表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『髪を変えたら、人生が追いついてきた件。 〜どんな絶望も似合う髪にしてみせます〜』社会人編  作者: talina
カルテ⑩市役所職員

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/70

第56話 「自分で、踏み出す」

 その朝、佐倉美桜は、少しだけ早く家を出た。


 理由は、特別なものではない。


 ただ――

 今日は、自分から動こう。

 そう思っただけだ。


 市役所の前に立つ。


 見慣れた建物。

 でも、昨日までとは、少し違って見える。


「……行こう」


 自分にだけ聞こえる声で、そう言って、自動ドアをくぐった。


 午前中の窓口。


 いつも通り、混んでいる。


 でも、美桜の視線は、列全体を見ていた。


 高齢者。

 若い夫婦。

 書類を何度も見返している人。


 ――この人、説明を聞く前から、不安そう。


 美桜は、自分の担当を越えて、一歩、前に出た。


「失礼します」


 近くの職員に、小さく声をかける。


「こちらの方、私が対応しますね」


「え?あ、はい」


 自然だった。


 誰も、止めなかった。


 高齢の男性は、戸惑った顔で美桜を見る。


「……私、何度も来てるんだけどね」


「大丈夫です」


 美桜は、書類を一度、全て揃えた。


「今日は、“完成させる日”にしましょう」


 その言葉に、男性の肩が、すっと下がった。


 説明は、丁寧に。


 でも、くどくならない。


 要点だけを、まっすぐに。


 結果。


「……ありがとう」


 男性は、何度も頭を下げた。


「やっと、分かったよ」


 その様子を、係長が、少し離れた場所から見ていた。


 昼前。


「佐倉さん」


「はい」


「今の対応、良かった」


 一言だけ。


 でも、それで十分だった。


 午後。


 美桜は、一つ、提案書を作った。


 窓口対応の、小さな改善案。


 待ち時間中に、「次にやること」を一枚で示す簡易案内。


 派手ではない。

 革命でもない。


 でも、来庁者の不安を減らすためのもの。


 終業前。


 係長の席に、自分から向かう。


「……あの、これ、見ていただけますか」


 係長は、一瞬驚いた顔をしてから、紙に目を落とした。


「……いいね」


 すぐに、そう言った。


「佐倉さん、前から、こんなこと考えてた?」


「……はい」


 正直に答える。


「でも、出していいのか、分からなくて」


 係長は、少しだけ笑った。


「出していい」


 その言葉が、胸に、深く残った。


 帰り道。


 空は、もう暗くなっていた。


 街灯の下、ガラスに映る自分を見る。


 変わった。


 確かに、変わった。


 でも、誰かに変えてもらっただけじゃない。


 自分で、踏み出した。


 それが、何より大きい。


 美桜は、ふと思い出す。


 あの美容室。


 鏡の前で、静かに微笑んでいたあの人。


「……ありがとう」


 小さく呟く。


 でも、まだ、会いに行くつもりはなかった。


 今は、前を見る。


 この足で、進む。


 佐倉美桜は、確かに、人生のハンドルを自分の手で握り始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ