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仇討の島  作者: タヌキ
15/25

プロの足と腕

 裏路地には麻薬中毒の兵士と、アロハシャツを着たまだ若い男がいた。

 二人は向かい合い、それぞれドル札と小袋を手にしている。突然の乱入者に驚き、慌ててそれぞれの持ち物をズボンのポケットへ押し込めるももう遅い。

 ジェイスとカズミは身分証を見せつけ、二人を睨む。


「憲兵隊だ!」

「大人しくしなさい!」


 兵士と若い男は、路地の反対側へ一斉に駆け出した。

 だが、兵士の方は臓腑を麻薬に侵されており二メートルも走らないうちに、へたり込んでしまう。

 服の上からでは分からなかったが、筋肉も相当落ちているようでカズミが取り押さえてもロクな抵抗が出来ない。

 成人しているとはいえ、男と女だ。普通は力など比べるでもないが、麻薬の恐ろしいところである。

 男の方は若く体力こそ有り余っているようだが、所詮は一般人。普段から鍛えている軍人には敵わず、呆気なく捕まり取り押さえられる。

 男は沖縄訛りの日本語で喚くも、ジェイスには通用しない。

 男を地面へ押し付けながら、ジェイスは片手で器用にポケットをまさぐり小袋を取り出した。

 小袋の中には、写真で見た覚醒剤まんまの錠剤が五粒入っている。


「ビンゴか」


 男もとい売人を引きずりながら、カズミの方へ向かう。彼女はバッグに手錠も入れていたようで、兵士の手は後ろに回っていた。

 兵士は涎を流しながら苦しそうに喘いでいたが、ふとジェイスが持つ小袋に目が行った途端、激しく興奮しだした。


「そ、それを、それをくれ! 頼む! お願いだ!」


 垂れた涎が糸を引き地面に落ち、真っ赤な目は卑屈に濡れている。

 乞食ですらもう少し品があるであろう様にカズミは哀れみ半分、軽蔑半分の眼差しを兵士へ向けた。

 この分では、ここで何かを問いただすことは難しいと判断したジェイスはカズミへ表へ行きタクシーを呼んでくるよう頼んだ。

 彼女は頷き表へ行くや、五分もしないうちに路地の入口にタクシーが停まった。

 ジェイスはダットサン・サニーの後部座席に兵士と売人を押し込み、自分も乗り込む。

 カズミは気を利かせて、助手席に座っていた。

 護送車扱いされるとは聞いていなかったようで運転手は不満を漏らしたが、料金とは別の二十ドルで黙らせる。


「キャンプ瑞慶覧へ」


 カズミが日本語で告げると、運転手は車を発進させた。会社に納めなくていい二十ドルで遊びに行きたいのか、せっかちな運転をする。

 キャンプに着くとジェイス達は警備隊の手を借りて、売人と中毒者の兵士をタクシーから引っ張り出した。

 混乱と禁断症状で発狂した兵士を営倉へ叩き込み、売人を取調室へ放り込む。

 引きつった笑みの売人と、ジェイスが向かい合う。


「おい」

「アイ キャン ノット スピーク イングリッシュ」


 売人が発するガタガタの英語は、ジェイスの神経を逆撫でする。


「英語喋れないで、米兵相手にどう商売するんだ」


 ジェイスの指摘にぐうの音も出ない売人。一周回って滑稽ですらあるやり取りを、カズミは淡々とタイプライターのキーを叩いて記録した。


「それじゃあまずは、自己紹介から始めようか」


 ジェイスはそう言って懐から煙草のハードパッケージを取り出し、開けて一本咥えた。ジッポーの炎越しに、彼は売人を見据えた。


 売人は那覇の人間ではなかった。産まれは知らないが、育ちはずっとコザ(現・沖縄市)だと言う。

 年はなんと、十六であった。

 母親はキャバレーのホステスで、父親は何処の誰とも知らないらしい。事実上の育児放棄状態であり、故に彼は幼少の頃から非行に走っていた。

 学校には行かず、数人の仲間と共に米兵相手にスリやカッパライを働き、去年からはゴザを縄張りとするヤクザ組織「比嘉派」の面倒になっていたと語る。

 余談であるが、何故ヤクザなのに「組」や「一家」や「会」ではなく「派」なのかというと、沖縄は離島で本土の文化が流入しにくく、本土のヤクザが掲げる任侠やそこから来る義兄弟等の概念が存在しない。組織運営のノウハウや、上下関係による秩序の形成もままならないただのごろつき達の集まりという面が強いからである。

 そういう意味では、ヤクザというよりも現代の半グレの方が組織形態は近い。

 なので、組織の秩序もクソも無く凶暴化しやすい。凶器が手に入りやすい環境なら尚更だ。

 もっとも、売人は正式にヤクザの構成員となっている訳ではなく、ヤクザの下働きだ。

 飲み屋の支払いを渋る奴を殴りに行ったり、みかじめ料を回収しに行ったりと文字通りのガキの使いである。

 報酬もまさにガキの小遣い程度で、アイスクリームとコーラを買ったらそっこうで消えてしまう。

 おまけに、ヤクザ達が己らに接する態度も不遜であり、腹に据えかねるものがあった。

 それらの待遇から脱しようと、知り合いの売人の麻薬をくすねてトーマスの件で売人が消えている繁華街に繰り出し、金を作ってヤクザ幹部に取り入ろうと売人は考え実行に移したのである。


「――それで、俺達に捕まった訳か」


 タイプが叩かれる音が途切れると同時に、ジェイスは四本目の煙草を灰皿へ押し付けた。

 カズミは眼鏡を直すと手を組み、掌を天井に向けて腕を伸ばす。ほぼ休みなくタイプを叩き続けていたので、彼女の肩回りはすっかり凝ってしまった。

 だが、取調べはまだ終わっていない。カズミはすぐにまたキーへ指を添えた。

 それを横目に確認してから、ジェイスは売人に問いかけた。


「じゃあ聞くが、他の売人達は何処から麻薬を仕入れている? 全員が、誰かから麻薬をくすねてる訳じゃないだろう」

「そ、それは……」


 目を逸らして、口ごもる売人。身の上話やヤクザへの不満はベラベラと喋っていたのにである。

 その態度からして、知らない訳ではないのはすぐに分かる。若く愚かでも、憲兵相手に話してはならないことは理解しているようだ。

 五本目の煙草に火を点けたジェイスは、煙を自身と売人を隔てる机に吐き出した。


「……喋らない気か」

「……………………」


 売人は完全に石となってしまう。黙っていれば、何も漏らすことはない。選択としては間違ってはいない。しかしながら、売人の前にいるのはその選択をした人間を何人も相手取ってきたベテラン憲兵だ。

 ジェイスは煙を吐き、灰を落としながら売人にじっくりと圧力を掛けていく。


「そうか分かった。じゃあ、帰してやる。君の街まで、憲兵隊のジープで送ってあげよう」


 売人の顔がパッと輝き、カズミが「えっ!」と声を挙げてジェイスの方を見る。彼女の顔には、信じられないと書いてあるようだ。

 それぞれの反応を無視して、ジェイスは幾分か声のトーンを落として続ける。


「……けど、君の仲間はどう思うかな?」

「え?」

「自分の仲間が、憲兵隊のジープに乗っかって帰ってきた。どんな馬鹿でも、君が何かヘマをして捕まったと想像が付くだろう。現にそうだしな」

「………………」

「それで、何があったか聞くだろう。どんなことを喋ったかもな」


 ここでカズミはジェイスの意図を察し、肩の力を抜いた。


「君が誤魔化しても、俺が君を下ろす際に『もう麻薬なんて売るなよ』なんて叫んでやれば、仲間は麻薬絡みだと思うだろう。君はともかく、俺達憲兵が嘘を付く理由はない。そもそも間違って無いしね」


 売人はまだジェイスが何を言いたいのか理解していないようだったが、次の言葉を聞いて完全に理解する。


「憲兵隊に自分達のことを話していないと言っても、信じてはくれないだろう。君は信頼を失うことになる」


 途端に、売人の顔が真っ青になる。

 真偽のほどはともかく、大勢がある者を怪しいと思えばその者が「咎人」になるのは魔女狩りを始め歴史が証明している。


「尋問というなの拷問……いや、リンチの末に殺されるのがオチだろうね。君の仲間は、もしかすると君を憲兵隊のスパイだと思い込むかもしれない。スパイを生かしておく意味が、果たしてあるかな?」


 自身がリンチされる様を想像でもしたか、売人は恐怖に震え出した。


「全部話して俺達に保護されるか、ヤクザ連中庇って殺されるか。俺としてはどちらでもいい。選ぶのは、君だ。さぁ、どっちがいい?」


 そう尋ねるジェイスの眼は、鋭く研がれた銃剣の如き輝きを放っていた。

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