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仇討の島  作者: タヌキ
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いつもの出勤

初めての二重投稿……

1970年7月1日

アメリカ合衆国テキサス州

米陸軍フォートフッド駐屯地


 米陸軍第3軍団司令部が置かれているこの駐屯地は、約七万ヘクタールもの広大な敷地を持つ。

 その広大な敷地のやや左上寄りに司令部の建物があり、その前にはここで働く兵士やスタッフの為の駐車場がこれまた広がっていた。

 駐車場の一角。内心で定位置と定めているスペースへ、紺のフォード・Fシリーズを停めた男がいた。

 男の名を、ジェイス・グッドスピード。

 ダークブラウンの髪を短く刈り込み、控えめに鍛えられた肉体を軍服で包んでいる。

 歳の具合は31、階級は二等軍曹。

 所属は憲兵隊だ。

 司令部に入ったジェイスは人とすれ違う度、仏頂面ながら生真面目に挨拶をしていった。それは若い兵士でも売店のおばちゃん相手でも変わらない。

 憲兵隊オフィスに入ってもその態度は崩さず、気さくに挨拶をしてくる同僚にも生真面目な挨拶を返す。

 同僚達はジェイスの性格を知っているので、そんな堅物な挨拶に眉をひそめることはない。

 デスクに鞄を置き、その足で彼はコーヒーを淹れに行く。

 軍団のロゴマークがプリントされたマグカップに、安物の豆を焙煎した酸味が強いコーヒーを注ぎ入れる。

 彼はコーヒーメーカーの横にある、粉ミルクの瓶を開け、スプーン二杯分を溶かし込んだ。

 更にスティックシュガーを一本分入れて、仕上げとする。

 デスクに戻ったジェイスはコーヒーを一口啜ってから、積み上げられた報告書や陳情書、密告状にザッと目を通す。

 憲兵隊とは、端的に言えば軍の中の警察である。

 軍と言う存在、活動の異質性、独自性によってときたま一般人からするとあり得ないような事が起きる。

 例えば、上官が部下を殴り飛ばし、部下がそのことに礼を述べるというようなことだ。

 一般社会において暴力行為は基本的に忌避されるものであるが、軍隊ではそれがまかり通る場合がある。

 軍において上下関係と命令は絶対であり、命令においては自由意思を挟む余地は基本的に与えられない。平時ならまだしもこれが有事となれば、自由意思によって下手すれば何十・何百と死ぬこともある。

 そのため、上下関係と命令を蔑ろにする者を出す訳にはいかないのだ。

 だからこそ上官は部下延いては軍全体のために、部下を殴り、それを再確認させ部下に礼と言う形で再試行させるのである。

 しかしながら、中には上下関係の本質を履き違えた者や、本質を理解しながらも己の持て余した暴力性の発散の為に暴力を振るう愚か者もいる。

 憲兵隊の仕事はそのような者達を探し、裁きの場へ引きずり出すことだ。

 無論、このような軍隊独自の事件だけでなく、兵士が行った軽・重問わない犯罪行為の捜査も行う。

 なので憲兵隊員は、軍隊内の倫理観と一般社会の倫理観両方を兼ね備え、その両方から状況を吟味して最良かつ最善の判断を下さねばならない。

 少なくとも、ジェイスはそう思い、そう行動してきた。

 更に言えば、軍隊はイングランドの政治哲学者トマス・ホッブズの社会契約説によれば、国民の代わりに国家の為に武装することを許された組織であり、国家の意思に基づいて動く暴力装置だ。

 故に、軍隊は微かな身じろぎをするだけでも、国家と言う強大な存在に損益双方から多大なる影響を及ぼすこととなる。先程述べた上下関係の厳しさも、ここから来ている。

 そんな組織の治安機構として動く以上は、憲兵隊全体から一憲兵隊員にも究極の理性が求められるとも、ジェイスは考えていた。

 もっとも、彼は究極の理性を、言葉でこそ表現できても、本質や定義を全く定められていなかった。なので、仮として一般的な理性の定義を当てはめて骨組みとして、本質を人生においての哲学として詰めることにしている。

 このようなプロ意識から黙々と仕事をするジェイスだったが、不意に彼のデスクの電話が鳴った。

 電話は一度交換台を経てから個々の電話機に繋がれるので、電話を掛けてきた相手はジェイス宛に何か話があるということになる。


「はい、グッドスピード二曹です」

『グッドスピード君、私だ』


 掛けてきたのは、ジェイスの上司にして第三軍団憲兵隊隊長、ダッチ大佐であった。


「大佐でしたか。どのようなご用件でしょうか」

『ああまぁ、そのなんだ。今、手は空いているかね』


 歯切れの悪さに一抹の不安を覚えながらも、ジェイスは正直に答える。


「一応。急ぎの案件はありませんが」

『……そうか』


 これまた残念そうな声に、ジェイスの不安が加速する。

 実は大佐から何か頼まれていたものの自分がすっかり忘れてしまい、大佐は進捗を確認しに電話したのではないか。そして、自分が忘れたことに落胆しているのではないか。

 気を落ち着けるためにコーヒーを一口飲んでから、ジェイスは沈黙している電話口へ問う。


「あの……私、何か大佐に頼まれている案件があったりしましたか?」


 すると大佐の苦笑がスピーカーから漏れてきた。


『いや、二曹。君に粗相や間違いがあって、電話した訳じゃない。ちょっと、出張を頼みたくてね』

「そうでしたか。私は構いませんが」

『二曹、そう言ってくれるのはありがたいが、事は少々複雑でね。電話口で言うのも憚られるんだ』

「はぁ」

『だから、隊長室まで来てくれないかね』

「分かりました。すぐに行きます」

『無理に急がなくても構わないから。そちらの仕事が片付いてからでいい』

「そうですか? ですが、先程も言ったように今、急ぎの案件はないのですぐにそちらへ伺います」

『……分かった。では、待ってるよ二曹』


 ジェイスとダッチの仲はかなり深い。

 それこそ、ジェイスが十年前に憲兵隊に配属してからの付き合いだ。

 ジェイスは軍人として憲兵隊員としてダッチを尊敬しており、ダッチもジェイスが抱える個人的問題を知りながらも、彼を信頼して、重要な案件を任せたりしてきた。

 そして、その信頼を感じ取ったジェイスは、期待に応えるべく今まで頑張ってきた。

 理想的な上下関係と呼べるだろうが、そんな中でダッチがあまり乗り気ではない案件とは一体何か。

 マグカップのコーヒーを一息に飲み干しながら、ジェイスは考える。

 その案件は、もしかしたら己の個人的問題に絡むものではないかと。

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