沖縄の朝
習慣というのは素晴らしい物で、ジェイスはいつもと同じ時間に目が覚めた。
起き抜けの霞がかった目で部屋を見回し、彼は自分がどういう状況にあるかを思い出す。
沖縄に来て、優秀な女性憲兵に出会い、売人を脅した記憶が鮮明に浮かぶ。
ジェイスはトイレに行ったついでに顔を洗い、私服ではなく制服に袖を通す。ピストルベルトを巻くことも忘れない。
ホルスターのGIコルトを撫でて感触を確かめ、ジェイスは朝の準備を完了させた。
朝食を摂りに、食堂に向かおうとドアノブに手を掛けた瞬間。ドアが外側から開かれる。そこに立っていたのはカズミだ。彼女も私服ではなく、初対面の時と同じく髪をお団子にして制服を身に着けていた。
「あ、おはようございます。ジェイスさん」
「おはよう。どうしたんだい、朝早くに」
「今日の方針決めついでに、朝食でも一緒にどうかと思いまして」
断る理由も無いので、ジェイスはそれに首肯した。
二人は揃って、兵舎と司令部施設の間に建てられた食堂へ入る。食堂は学校の講堂を彷彿とさせる広さである。朝の点呼を終えた大勢の陸軍兵士達が、皿代わりの窪みのあるプラスチックプレートによそわれた飯にがっついていた。
コーンスープの匂いが漂っており、自然と食欲をそそられる。
二人はプレートとフォークとスプーンを取ると、配膳の列に並んだ。厨房で働くのは日本人スタッフだ。
メニューは生地にメープルを混ぜ込んだマフィンに、スパムエッグ、コーンスープにレタスとトマトのプチサラダだ。
それらを受け取り、空いてる席に向かい合う形で着く。
食事前のお祈りを済ませると、ジェイスは丁寧な手つきでサラダを口に運んだ。がっつけば消化不良を起こして腹持ちは良くなるものの、身体に余計な負担がかかってバテやすくなるし、眠くなりやすくなる。
時間が無い時ならまだしも、今は急ぐ時ではないのでしっかりと味わう。
もっとも、大量の食事をいっぺんに用意する都合上、効率性重視の調理となるので味はそれほどではない。調理と言っても、工場生産されたものを温める程度だ。
しかし、保存性重視で味は二の次三の次である野戦用レーションと比べれば雲泥の差ではあるが。
ジェイスがトマトを飲み込んだタイミングで、カズミが口を開く。
「それで、今日はどうしますか?」
本題である今日の方針決めを始める。
「とりあえず、昨日売人が話したことの裏付け捜査かな。あの様子だと口から出まかせとも思えないが、何分ヤクザを相手するのは初めてだから、念には念だ」
「なら、地元の警察署を訪ねてみるのがいいかもしれません。憲兵隊の資料には、ヤクザのことは記してないですし。地元のことは地元の人間に訊ねてみるのが、一番でしょう」
「だな。食べ終わったら、さっそく行こう」
「はい!」
元気よく返事をしたカズミは、大きく口を開けてマフィンを齧った。
琉球警察那覇警察署は、鉄筋コンクリート造の二階建てで警察署というよりは田舎の役場を彷彿とさせる佇まいである。
警備に立つ警察官は、腰に提げたコルト製の四十五口径リボルバー以外にも軍より提供されたM1カービンを手にしていた。
犯罪者が気軽に銃を手に出来る環境である以上、警察官の武装化は当然と言えるだろう。
ジェイスが警官に敬礼で挨拶をすると、カズミもそれに倣った。
当の警官達は米兵に敬礼されるとは思っていなかったようで、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして署内に入っていく二人を見送るしか出来なかった。
受付の警官は二人を目にし、露骨に面倒くさそうな顔をする。ジェイスはその顔を見なかったことにして、ヤクザに関しての資料を読ませてほしいと頼んだ。
そうして、対応は担当部署へ引き継がれる。だが、現在は抗争の真っ最中ということで詳しい話は聞けず、資料の閲覧だけが許可される。
ジェイスはそれを聞いて厄介払いかと思ったが、資料室に通される際に刑事達のオフィスを覗き見してそれが嘘ではないことが分かった。
何処のオフィスもてんやわんやであった。交通課ですら、米軍の扱いに苦慮している。
彼は一抹の申し訳なさを覚えたが、どうにも出来ないという現実も彼は理解していた。一憲兵隊員の権限の範囲を越している。
「どうかしました?」
「……いや、なんでも」
資料室は、紫外線による資料の劣化を防ぐために窓の無い造りになっていた。通風孔が一つあるだけで、空調の類は何もない。そのせいか空気が湿気ている。当然、湿気やそれによるカビも紙類には大敵であるが、それを防ぐ空調を導入する余裕が琉球警察にはないのだ。
警察の予算調整も、米国民政府の仕事である。
米軍施設内はほとんど使わない部屋にも空調を設置しているというのに。
「……どうしました? さっきから、変ですよ、ジェイスさん」
「大丈夫。なんでもない」
見てみたかった、恨みたかった沖縄と現実の沖縄。そのギャップをまざまざと見せつけられ、ジェイスの心情は複雑であった。
だが、憲兵隊としてのプロ意識で個人感情を押し殺し、目の前の資料に向かう。
もっとも、カズミに翻訳してもらいながらだが。




