男は度胸、女は愛嬌?
ジョンソンの執務室を出たジェイスとカズミは、その足で憲兵隊のオフィスへと向かう。
「……ジェイスさんって、凄い度胸ですね」
カズミは驚きと尊敬混じりの目で、ジェイスを見ていた。
彼女の顔には、まだ血の気が戻っていない。
後ろで見ていただけの彼女でこの有様なのに、事の張本人であるジェイスは平然としている。
「この稼業は、舐められたら終わりだからね。場合によっては、自分よりも階級の高い人間を捜査しなければならない。その時に舐められたら、仕事が成り立たない。階級が高い奴等は悪いことし放題だ。そうならない、そうさせないためには舐められない姿勢が肝心になる。これは、普通の悪人に対しても言えることだけど」
これもまた事もなげに言ってのけるジェイス。
「アンタッチャブルであれ、ということですか」
少し楽しそうにカズミは言った。
憲兵隊のオフィスには、ほとんど隊員がおらずガランとしていた。いるのは、大量の書類と格闘している女性隊員だけだ。
男性隊員は、パトロールなど目先の治安維持に忙殺されている。身から出た錆を落とすのに必死なせいで、根本的な解決は行えない。
本来であれば長期的な捜査など行う余裕は無いのだが、別件の捜査をしていたトーマスを国防総省命令で無理やり引き抜き、書類と格闘していたカズミと抱き合わせにして今回のチームが作られることになったのだ。
もっとも、今回の件でトーマスが死んだので、ただいたずらに憲兵隊の能力を削いだだけになっている。
カズミは空いている会議室へとジェイスを案内した。
長机と移動式の黒板と、如何にも捜査の拠点となる設備が整っている。更に言えば、沖縄滞在中、ジェイスはここで寝泊まりすることになっているのでそう言う意味でも拠点だ。
野営用の折りたたみベッドの隣に置かれていたジュラルミンケースを、カズミが長机の上へ置く。
「これが、ジェイスさんの装備です」
「ありがとう」
ジェイスはさっそく、ケースを開いた。
中には憲兵隊の制服と、ホルスターや手錠入れなどが取り付けられたピストルベルトなどの装備類が几帳面に詰められている。
たった二日着てないだけなのに、ジェイスは制服や装備類に対して懐かしさを覚えていた。異国にいるという状況も、その気持ちを助けている。
しかし、その気持ちがありながら彼が真っ先に手に取ったのは、装備類の中でもひときわ存在感を放つ拳銃であった。
それは、四十五口径拳銃の代名詞とも言えるコルト社製、M1911A1。通称、GIコルトだ。
ジェイスが憲兵隊に入って以来、使い続けている個体であり官給品故に特別な改造はしていないが、文字通りの愛銃である。
自分のGIコルトを手にし、ジェイスはようやく人心地付いた気がした。
銃に囲まれるよう生活している男が、二日間だけとはいえ銃を手に出来なかったのだ。大袈裟かもしれないが、彼からすれば失った自分の半身をようやく取り戻せたようなものだ。
黙って銃を見つめるジェイスを前に、カズミが少し戸惑いながら訊ねた。
「着替えないんですか?」
「ん? ああ……」
一瞬とはいえカズミがいることを忘れていたジェイスだが、しっかりと仕事のことも考えていた。
「着替えたいところだけど、ちょっと考えてることがあってね」
「と、いうと?」
ピストルベルトからホルスターを外しつつ、ジェイスは話し続ける。
「どのみち、俺達は麻薬の元締めを探さなければならない。それには、トーマス二曹がやったのとと同じように聞き込みが手っ取り早い」
「それは私も同意見ですが、それではトーマス二曹の二の舞を演じることになるのではないですか?」
「そこだ。これは……俺の勝手な予想だけど、トーマス二曹は憲兵隊の格好まんまで聞き込みしまくってたんじゃないか」
怪訝な顔をしながらも、カズミは頷く。
「はい。憲兵隊として捜査している訳ですから、制服を着ているのは当たり前です」
「そうだ。憲兵隊は制服を着てて、当たり前だ。だが、逆に考えてみてほしい。カズミが麻薬の売人だったとして、憲兵隊の格好した奴が自分のことを聞き込みして回っていると知ったらどう思う?」
「……怖いですね。捕まるかもしれないですし」
「その通り。じゃあ、その恐怖を取り除くにはどうすればいい」
「それは、その憲兵隊員を何らかの方法で排除する……あっ!」
カズミの中で合点がいったらしく、顔の前で手を叩き合わせる。
「聞き込みの真っ最中と、真相への踏み込み具合が浅かったのにも関わらず二曹が撃たれたのは、そういうことだろう。だから、俺達の聞き込みは私服で行う」
「ですが、私服でも聞き込みをすれば、私達が憲兵隊員だと分かってしまうのではないですか?」
カズミの指摘はもっともだ。だが、ジェイスも伊達に十年以上憲兵をやっていない。
「まさか、憲兵隊員として売人を探すんじゃない。麻薬を買おうとしている客を装って、探すのさ。これなら私服でも、聞き込みをして不自然ではない」
「なるほど。確かに、それなら怪しまれずに済みますね」
「ああ、ただの私服でもことは足りるが、夜の歓楽街で麻薬を探す奴を装うんだ。見合った格好をしなきゃならん。……そうだな、娼婦とその客でどうかな」
中毒者の一部は、覚醒剤による興奮作用を媚薬代わりに行為を行うという話を小耳に挟んだことがあり、下心無しでジェイスはそう口にした。
だが、カズミの反応は彼の想像を超えた。
「嫌です!」
大声で発せられる拒絶の言葉までは想像の範疇であったが、俯いて両方の二の腕を握り締め、ガタガタと震えている。浮かべる表情は、何かに怯えているのが見て取れた。
ジェイス自身がそうであるが故、彼女のトラウマへ不用心にも触ってしまったことを察した。
「すまない! その……そうだ! アベック! アベックでどうかな? うん、こっちの方がいいだろう。玄人がそういうことを知らないってのも不自然だしな」
ジェイスの慌てようを見て、カズミも我に返る。
「ご、ごめんなさい……取り乱して、しまって……」
「いや、こちらこそ。今更だけど、嫁入りの女性に、娼婦ってのは失礼だったな」
「だ、大丈夫です。ジェイスさんに悪気が無いのは、分かってますから」
カズミは笑ってみせたが、その笑みは何処か痛々しかった。




