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『髪を変えたら、人生が追いついてきた件。 〜どんな絶望も似合う髪にしてみせます〜』社会人編  作者: talina
カルテ⑨スポーツクラブ店長

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第44話 「それぞれの場所」

 噂は、思ったより早く広がった。


「副店長、新しい店の店長になるんだって」


「車で二十分くらい?」


「じゃあ、あっち行こうかな……」


 フロント横のベンチで、小さな声が交わされる。


 神谷光一は、聞こえていないふりをした。


 いや、聞こえていた。


 胸の奥で、何かが、静かに締め付けられる。


 副店長は、相変わらず明るかった。


「店長、これ、引き継ぎ用にまとめました」


「ありがとう」


 言葉は、それだけ。


 夜の事務所。


 二人きり。


「……不安ですか?」


 副店長が、ふと、真面目な顔で聞く。


 神谷は、少し考えた。


「正直に言うと、あった」


「でも、今は違う」


「ここには、ここを必要とする人がいる」


 副店長は、小さく息を吐いた。


「俺、この店、好きでした」


「人気があるって、勘違いしやすいんです」


「でも、店長のクラスに通ってる人たち……あの人たち、ちゃんと“続いてる”」


 神谷は、驚いた。


「気づいてたんですか」


「はい」


 副店長は、照れたように笑う。


「俺、最初は、店長を越えたいだけでした」


「でも、越えなくていい人だって分かって」


 言葉が、胸に、静かに染みた。


 オープン前日。


 最後の挨拶。


「皆さん」


 副店長が、スタジオ中央に立つ。


「新しい店舗で、店長をやることになりました」


 拍手。


 少し、ざわめき。


「……でも」


 副店長は、一度、神谷を見る。


「ここを辞めるわけじゃありません」


「ここは、“戻る場所”です」


 その一言で、空気が変わった。


「新しい店は、楽しいです」


「でも、安心したくなったら、ここに来てください」


 拍手が、もう一度、起きた。


 後日。


 実際に、移る会員はいた。


 だが。


 戻ってくる人も、多かった。


「やっぱり、ここがいい」


「無理しなくていいから」


 神谷は、その言葉を、静かに受け取った。


 人気じゃない。


 奪い合いでもない。


 選ばれる理由は、人それぞれ。


 それが、ようやく、同じ空間に共存した。

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