第42話 「続く人、戻る人」
神谷光一は、朝のフロアを歩いていた。
開店前。
まだ誰もいない時間。
マシンの位置。
床の滑り。
プールの水温。
いつも通り、確認する。
変わらない日常。
だが、心は落ち着かなかった。
副店長のプログラムは、相変わらず満員だ。
整理券は、すぐに無くなる。
一方で。
神谷のプログラムは、定員割れの日もある。
それでも、来る人がいる。
同じ顔。
同じ動き。
初心者。
高齢者。
体力に不安のある人。
神谷は、その一人一人を、ちゃんと覚えていた。
「今日は、膝、どうですか」
「昨日より、いいです」
「無理しないで、途中で抜けても大丈夫ですよ」
それだけで、表情が和らぐ。
数週間後。
数字が、少しずつ、違い始めた。
退会率。
神谷のプログラムに参加している会員は、明らかに低い。
怪我も、ほぼゼロ。
記録表に、静かに積み上がるデータ。
「……気のせい、じゃないな」
神谷は、目を細めた。
ある日。
受付のスタッフが、声をかけてくる。
「店長」
「はい」
「副店長のクラス、最近、途中で抜ける人が増えてて……」
責める口調じゃない。
事実の共有。
「楽しそうなんですけど、キツい、って言う人もいて」
神谷は、何も言わなかった。
言えなかった。
副店長は、間違っていない。
神谷も、間違っていない。
ただ、向いている人が違うだけだ。
夜。
事務所で、一人、数字を見る。
新店舗オープンの資料が、机に置かれている。
副店長が、店長になる。
その未来は、もう決まっている。
それでも。
この店には、この店の役割がある。
神谷は、深く息を吸った。
人気は、一瞬で変わる。
だが。
続く人は、嘘をつかない。
その確信が、胸の奥に、静かに灯った。




