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仇討の島  作者: タヌキ
18/28

裏取り

 現在、日本本土にてヤクザと呼称されるようなゴロツキの集まりは沖縄にも大小様々な組織があるが、代表的な組織は主に二つ。

 一つは、沖縄最大の組織「比嘉派」。

 リーダーは比嘉正夫。

 戦後直後。海上に浮かぶ廃船の屑鉄拾いや「戦果」で、金銭を獲得していたいくつかの愚連隊を、リーダーの比嘉がまとめることで出来た新興のヤクザ組織だ。

 ゴザの街を中心に、島北部を主な縄張りとしている。シノギは主に、武器の密輸と麻薬売買。

 リーダーの比嘉は若い頃に沖縄を出て九州で愚連隊をやっていたが、戦争の勃発により中国へ出征。そこでも兵隊やくざをやっていたが、終戦を機に沖縄に帰ってきた。つまるところ、昔取った杵柄でヤクザ組織を運営しているということだ。


 資料の翻訳を黙って聞いていたジェイスが、カズミに質問をする。


「『センカ』ってなんだ?」


 カズミは自身の手帳を出し、鉛筆で「戦果」と書いてみせた。


「これは日本語で『戦いで得た成果』という意味の熟語ですが、沖縄では『米軍基地へ侵入して物資を盗み出す』という意味を持ちます」

「ほう」

「更にその『戦果』で財を成したりした人のことを『戦果アギヤー』と呼ぶんです。『アギヤー』は沖縄の方言で『~を挙げた、~を成した』という意味です」

「なるほど。……にしても、基地に盗みに入るとは、大胆不敵というかなんというか」

「戦後は何処も物資不足ですから、こうでもしなければ生活が立ちいかなかったんでしょう」


 カズミの説明で納得したジェイスは、彼女に資料の続きの翻訳を頼んだ。


 もう一つのヤクザ組織は「潮見派」。

 リーダーは潮見健二。

 戦前から那覇の街の飲み屋を仕切っていた愚連隊が大元で、戦後、Aサインバーなどからみかじめを取って組織運営している。縄張りは那覇を中心とした南部だ。

 ちなみに、Aサインとは米国民政府が飲食店や風俗店に対して発行している許可証で、米軍兵士に食中毒や性病患者を出さないために有象無象の店を区別するために作られたものだ。

 Aサインバーとは、その許可を貰ったバーのことを指す。

 もっとも、それらは早期のうちに利権化し、Aサインの店でも食中毒や性病は当たり前であった。それどころか、Aサイン=「売春やって〼」の印みたいなものになってしまっている。

 そんな店からみかじめを取っているのでかなり儲かっているものの、南部へ勢力を広げつつある比嘉派と、現在進行形で抗争になっている。


 カズミの翻訳を聞き終えたジェイスは、小さく何度も頷いた。

 昨日の売人の証言。その裏が取れたからだ。


「この分じゃ、トーマス二曹を殺したのも比嘉派で間違いないだろう」

「ですね」


 煙草に火を点け、ジェイスは次の手を思案する。


「……これから、どうします?」

「そうだな……」


 煙を吐き出すと、脳内のまとまりのない単語群が意味のある文章へと変換される。ジェイスはそれを口にした。


「潮見派に行こう。不可侵条約を結ぶんだ」


 憲兵隊がヤクザに不可侵とは何事か。そう言われることを予想するも、カズミの察しは良かった。

「……二正面作戦をする必要はない、ってことですか」

「その通り。俺達が向こうへ手出しをしない代わりに、向こうも俺達へ手出しをしない。比嘉派との抗争も取りやめてもらう」

「異議なし」

「となれば、善は急げだ。潮見派のアジトに行こう」


 潮見派のアジトは資料に記されていたので、手帳にメモをしておく。

 受付に礼を言ってから、ジープに乗り込む。珍しい物を見る警官の視線を後頭部に受けながら、二人は走り出した。


 潮見派のアジトは首里城跡近くにあると、資料にはあった。

 三階建ての雑居ビルを一棟丸々アジトにしており、一階が事務所、二階が若い衆の住み込み部屋、三階がリーダーの自宅と記載されていた。

 ここでジェイスは、ふと流れる景色へ目を向ける。

 沖縄戦当時、首里城地下には日本軍の司令部があり一帯は激戦区と化した。

 自分が見た写真では、艦砲射撃で空いた穴に焼け焦げた立木が残るだけの荒れ地であったが、ここも国際通りのように今では住宅や商店が建ち並んで当時の面影はない。

 平和でのどかな景色が流れていく。住宅地だからか街行く人々は日本人ばかりだ。

 サイドミラーを見れば、子供達がジープの後ろを走って付いてきているのが写っている。

 追っているというよりは、動く駆けっこのゴール扱いのようだ。しかし、原動機には勝てず、しばらくしたところで踵を返しだした。

 カズミもそれを見ていたようで、愛おし気にクスリと笑う。


「昔を思い出すな」

「……昔?」

「はい。基地育ちだったので、小さい頃はあんな風にトラックとかジープを追いかけて遊んでたんです」


 眼鏡の奥の瞳が、遠い昔を見据えて細まる。


「へぇ……」


 ジェイスは幼少期を回想するカズミを羨ましく思えた。彼の幼少期は、思い出したくないことで詰まっているからだ。


「そうだ、ジェイスさんの小さい頃ってどんなでした?」


 カズミとしては気軽な雑談のつもりであったが、ジェイスからすればナイフを突きつけられたに等しい。


「えっと……」


 暑さのせいだけではない嫌な汗を額に滲ませ、回らない舌をなんとか動かそうとするジェイスであったが、言葉が出てこない。

 楽しい思い出が無い訳ではない。しかしながら、強烈な辛い思い出に上書きされてしまっている。

 訊ねた当初こそ楽しみにしていたカズミも、だんだんと心配の感情が上回っていく。


「ジェイス……さん?」


 何か言わなくては。その一心で口を開こうとしたジェイスであったが、そんな彼の耳に突如として聞き覚えのある音が飛び込んできた。

 顔を上げ、耳を澄ます。音はカズミの耳にも届いており、左手でハンドルを保持しながら右手を耳へ添えている。

 銃声は四種類あった。

 短機関銃と散弾銃、カービン、拳銃

 音は進行方向から聞えてきており、まただんだんと近づいてきている。

 それが何を意味するか。

 脳にまとわりつく嫌な記憶を振り切りながら、ジェイスはホルスターからGIコルトを抜いた。

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