歳で、茶色の髪を角刈りにしている。

 憲兵隊所属ながら肉体派として知られており、軍服の上からでも分かる自慢の大胸筋はいつのプレイメイトも敵わないほどだ。


「紹介しましょう、大佐。彼がグッドスピード二曹です」


 すると、高級軍人は立ち上がり、ジェイスの正面に立った。そうしたことで、ジェイスから名札がちゃんと見えるようになる。

 彼が脳内で名札を読むのと、高級軍人が名乗ったのはほぼ同時だった。


「国防総省のトラウトマン大佐だ。初めまして、グッドスピード二曹」


 トラウトマンから差し出された手を、ジェイスはしっかりと握った。


「どうも」


 ジェイスは挨拶を返しつつ、さりげなく観察眼を働かせる。

 大佐なのは先程も確認した通りであるが、国防総省から来たというのが彼の中で引っかかっていた。

 徽章や勲章などを見るに、二次大戦で前線を経験し、その後の朝鮮戦争にも参加した優秀な士官であるらしい。何処ぞの基地に収まって尻で椅子を磨かずに、国防総省に勤めているあたりお勉強も出来るのだろうと分析する。

 そこまで来れば、軍人と表すよりも役人と表したほうが近い。

 そんな人物が、わざわざ基地に来るあたり何か面倒臭いことを持ち込んできたのだろうとジェイスは推察した。

 人間、立場が上の者が苦労しているのを察すると、なんとなく申し訳なくなってくるものだ。

 その心理につけこみ、上の者は面倒臭い案件を振ってくるものである。


「まぁ、立ち話もナンだ。掛けたまえ」

「失礼します」


 ジェイスはダッチの隣に座る。


「ダッチ大佐から、ここの憲兵隊でいっとう優秀な憲兵隊員は誰かを訊ねたら、君を紹介されてね。確かに、良い顔をしている」

「大佐殿にそう言っていただき、恐縮です」

「しかも、二年前にフォート・カーソン基地で起きた武器横流し事件、解決したのは君だそうじゃないか。マフィアと繋がってた不良集団に潜入捜査をして、不良集団だけでなくマフィアも検挙した」

「憲兵隊のバックアップあってこそです。私一人では、とても無理でした」

「勤務態度も良好、部下からの信頼も厚い。いやはや、憲兵隊員としても理想的だが、特殊部隊でもやっていけそうだ」


 わざとらしい誉め言葉の数々に、ジェイスは虫唾が走った。

 トラウトマンの目には自分がおだてられれば木にも登る豚に映っているのかと、嫌悪感を抱く。


「……失礼ですが、大佐殿。国防総省は、一介の憲兵隊員をおだてるのに佐官を派遣するほど暇なのでしょうか」


 前にも述べたように、軍隊においては上下関係が物を言う。

 二等軍曹からすれば、大佐は雲の上の存在だ。

 その気になれば、トラウトマンはジェイスをクビに出来るだけの力があり、ジェイスもそれを承知している。彼の発言はトラウトマンをその気にさせるかもしれないものであったが、言わずにはいられなかった。

 それはジェイスが憲兵という職に誇りを持ち、誇りに思っているからこそ薄っぺらいおべんちゃらで触れてほしくないというプロ意識から来るものであった。

 トラウトマンはしばらく黙ったまま、一世一代の買い物で品定めするかのような目でジェイスを見つめてから満足そうに笑った。


「なかなかどうして、骨のある男でしょう」


 今まで黙っていたダッチが自慢げに言う。


「まったくだ。良い部下を持って、羨ましい限りだ」


 紅茶を一口飲み、唇の滑りをよくしてからトラウトマンは続ける。


「グッドスピード二曹。バックアップと口にした以上は、君は軍隊が集団組織であることを理解しているらしい。軍隊に限らず、集団組織においては優秀無能をさておいて、イエスマンである方が出世するものだ。それでもって、上から下までイエスマンの組織はきっと、上手くいくだろう。内々での憂慮が無ければ、外からの脅威だけを気にしていればいいんだから。それにリソースを削減できる、その分、別のことにリソースを割けるから、他の組織よりも抜きんでることが出来るだろう」


 相槌代わりに、ジェイスは頷く。


「だが、果たしてはそれはいい組織と言えるだろうか、いや言えない。組織は目的のために動くものだ。上が勘違いして、目的を達成できない場合、もしくは目的そのものが良くない場合、イエスマンばかりでは組織は潰れてしまう。だからこそ、基本は従順でも、時に『NO』と言えて、それを従わせることが出来る人間が必要なのだ」

「合理的迎合の先にあるのは破滅のみであり、それを防ぐには異物が必要だと」


 ジェイスの端的なまとめにいたく感心したらしく、トラウトマンは軽く拍手をした。


「その通り。やはり優秀だ。ただのイエスマンなら適当な仕事を与えて帰っていたが、君にならこの仕事を任せていいだろう」


 そう言い、トラウトマンは自身の脇に置いてあったブリーフケースを開き、一枚のファイルを差し出す。


「グッドスピード二等軍曹。沖縄に行ってくれないか」

「沖縄……」


 トラウトマンの言葉をオウム返ししたジェイスはポーカーフェイスを装いながらも、心の中で個人的事情の予感が当たったことを、微妙な気持ちで受け止めていた。

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