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『髪を変えたら、人生が追いついてきた件。 〜どんな絶望も似合う髪にしてみせます〜』社会人編  作者: talina
カルテ⑩市役所職員

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第54話 「名前が、ざわめきになる」

 市役所の自動ドアが開いた瞬間、空気が、はっきりと揺れた。


 ――来た。


 佐倉美桜は、それを、皮膚で感じた。


 ロビーにいた人たちの視線が、一斉に、音もなく集まる。


 ひそひそ声。

 小さな息を呑む音。


「……え?」


「ちょっと、あの人……」


「誰?」


「佐倉さん……だよね?」


 名前が、ざわめきとして広がっていく。


 美桜は、立ち止まらない。


 視線を避けず、背筋を伸ばして歩く。


 それだけで、“場”が整っていくのが分かる。


 窓口に立つと、明らかに異変が起きた。


 列が、自然に形成される。


 案内も、誘導もない。


 ただ、美桜の前に並びたい、という空気。


「次の方、どうぞ」


 声を出した瞬間、周囲が、少し静かになる。


 最初の来庁者は、中年の女性だった。


 書類を差し出しながら、一瞬、美桜の顔を見て、息を止める。


「……あの」


「はい」


「……お顔、変わりました?」


「いえ」


 即答。


 事実だから。


「……そうですか」


 女性は、なぜか、納得したように頷いた。


 説明は、いつも通り。


 言葉も、変えていない。


 なのに。


「分かりやすいです」

「安心しました」

「ありがとうございます」


 その言葉が、次々と落ちてくる。


 午前中だけで、係長が二度、様子を見に来た。


「……佐倉さん」


「はい」


「……いや、忙しそうだなって」


 視線が、落ち着かない。


 評価ではない。

 警戒でもない。


 把握できない変化への戸惑いだ。


 昼休み。


 食堂のざわめきが、一瞬、止まる。


 誰かが、箸を落とした音が、やけに響いた。


「……綺麗すぎない?」


「元から、あんなだった?」


「いや、違うでしょ」


 聞こえてくる声。


 羨望。

 疑念。

 嫉妬。


 全てが、混ざっている。


 美桜は、一人分の席に座る。


 逃げない。

 媚びない。


 ただ、姿勢を正して食べる。


 すると、不思議なことに、数人の女性職員が、自然と距離を保った位置に座った。


 近づかない。

 でも、離れすぎない。


 一線を引かれる側になったのだと、理解する。


 午後。


 若い男性職員が、書類を持って近づいてきた。


「あの……佐倉さん」


「はい」


「……すみません。これ、確認お願いできますか」


 必要以上に、丁寧。


 必要以上に、緊張している。


 美桜は、淡々と対応した。


 その瞬間、彼の肩から、力が抜けた。


 ――これだ。


 美桜は、確信する。


 自分が整っていると、相手も整う。


 定時。


 今日は、さすがに疲れた。


 でも、嫌な疲れではない。


 自分を、削られていない。


 帰り際、係長が声をかける。


「佐倉さん」


「はい」


「……その、最近、評判いいよ」


 一瞬、言葉を選んでから。


「窓口の空気が、違う」


「……ありがとうございます」


 それだけで、十分だった。


 外に出る。


 夕暮れ。


 ガラスに映る自分は、やはり、別人のように見える。


 でも。


 中身は、変わっていない。


 逃げず。

 怒らず。

 静かに立っているだけ。


 それが、こんなにも、世界を変える。


 佐倉美桜は、胸の奥で、静かに思った。


 ――これは、始まりだ。


 まだ、頂点ではない。


 でも。


 もう、戻る必要はない。

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