第64話 「評価」
その日は、朝から慌ただしかった。
「佐倉さん、すみません。ちょっと来てもらえますか」
係長の声に呼ばれ、美桜は一瞬だけ背筋を伸ばす。
以前なら、理由を考えて胸がざわついていた。
――何か、ミスをしただろうか。
――迷惑をかけていないだろうか。
けれど今日は、不思議と足が重くならなかった。
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小さな会議室には、課長と係長、そしてもう一人、見慣れない男性がいた。
「佐倉さん、こちらは都市計画課の○○さんです」
「はじめまして」
丁寧に頭を下げると、相手も穏やかに笑った。
「前回の窓口対応がとても良かったと、何件かお声をいただいてまして」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
「……私、ですか?」
「はい。名指しで」
名指し。
その言葉が、ゆっくりと胸に落ちてくる。
「説明が分かりやすい」
「質問しやすかった」
「安心できた」
淡々と読み上げられる評価の一つ一つが、美桜の中で、静かに積み重なっていく。
派手さはない。
ドラマチックでもない。
けれど――
確かに、“仕事の評価”だった。
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「今後、若手の窓口研修を手伝ってもらえないかという話が出ています」
係長の言葉に、美桜は息をのんだ。
教える側。
自分が?
「急な話なので、すぐに返事はいりません。ただ――」
課長が、少しだけ声を和らげる。
「佐倉さんは、もっと前に出てもいい」
その一言が、思っていた以上に、胸に響いた。
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午後の窓口。
「佐倉さん、こんにちは」
常連の高齢女性が、柔らかく声をかけてくる。
「この前、助けてもらったから」
名前で呼ばれる。
それが、当たり前のように。
「ありがとうございます」
自然に返事をしながら、美桜は思う。
――私、ちゃんとここにいる。
誰かの代わりでも、
偶然の産物でもない。
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その日の帰り道。
ショーウィンドウに映る自分を、ふと見た。
髪は、少し風で揺れている。
完璧ではない。
それでも、以前のような不安はなかった。
崩れても、戻せる。
戻せなくても、話せる。
それを、もう知っている。
美桜は、胸元で小さく拳を握った。
――次は。
誰かに与えられた変化じゃなく、自分で選ぶ番だ。
その決意を、遠くの美容室は、まだ知らない。




