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『髪を変えたら、人生が追いついてきた件。 〜どんな絶望も似合う髪にしてみせます〜』  作者: talina
カルテ⑤中年サラリーマン

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第23話 「整える勇気」

 美容室の中は、

 想像していたよりも静かだった。


 若者ばかりで騒がしい、そんな場所ではない。


 落ち着いた音楽。

 木目の床。

 年齢を問わない空気。


「いらっしゃいませ」


 声をかけられ、高瀬 恒一は、一瞬だけ身構えた。


「……予約はしてないんですが」


「大丈夫ですよ」


 あっさりと、そう言われる。


 拍子抜けするほど、普通だった。


 椅子に座る。


 鏡に映る自分の顔を、正面から見るのは、久しぶりだった。


「今日は、どうされますか」


 その質問に、言葉が詰まる。


 切りたいわけじゃない。

 でも、このままも嫌だ。


「……正直に言うと」


 高瀬は、少しだけ視線を下げた。


「自分に、何が似合うのか、分からなくて」


 笑われるかと思った。


 でも。


「そういう方、多いですよ」


 美容師は、当然のように言った。


 頭に触れられる。


 一瞬、身が硬くなる。


「薄毛、気にされてますよね」


 逃げ場のない言葉。


 高瀬は、正直に頷いた。


「隠そうとすると、余計に目立つこと、多いんです」


 責める口調ではない。

 知識として、淡々と。


「年齢に合った形にすると、“清潔感”は、ちゃんと出ます」


 年齢を、否定しない。


 それだけで、胸が少し楽になる。


「若く見せたい、わけじゃなくて」


 高瀬は、言葉を探しながら言う。


「ちゃんと、見てほしいだけなんです」


 美容師は、鏡越しに頷いた。


「十分だと思います」


 その言葉は、軽くなかった。


 カットが始まる。


 無理に隠していた分け目が、整えられていく。


 短くなりすぎない。

 でも、

 逃げてもいない。


 途中で、高瀬は、肩の力が抜けていることに気づいた。


「完成です」


 鏡を見て、息を止める。


 派手じゃない。

 劇的でもない。


 でも。


 疲れて見えない。


「……悪くないですね」


 思わず、本音が漏れる。


 美容師は、小さく笑った。


「元々ですよ」


 この店の人は、皆、同じことを言うらしい。


 でも、なぜか信じられた。


 店を出る。


 夕方の光が、いつもより、少し明るく感じる。


 高瀬は、背筋を伸ばして歩いた。


 それだけで、世界が変わるわけじゃない。


 でも。


 話してもいいかもしれない。


 そう思える程度には、整った。

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