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『髪を変えたら、人生が追いついてきた件。 〜どんな絶望も似合う髪にしてみせます〜』社会人編  作者: talina
カルテ⑩市役所職員

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第60話 「別人のようで、同じ人」

 ――あれ?


 総務課の男性職員は、窓口前で足を止めた。


 そこに立っているのは、佐倉美桜のはずだった。


 名前も、制服も、立ち位置も、間違いない。


 なのに。


 「……こんな人、だったか?」


 頭の中で、違和感が膨らむ。


 派手な服装じゃない。

 化粧も控えめ。

 声も、特別甘いわけじゃない。


 それでも。


 視線が、自然と、彼女に戻ってしまう。


 理由が、分からない。


 窓口の順番が来る。


「お願いします」


 声をかけると、佐倉美桜が顔を上げた。


「はい」


 目が合った瞬間、胸が、微かにざわつく。


 近い。


 距離じゃない。


 存在感が、以前より、近い。


 書類を渡す。


 説明を聞く。


 内容は、頭に入る。


 なのに。


 「……聞きやすい」


 思わず、口から漏れた。


「え?」


「いや、その……説明が」


 美桜は、少しだけ、首を傾げる。


 その仕草に、妙な色気があった。


 ――いや、違う。


 色気というより。


 “雑音がない”。


 そう表現する方が、近い。


 対応が終わる。


「ありがとうございました」


 その一言に、きちんと、心が反応する。


 窓口を離れてからも、彼は、何度か振り返った。


 周囲の職員も、同じだった。


「佐倉さん、また、雰囲気違いません?」


「分かる。なんか、見ちゃう」


 小声のやり取り。


 悪意はない。

 噂でもない。


 ただ、戸惑い。


 昼休み。


 食堂の窓際で、数人の男性職員が話している。


「あの窓口の佐倉さんさ」


「前から、あんなだった?」


「いや……正直、印象薄かった」


「それがさ、今日、めちゃくちゃ“ちゃんとしてる人”に見える」


 誰も、「可愛くなった」とは言わない。


 言えない。


 そんな単純な言葉じゃ、説明できなかった。


 一方。


 佐倉美桜自身は、その変化を、はっきりとは自覚していた。


 ただ。


 窓口で、人が、落ち着いて話す。


 視線が、逸れない。


 話が、途中で遮られない。


 それだけだ。


 定時。


 建物を出ると、空気が少し、軽い。


 駅へ向かう途中、二人組の男性とすれ違う。


 一瞬、声が止まる。


「……あ」


 気づかれた。


 振り返られる。


 でも、声はかからない。


 ただ、目で追われる。


 ――何が、起きてるんだろう。


 美桜は、胸の奥に、小さな不安と、小さな期待が混じるのを感じた。


 家に着き、鏡を見る。


 やはり、自分だ。


 でも。


 “戻れない”気がした。


 悪い意味じゃない。


 もう、雑に扱われていた頃の自分に、完全には、戻れない。


 スマートフォンが震える。


 美容室からの、次回提案。


 日時だけが、表示されている。


 美桜は、少しだけ迷ってから、承認した。


 理由は、分からない。


 でも。


 この変化の正体を、確かめたい。


 そう思ったのは、確かだった。

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