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『髪を変えたら、人生が追いついてきた件。 〜どんな絶望も似合う髪にしてみせます〜』社会人編  作者: talina
カルテ⑨スポーツクラブ店長

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第41話 「選ばれる人、選ばれない人」

 スタジオ前に、列ができていた。


 開始二十分前。

 いつもの光景。


「整理券、もう無いんですか?」


「すみません、終了です」


 落胆の声。

 ため息。


「……じゃあ、今日は店長のにしよっか」


 その言葉が、神谷光一の耳に入った。


 わざとじゃない。

 悪意もない。


 だから、余計に刺さる。


 神谷は、何も言わずにスタジオの準備を続けた。


 自分のプログラムは、理論通りだ。


 初心者向け。

 怪我をしない。

 継続できる。


 ――正しい。


 だが。


「副店長の、やっぱ楽しいよね」


「喋りも上手いし」


 楽しさ。

 分かりやすさ。

 人気。


 それらは、神谷が一番、苦手な分野だった。


 夕方。


 バックヤードで、本社からの電話を受ける。


「近隣エリアに、新店舗が出ます」


 嫌な予感が、胸をよぎる。


「副店長の○○さんに、店長をお願いしたいと」


 やはり、という気持ちと、それでも、という気持ち。


 電話を切ったあと、神谷はしばらく動けなかった。


 数日後。


 ロッカー前。


「ねえ、新しい店舗、車で行けるよね?」


「副店長が店長なら、そっち行こうかな」


 ヒソヒソ声。


 でも、聞こえる。


 聞こえてしまう。


 神谷は、靴紐を結びながら、視線を落とした。


 自分は、この店を守ってきた。


 初心者が怖がらない場所に。


 続けられる場所に。


 それでも。


 選ばれるのは、自分じゃない。


 その夜。


 仕事帰り。

 偶然、あの美容室の灯りが見えた。


 吸い寄せられるように、ドアを開ける。


「いらっしゃいませ」


 落ち着いた声。


 神谷は、椅子に座るなり、小さく息を吐いた。


「……自分、間違ってますかね」


 美容師は、すぐには答えなかった。


 鏡越しに、神谷を見る。


「間違ってません」


 きっぱりと。


「ただ、今のままだと“伝わらない”だけです」


 その言葉に、神谷は、初めて顔を上げた。


 鏡の中の自分は、疲れて見えた。


 責任と、我慢と、諦めが混ざった顔。


「少しだけ、整えましょう」


 ハサミの音が、静かに響き始める。


 この時、神谷光一は、まだ知らない。


 自分が“選ばれる理由”は、人気とは別の場所に、ちゃんと存在していることを。

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