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『髪を変えたら、人生が追いついてきた件。 〜どんな絶望も似合う髪にしてみせます〜』社会人編  作者: talina
カルテ⑩市役所職員

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第59話 「空気が変わる日」

 朝。


 駅のホームで、佐倉美桜は、自分が少しだけ注目されていることに気づいた。


 視線。


 露骨ではない。

 でも、確実に、一度こちらを見て、戻ってくる。


 ――気のせい?


 そう思って、スマートフォンに視線を落とす。


 ガラスに映る自分の横顔。


 派手じゃない。

 露出もない。

 いつもと同じ、市役所職員の服装。


 なのに。


 「整っている」


 という印象だけが、はっきりとある。


 市役所に着く。


 エレベーターの中で、同じフロアの男性職員と一緒になる。


 今まで、挨拶だけの関係だった。


「おはようございます」


「……おはようございます」


 一瞬、言葉に間があった。


 視線が、一度、美桜の顔に留まる。


「……雰囲気、変わりました?」


 その一言に、美桜の心臓が跳ねた。


「そう、ですか?」


「なんか、話しかけやすくなったというか」


 彼は、少し照れたように笑った。


 エレベーターが開く。


「じゃ、また」


 それだけ言って、去っていく。


 ――話しかけやすい。


 それは、彼に初めて言われた言葉だった。


 窓口。


 朝一番の来庁者は、子どもを連れた女性だった。


 書類の説明を始める。


 美桜は、ふと、気づく。


 相手が、最初から、こちらを“警戒していない”。


 声を荒げる気配も、探るような視線もない。


「……助かります」


 説明の途中で、女性が言った。


「こういうの、いつも緊張しちゃって」


「そうですよね」


 美桜は、自然に、微笑んでいた。


 ――意識していない。


 笑おうとしたわけじゃない。


 ただ、出た。


 対応が終わる。


「ありがとうございました」


 その言葉に、いつもより、温度があった。


 午前中だけで、同じ感覚が何度も続く。


 怒鳴られない。

 絡まれない。

 無理難題を押し付けられない。


 代わりに。


 相談される。

 打ち明けられる。

 安心した顔を向けられる。


 ――何かが、変わっている。


 昼休み。


 同僚が、隣に座ってきた。


「佐倉さん、今日特に、雰囲気いいですよね」


「……そうですか?」


「うん。なんか、余裕ある感じ」


 余裕。


 その言葉に、美桜は戸惑った。


 自分の中では、何も解決していない。


 仕事も、人生も。


 それでも。


 周囲には、そう見えている。


 帰り道。


 美容室の前で、足が止まる。


 今日は、予約はない。


 それでも、ガラス越しに中を見る。


 美容師は、別の客の髪を整えている。


 その客も、少し前かがみだった姿勢が、終わる頃には、自然と背筋が伸びている。


 ――髪だけじゃ、ない。


 美桜は、はっきりとそう思った。


 ここで起きているのは、ただの身だしなみ調整じゃない。


 “人の輪郭”そのものを、現実に引き戻している。


 家に帰り、鏡の前に立つ。


 自分を見る。


 別人ではない。

 でも、昨日までの自分とも違う。


「……大丈夫」


 小さく、声に出してみる。


 鏡の中の自分が、ちゃんと、こちらを見返してくる。


 それだけで、胸が、少しだけ熱くなった。


 ――これは、更なる選択の始まりだ。


 美桜は、そう直感していた。

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