夜の街
ジェイスとカズミは並んで、国際通りを歩いた。
通りは全長一マイル(約1.6キロ)と短いが、その両脇には商店や娯楽施設がひしめき合っている。
レストラン、土産物屋、ブティック、床屋、映画館、エトセトラ。
ここは沖縄の中でもいち早く復興した地域であり、焼け野原から雨後の筍よろしく建物が建っていく様から奇跡の一マイルとも呼ばれている。
しかし、ジェイスは目の前の光景ではなく、かつてこの地で繰り広げられた争いを見ようとしていた。
沖縄戦当時、日本軍は本島北部での作戦失敗を受けて、各地で籠城による遅滞戦術を行いながら南部へ撤退していた。
それなりの戦果を挙げはしたものの戦況を変えることは叶わず、米軍の物量に押され、文字通りの背水の陣まで追い詰められる。
故に、ここ那覇は激戦地と化した。
艦砲弾が炸裂し、機関銃弾が飛び交い、塹壕を形成する土とコンクリートを削り取る。
弾が尽きても銃剣で突撃してくる兵士。
友軍の血を敵軍の血で拭う。
そんな戦いが行われたはずなのに、ジェイスには見えてこなかった。
彼の目に映るのは、並ぶビルディングに煌びやかなネオンサイン、仲良く歩くアメリカ人の一家に、ショーウィンドウに置かれた綺麗なドレス。
彼が真に知りたかった沖縄は、そこにはない。アメリカ一色に染められ、当時の面影は欠片も無い。
職務を忘れ、足取りも少し怪しくなるジェイスをカズミが引き留める。
「――さん? ジェイスさん?」
我に返り、カズミの方を見る。彼女は不思議そうな顔でジェイスを見つめている。
「もう、通りも終わりですよ」
「あっ……」
いつの間にか、1.6キロの道のりを歩いていたようだ。
「気分でも悪いんですか?」
「ああ、いや。少し考え事をね」
そう言って誤魔化し、ジェイスは来た道を振り返った。目に映るのは、やはり賑わう繁華街だ。
悔しいような、後ろ髪を引かれるような気持ちを抱えながらも、仕事の方に脳内を切り替える。
「……よし、じゃあ本番、行きますか」
腰のホルスターをジャケットの上から撫でながら、言った。
トーマスが撃たれた場所は、飲み屋街のど真ん中であった。
煌びやか、というよりも淫蕩な輝きを放つネオンが乱立する中。スナックと路面に刻み込まれた弾痕が、そこで銃撃があったことを静かに示している。
しかし、街行く人はそこに目もくれず、酒や女に夢中だ。
地元警察か憲兵隊が始末したのか、血痕は残っていないので派手な現場ではないものの遠目からでも目立つ。
一瞥ぐらいしてもよさそうなものだが、誰も気にしていない。銃社会のアメリカですらこうはいかないだろうと、ジェイスは思う。
(この町は、いったいどうなってんだ?)
そう心の中で呟いていると、後ろから人が近づいて来る気配をふと感じ取った。
振り返ると、そこにいたのは泥酔した三人の中年兵士だった。縫い付けられた所属表は、海兵隊の物だ。
「こんらところで、何してるんら?」
兵士の一人が口を開くと、アルコールの臭いが鼻を刺す。呂律も回っていない。
「ナニでもしゃぶらせようとしてたんじゃないら?」
別の兵士がそう言うと、残る二人が馬鹿笑いをする。下品な態度に、カズミは盛大に眉を顰める。
だが、ジェイスの方は顔色一つ変えずにトーマスの件を訊ねてみた。あくまでも、何も知らないフリをしてだ。
「これ、弾丸が当たった痕ですよね。何か、あったんですか?」
兵士達は一瞬怪訝な顔をしたが、アルコールでまともな思考能力を失っているらしくすぐにだらしのない顔に戻る。
「クソ忌々しい憲兵が一人、ぶっ殺されたんだよ。蜂の巣にされてな、ざまあねぇぜ」
「物騒ですね」
「ハッ! おおかた、ヤクザに余計なちょっかいでも出したんだろ」
ジェイスの耳がピクリと動く。気になる発言であったが、発言した当の本人の興味はカズミの方へ移っていた。
「なぁ、ネエちゃん、こんなダサいヤツ放って、俺達と遊ぼうぜぇ」
兵士の一人がカズミの手を掴むも、彼女はすぐさま振り払う。
「やめてください!」
瞳には怯え、顔には嫌悪の色が強く表れていた。しかも、拳銃が入っているハンドバッグへ手を掛けている。
このままではマズいと、ジェイスが割って入る。
「悪いが、彼女は俺のツレだ。やめてくれ」
三人の兵士はきょとんとし、顔を見合わせたかと思えば、また爆笑しだした。
「おい、とっぽいニイちゃんよ。格好つけるのは構わねぇが、相手見て付けろよ」
数の利があるからか、随分と余裕そうだ。
「ああ、そうられ。さっきも言ったかもしれねぇが、人が撃ち殺されるなんら、珍しいころじゃねぇんら」
「……へぇ」
「そうだ。こんな風にな!」
最初に下品な冗談を抜かした兵士が、腰の後ろから一丁の拳銃を抜いた。
カズミの顔が青白く染まる。
拳銃はS&Wのモデル36。銃身が二インチの、スナブノーズと呼ばれる種類だ。カズミが持つM10より一回り小さいフレームで造られたリボルバーで、口径こそ同じ三十八口径だが、装弾数は一発少ない五発である。
小さい故に護身用には最適であり、おおかた兵士が私物でベトナムに持ち込み、そのまま沖縄まで持ってきた具合だとジェイスは判断した。
「へっ、ビビっちまって声も出ねぇか?」
兵士は挑発の言葉を口にするが、ジェイスは意に介さない。彼の視線は、兵士ではなく拳銃の撃鉄に注がれていた。
撃鉄は寝ていた。M36はダブルアクション、つまり撃鉄を起こさずとも引き金さえ引けば発砲出来るので問題はない。
だが、M36はリボルバーである。
ジェイスは蓮根状の弾倉を包むように掴んだかと思えば、自身の胸、それも丁度心臓の位置に押し付けた。
「ジェイスさん!」
カズミが叫び、バッグの中へ手を突っ込むも彼はそれを目で制した。そして言い放つ。
「酔ってるみたいだからな。狙いが外れないようにしてやるよ」
拳銃を突き付けている兵士は呆気に取られた顔をしたが、すぐに憤怒の表情が浮かんでくる。
「……このガキ! 俺が撃てねぇと思ってんのか!」
彼はジェイスが自身を馬鹿にしたと思っているようだ。
「ヘヘヘ、俺はな、ベトナムで何人もベトコンの野郎共をぶっ殺してんだ。中には、若い女やガキだっていたんだぜ。今更、テメェ一人増えたって――」
「御託はいい。さっさと撃て」
挑発を受け、怒りから赤を通り越して真っ白になった兵士は引き金を引いた。




