表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『髪を変えたら、人生が追いついてきた件。 〜どんな絶望も似合う髪にしてみせます〜』社会人編  作者: talina
カルテ⑩市役所職員

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/70

第55話 「選ばれる、ではなく」

 その変化は、静かすぎるほど、自然に始まった。


「佐倉さん、今週の土曜、空いてますか?」


 声をかけてきたのは、総務課の男性職員だった。


 三十代前半。

 背は高くないが、清潔感がある。


 これまでは、挨拶程度の関係。


 美桜は、一瞬だけ、間を置いた。


「……どういうご用件ですか?」


 言葉は、柔らかい。


 でも、逃げ道を作らない聞き方。


「あ、いえ……もし良ければ、お茶でもと」


 周囲の空気が、微妙に張りつめる。


 数人の女性職員が、視線を投げてくるのが、分かった。


 美桜は、曖昧に笑わなかった。


「ありがとうございます」


 きちんと、一度受け止める。


「でも、今回は遠慮します」


 はっきり、断る。


「……そうですか」


 彼は、少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。


「失礼しました」


 その態度に、美桜は、小さく頭を下げた。


 それで終わり。


 引き留めない。

 言い訳しない。


 そのやり取りを、周囲は、息を詰めて見ていた。


 ――断られたのに、空気が、悪くならない。


 むしろ、少し整った。


 昼休み。


 女性職員の一人が、恐る恐る声をかけてくる。


「佐倉さん……さっきの、すごかったですね」


「……そうですか?」


「なんていうか……大人、って感じで」


 美桜は、少しだけ考えてから答えた。


「選ばれるのは、嬉しいです」


「でも」


 箸を置く。


「選ばれ続けると、自分が分からなくなる」


 その言葉に、相手は、はっとした顔をした。


「……なるほど」


 午後。


 窓口は、相変わらず混んでいた。


 でも、美桜は焦らない。


 一人ひとりと、ちゃんと向き合う。


 冗談を言うわけでもない。

 媚びるわけでもない。


 ただ、相手の言葉を、最初から信じている。それだけ。


「……あの」


 年配の男性が、書類を持ちながら言った。


「あなた、なんだか……話しやすいね」


「ありがとうございます」


「いい意味で、公務員らしくないよね」


 その一言に、美桜の胸が、少しだけ温かくなる。


 帰り道。


 夕焼けが、街を染めていた。


 ガラスに映る自分を、見つめる。


 髪は、今日も完璧だった。


 指を通すと、さらりと揺れる。


 でも。


 大切なのは、そこじゃない。


 自分が、自分を選べていること。


 それに気づいた瞬間、胸の奥が、静かに満たされた。


 美桜は、まだ知らない。


 この「選ぶ感覚」が、これから先、彼女の人生を大きく変えていくことを。


 そして。


 あの美容室で、もう一人、静かに彼女を見ている存在がいることを――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ