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『髪を変えたら、人生が追いついてきた件。 〜どんな絶望も似合う髪にしてみせます〜』  作者: talina
カルテ①銀行員

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第3話 「世界が、昨日と違う」

 翌朝。


 目が覚めて、最初にしたことは――

 鏡を見ることだった。


「……本当に、変わってる」


 寝癖が、ほとんどない。

 指で軽く整えるだけで、形が決まる。


 今までなら、ここから三十分以上、格闘が始まっていたのに。


 胸の奥が、少しだけ浮き立つ。


 ――大丈夫。

 ――調子に乗るな。


 何度も自分に言い聞かせながら、いつもの制服に袖を通した。


「おはようございま……」


 声が、途中で止まった。


「……篠宮、さん?」


 声をかけてきたのは、同じ窓口の女性だった。

 きょとんとした顔で、私を見る。


「あ、髪……どうしたの?」


「……切りました」


「え、えっ、ちょっと待って」


 彼女は私の周りを一周した。


「え、可愛くない?」


 その一言で、頭が真っ白になる。


 今まで、そんな言葉を向けられたことはなかった。


「……ありがとうございます」


 声が、裏返りそうになる。


 更衣室でも、視線を感じた。

 ざわ、と空気が動く。


「篠宮さん、そんな顔だったっけ?」

「雰囲気、全然違う」


 悪意はない。

 でも、それが余計に刺さる。


 ――昨日まで、見えていなかったんだ。


 窓口に立つ。


 最初のお客様が来た。


「いらっしゃいませ」


 いつも通りの言葉。

 なのに。


「あ……はい」


 相手が、一瞬、言葉に詰まった。


 目が、こちらを見ている。

 書類じゃなく、私の顔を。


 心臓が、早鐘を打つ。


 ――落ち着け。仕事、仕事。


 説明を始める。


 口が、回る。

 頭の中が、驚くほど静かだった。


 今までは……。

「どうせ聞いてもらえない」

「変に思われたらどうしよう」

 そんな雑音でいっぱいだったのに。


「なるほど……」


 お客が、うなずいた。


「じゃあ、そのプランでお願いします」


 ――え?


 一件、成約。


 二件目、三件目。


 笑顔で冗談を交えると、お客様が笑い返してくる。


「……篠宮、どうした?」


 上司が、怪訝そうに声をかけてくる。


「いえ、特に……」


「いや、今日、調子いいな」


 調子がいい。


 その言葉が、胸に落ちた。


 昼休み。

 同僚と並んで歩いていると、


「ねえ、今日さ」


 声をひそめて言われた。


「営業向いてるかもよ、篠宮」


 思わず、立ち止まった。


「……私が?」


「だって、話し方、変わった」


 彼女は、少し照れたように笑う。


「自信、ある感じ」


 ――違う。


 自信があるんじゃない。

 自信を、持っていいと思えただけだ。


 仕事帰り。


 駅前で、声をかけられた。


「すみません」


 振り返る。


 見知らぬ男性が、少し緊張した顔で立っていた。


「あの……お時間、大丈夫でしたら」


 頭が、真っ白になる。


 ナンパ。

 それが、分かった瞬間、耳まで熱くなった。


「……今日は、急いでいて」


「そ、そうですよね!すみません!」


 慌てて去っていく背中を見送りながら、私は、しばらく動けなかった。人生初めてだから……。


 家に帰り、ソファに座り込む。


 たった一日。


 それだけで、世界の扱いが、ここまで変わるなんて。


 スマホが、震えた。


 銀行の営業速報。


 ――本日成約数トップ:篠宮ひかり


 画面を見つめながら、私は、あの美容師の言葉を思い出していた。


「一ヶ月だけ、人生を変えてみませんか?」


 これは、夢じゃない。


 でも――

 一ヶ月後、私はどうなる?


 その不安と期待を抱えたまま、私は、そっと髪に触れた。


 さらさらと、音がした。

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